その16 左町さんは苦悩(哲学)する

 寝れんかった……


 怖いのもあったが……プレイヤー以外の仮想世界の住人に『英雄殺し』を使ったのは初めてだった。

 オクトーが最後にこちらに向けた視線が頭から離れない。


 いやー……キツイわー……

 

 仮想世界の住人をクリボーと言い切る拓光なら、なんとも思わないのだろうか。

 

「んー……。いかんな」


 ウジウジ、ウジウジ……このままじゃ昼になる。

 寝てないけど……起きるか! どうせ仮想世界だし……数時間寝過ごしたところで実際には数分程度だろうし……

 かぶっていた毛布を勢いよくはねのけ、上半身を勢いよく起こす。


「おはようございます」


「うお!」


 突然の挨拶にビックリするとベッドの傍らにメイドさんが立っていた。


「お、おはようございます……え、えっと……」


「ニクスです」


「あ、えーっと……ニクスさん……は……いつからそこに?」

 

「1時間ほど前からでしょうか」

 

「あ、そうですか……」

 

 え? 普通なん? そういうの? メイドさんって寝てる人の枕元に立って見守るのが普通なん? 1時間も? ジッと黙って? こわ……

 

「じゃ、じゃあオレ……そのー……」

 

「お召し物はこちらに置いてありますので。外でお待ちしております」

 

 察してくれた!? 優秀!



 ────────


 

「左町さん!」


 着替えてから中庭を通りかかると仲村さんに声をかけられた。

 

「拓光君から聞いたんだけど……大変だったね。殺されかけたって聞いたけど」

 

「はぁ……まあ……」

 

 う、うーん……この仲村さんもAI……なんだよな……

 聞いてもいいものか?


 AIに自意識の芽生えとかある得るのか? ……とか。

 

 いやぁ……ちょっと……デリカシーがないか……

 

 いや、そもそも自意識とは? 自意識の定義ってあるんか? 

 自分で考えて答えを導き出す? え? やってんじゃね? それくらい? 人間だってそれは経験した知識の選択でしかないんじゃあないか? それは全然出来てる気がする……

 じゃあ、感情がある? 喜怒哀楽があるとか? いやぁ……それ……でも……自分で証明出来ないことを、どう相手に証明しろと?

 え? じゃあオレってなに?

 オレ……オレとは……

 オレハナンダ?



 

「ど、どうしたの? 口! 口からヨダレが! どうしたの!? どこ見てんの!? 左町さん! おーい!」

 


 ────────

 

 

「はぁ……なるほど……深く考えちゃいけないとこ考えちゃったんだねー」

 

「聞いてもよかった……のでしょうか? で? どうなんでしょう?」

 

「私には自意識は存在するよ。でも……うーん……私は……私ベース……仲村沙也加を元に作られてるから参考にならないかも」

 

 沙也加ちゃんいうのかい……ていうか、ベースがあるのとないのとで違うもんなんか?

 

「私は仲村沙也加の記憶、人格をベースに作られてる。よって、元の私と今の私を比較できるから、私は私に自意識が宿っていると認識できるんだよね。まあ……証明するのは難しいんだけどさ」

 

 おそらく、仲村さんはオレに分かりやすく説明してくれてる。大丈夫! だいたいは分かってる!

 

「でも……ブルマイン内のNPC達に自意識は宿ってない…演じてるだけ。その場に相応しい選択肢を感情として表してるだけ」

 

「ホントですか?」

 

「ホント、ホント。だから気にしなくてぜーんぜん大丈夫。ゼロから自意識をめばえさせるとか……さすがにまだそんなの無理だよ」


 そうか……開発者が「ない」と「そんなの無理」と言うとるんなら……

 

 そうなんだろうよ!!

 

 モヤモヤしてたのが一気に晴れた感じがする! オレって単純!

 

「そうか! じゃあもう大丈夫! あー……悩んで損し……た」

 

 っていうか、仲村さんは平気なんだろうか?

