その17 左町さんはイキってみる

 パルデンスの訓練場は学校のグラウンドほども広く、周りをグルリと高い壁に囲まれていた。

 やっぱり魔法とか、ぶっ放そうと思うとこれくらいはいるのかね……


「やめないか! シルバ!」

 

 その広い訓練場にパルデンスのパーティーが集まる中で騒動は起きていた。

 拓光に近寄るデカイ男をドクトゥス君が引き離す。

 

「ドクトゥス様! こんなヤツら必要ありません! 闘技大会など私達がいれば……」

 

「失礼だぞ! いいから下がりなさい!」

 

 筋骨隆々。総合のヘビー級チャンピオンも真っ青の巨体の男をドクトゥス君が凄い剣幕で制止している。

 一方、騒動の原因である拓光はそっぽを向いて、アクビをしていた。

 

 様子を見ていたオレは仲村さんに


「君は、あーゆうのがいいのか……オレがお父さんなら不安だよ……」

 

 と言うと、仲村さんは

 

「まあ……でも……うん。きっと拓光君もなにか……こう……ね」

 

 反論したそうで出来なかった。

 ナチュラルボーントラブルメーカーな拓光は敵地でこそ起爆剤として役に立つが味方陣地だと面倒を増やして困る。

 

 めんどくせえ……が、とりあえず止めるか……

 

「おい、拓光!」

 

「あ。左町さん。おはざっす」

 

「とりあえず謝れ」

 

「朝イチからなんなんすか!? オレなんもしてないっすよ!」

 

「オレにじゃねーよ。この……えっと……大きい人に謝れ」

 

「……シルバだ」

 

「シルバさんに謝れ」

 

「いや、だからなんもしてないっすよ! ドクトゥス君がメンバーに是非ご指導を! って言うからここに来たら、このデカイのが絡んできたんすよ! ね? モウスさんも見てたっすよね!?」


「そ、そうですね。今日は特になにもされてないと思います」


『今日は……』ね……いつもは違うんだろ……

 モウスさんと呼ばれる人が適当に返答を濁していると。ドクトゥス君が前に出て来て謝罪言葉を述べた。


「拓光様の言うとおりです。申し訳ありません……こちらからご指導を仰いでおいて……」


 ふーむ。まあ、ドクトゥス君が言うなら……そうなのか……


「そうか……うん。でも謝れ」


「今の聞いてたっすか!?」


 たしかに『今日は』問題のある態度を取っていたわけではないんだろう。その前に問題があったことが問題だ。

 まあ、しかし伝説の大賢者様が頭を下げりゃ、あっちだって引っ込まざるえないだろ。頭くらい下げとけよ、めんどくせえ…… 


「ほら、拓光」


 しかし、拓光にその気はなさそうだ。

 眉毛、凄いつり上げてこっち見てる。よくそれで社会人が務まるな……お前。

 

 はぁ……しょうがねえ……ここは……

 

「シルバさん。ウチの拓光が失礼いたしました

 。上司……いや、師である私の責任です。この通り」

 

 オレが頭を下げとこう、深々と!

 ふふふ……どうだ? 筋肉ダルマめ。

 伝説の大賢者様の幻の師匠が頭を下げたぞ! 引き下がらざずをえまい!

 

「そうか。分かっているなら、早々にパルデンスから去ってもらおう」

 

 ……。

 

 う……

 ウソだろ? 目上の……なんの関係もない人間が頭を下げたってのに……ど、どうゆう神経してんの? 10万41歳だぞオレは!?

 

「お前らに教わることなどなにもない。特に貴様だ。貴様からは魔力を一切感じないではないか」


 どっちかっていうとオレへのアタリのがキツイだと!?

 っていうか魔力ってなによ? 仮想世界で魔力感じる、感じないって、なによ!? 

 え? じゃあ、拓光からは感じるってこと?


「いい加減にしないか! このお三方は私がお招きした客人だぞ! 無礼な態度は控えなさい!」

 

「で、ですがドクトゥス様……」

 

 筋肉だるまがドクトゥス君に怒られた。ざまあねえ。

 が……

 筋肉だるま……君が正しい。

 魔法の使えない大賢者とその上司……と宿屋の主人のお母さん……(この世界では)

 君達が私達から教わることなどなにもない。

 まあ、とりあえずだ。今回はドクトゥス君の有無を言わさぬ一喝で事態が収まりそうでよかっ……


「魔力感じないからなんだってんすか!? 言っとくけどウチの師匠は、昨日女神の一人を返り討ちにしたばっかっすよ? アンタに出来んの? あ?」

 

「女神を?」

 

 拓光の急な売り込みのせいで、シルバのオレを見る目つきがかわる。

 それ、言ってもよかったヤツか? ドクトゥス君からしたら他所の冒険者パーティーと揉めるなんてこと……ましてや消しちゃったなんて……あっちゃマズイんじゃないのか?