 自意識あるのに本人がいて私はAIで……って


 ……。


 ……。


「え? なに? ど、どうしたの? 私、顔になんかついてた?」

 

 ふとよぎった疑問のせいで仲村さんの顔をマジマジと見てしまった……さすがにこの質問は非道い気がするし……

 

「い、いや……あー……拓光とはどうなのかな~? って……ほら。結構一緒にいること多いし、アイツ仲村さんのこと口説いたりして困ってないかな~って……ハハ」

 

「え!? た、拓光君?」

 

 え? なにその反応……

 

「え? マジか? アイツもしかして仲村さんに言い寄って……」

 

「いや違っ……そういうのはない! ないから!」

 

 じゃあなに、その反応……

 

「え? じゃあ、仲村さんが拓光を……ってこと?」

 

「いや! 違っ……そんな好きってわけじゃ……ただ、まあ……ちょっといいかな……って」

 

 マジか……

 

「えっと……ちなみに拓光のどこがよかったの?」

 

「え? ん、んー……なんだかんだ破天荒ではあるけど優秀だし……顔もちょっとカッコイイし……あと……なにかあった時は体張って私のことかばってくれるし……なんだかんだ優しいとこあるし……えーっと……」

 

 おいおい……勘弁してくれ……

 

 大好きじゃねーか!?

 

 あ~……くっそぉ~……甘酸っぺぇ~……

 いいなぁ~……

 この年になって子供まで出来ると、こういうロマンスなことからは一線を退いてるからか……なんかこう、たまらんな!

 焼酎欲しくなってきた! コイツを肴に一杯やりたいね!

 

「私……飛び級とかで12歳で大学出て、社会に出てるから……なんていうか同世代での異性との距離感が分かんなくて……でも……なんていうか拓光君とは自然にやれてるなぁ~って」

 

「まあ、自然体でいれるってのは大事よな。ふーん……でも、まあなんか安心したよ。仲村さんも年頃の女の子。って感じで……そうかー……上手くいくとい……」

 

 いや。


 ……でも


 ……AIじゃん?

 じゃあ、上手くいって付き合うとするじゃん?

 でも付き合う、その子はAIじゃん? 

 無理くね?

 現実の仲村さんは、そんなに拓光とカラミがあるわけじゃあないじゃん?

 知ったこっちゃないじゃん?

 じゃあ、付き合ったとして……っていうか、このAIの方の仲村さんはどうするの?

 この仕事終わったら終わりじゃん……

 せ、せつなすぎん?

 

「す、凄いフリーズしちゃってるけど……だ、大丈夫?」

 

「いや、あの……うん。上手くいくと……い、いいですね」

 

 今の反応だけで、なにかを察したのか、仲村さんはハッとした顔をした後、笑いながら

 

「あ。そういうことか! ハハハ。大丈夫だよ。私はたしかにAIだけど、ここで得た知識や経験は現実世界にいる私にもちゃんと引き継ぐ予定だし」

 

 と説明してくれた。

 

「ひ、引き継ぐって?」

 

「まあ、人格、記憶、経験……これらをアウトプット出来たんだからインプットだって当然出来るってこと。んー……まあ、ちょっと負荷はかかっちゃいそうだし……一般的にはオススメしないけど、ここで得た貴重な経験を手放す気はないよね」


 ???


 そ、そんなこと出来るのか……そういや拓光も大賢者になった、とたんに魔法のことが全部わかるようになったって言ってたし……

 いや、でも……自意識あるのに消えちゃうのはいいんか?


「大丈夫。大丈夫。もう何回かやってるから」


「何回かやってんの!?」


「そうそう。なんかこう意識の出張って感じ」


 んー……そうか。そんなライトな感じなら。オレが悲観的に悩んでもしょうがないな。

 

「はぁ……いや、そうか。よかったよ。なんかてっきり悲劇的な方向に向かっていくんかと……」

 

「ごめん、ごめん。なんか気を遣わせちゃったね。っていうか……よかったよ。左町さんともこうして打ち解けて話しすることができた」

 

「そうだね。まあ……恋愛相談の相手が状況的に、このオッサンしかいないってのは、ちょいと悲劇的だけど……オレも色々スッキリできてよかったよ」

 

「あ、う、うん。拓光君とのことは、まあ……追々……ね……ははは」

 

 いい時間だったな。

 モヤモヤしていたオクトーのこともスッキリしたし。仲村さんとも良好な関係を気付けそうだし……こっちの世界での楽しみが出来たしな。ふへへ……


「よし! 仲村さん! 拓光も合わせて作戦会議! さっさと次の世界行かないと残業になっちまう」


「そうだねー。あ、拓光君ならドクトゥス君達と訓練場にいるよ。なんか指導をするとかしないとか……」

 

 アイツ自分が魔法使えないの、また忘れてる?

 

 

 

 ────────

 

 

 

「さっきから偉そうになんだ! お前の指図などいらん!」

 

 訓練場に着くと拓光がデカイ男に大声で詰め寄られていた。

 アイツ……この世界ですぐ人と揉めるのなんなん?

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