「本当ですかサマチ様!?」


 ドクトゥス君がこちらに向き直り、質問してきた。いつになく真剣な表情だ。

 あ。やっぱり怒ってる?


「い、いや……オクトーって女神に急に襲われて……仕方なく……こう……やーって……ハハハ」


「……」

 

 ドクトゥス君はオレから視線を外すと黙ってしまった。拓光のヤツ余計なことを……

 

「オクトーといえば序列8位の上位神だぞ。魔力を持たないアンタがどうやって倒した?」

 

 どうやらシルバはオレが女神を倒したことを疑っているらしい。

 身体能力2倍はともかく『英雄殺し』のことは説明出来ない……どうしたもんか。


「やってみれば分かるんじゃないっすか? デカイだけのアンタよりウチの師匠のが強いってのが」


 どうしたもんだコイツ!?

 

 なぜか拓光が焚きつけてくる。鎮火寸前の火元に薪を投げ込んで業火にしようと……なにがしたいんだ、お前!

 

 ピピピピ……ピピピピ……ピピピピ……

 

 と、ここで電子音が鳴り響く……

 

 これは拓光の……

 

「あ。



 やべ……


 オレちょっと、もってかれてた……


 ちょーっと、ゴメンね。えー……オレの名前は拓光誠っす。普通のサラリーマンっす。調子こき過ぎないように気を付けます」

 

「……」


「……」

 

 突然の拓光の謎の儀式に一同が固まる。


「ど、どうされたんですか? タクミ様……」


 怪訝そうな顔でモウスさんが拓光の顔を覗き込んだ。シルバも拓光の言っている意味が分からなかったらしく「サラリーマン……?」と不思議がっている。


「た、拓光君は今ちょっと……えーっと……呪われちゃっててね。たまに……っていうか日に2回くらい、これやるけど気にしないで」


 仲村さんに呪われてることにされた。

 パルデンスのメンバーは「呪いか……」「大賢者様が呪われるとは……」とザワついている。

 まあ、当たらずとも遠からずか……

 どうやら拓光は賢者モードで気が大きくなってシルバを挑発してしまったらしい……

 オレの後付けである師匠設定とか……嘘も真実もゴッチャに認識し始めてる感じがする……大丈夫かよコイツ……

 

「で? やるのか? やらないのか?」

 

 皆が拓光の呪いに気を取られている中、それを気にもかけずにシルバが詰め寄ってくる。

 

「君は空気読めないのかな? ここはもう、うやむやになって解散って流れだよ」


 ジト目で睨んでいるオレの代わりに仲村さんが答えてくれた。その通り……ここらで解散の流れだろ。

 

「やるのか? 逃げるのか? どっちだ?」


 仲村さんの言葉を無視してこちらに問い掛けてくる。

 

「かまわんぞ、逃げて……」


 コイツ……

 

「えらい煽ってくるな。奮い立てたか? それで」


「ちょ、ちょっと左町さん」

 

 せっかく仲村さんが止めてくれているのに申し訳ない。

 コイツの何かに腹立たしさを覚えたのか……?

 普段ならヘラヘラ笑って、なんとか流してるところなのに。

 それとも昨日の今日で昂ぶっているのか……なんとなく今の自分を試してみたくなったのか……

 社会人にあるまじき処世だ。

 

 ただ……仲村さんが言っていたことを疑うわけじゃないが……このデカイのが自分を追い込んでいるように見えた。

 AIに感情はないんじゃなかったのかよ……

 未知の脅威に不安を抱いているコイツは、それでもオレから逃げ出すわけにはいかなかったんだろう。

 受けてたってやるよ。


「ビビってんなよ、ムキムキ」

 

 そう言って、ポケットに手を突っ込んで行儀悪く歩み寄り眼光鋭く下から睨みつけた。

 すると、思いのほかコイツがデカイことに気付いて……

 正気に戻る……


 あ。ヤバイ、でか……

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