その14 左町さんは笑い方はキモい

 偵察を始めて三日が経った。

 拓光はけん玉が上手くなり、ルービックキューブも全面揃えられるようになった。

 オレが出歯亀キットでヨシミツを監視しながらグチャグチャにしたルービックキューブを投げると、受け取った拓光が無言で揃えようとするが……


「いや……ガキじゃねえんだから……」

 

 仲村さんが用意したヒマ潰しグッズに文句を垂れる。

 そのわりにどちらも上達してるあたり、如何にヒマであるか察しがつくだろう。

 ちなみにオレは未だにルービックキューブは2面までしか揃えられていない。


 当初、拓光はヒマ潰しグッズとして仲村さんにスマホか携帯ゲーム機を要求していたが「無理」と一蹴されてしまった。


「ただでさえ高度な処理してる空間でそんなのできるわけないじゃん……まあ、どうしてもって言うなら……」

 

 と、渡されたのがルービックキューブとけん玉だった。

 

「アナログなヤツならって……これ……なんすかこれ……」

 

「でもお前めっちゃやってんじゃん」

 

 ホント……文句言うワリに……カチャカチャ、カチャカチャ……

 

「で? 今日もいつも通りっすか?」

 

「……いつも通りだな」

 

 出歯亀キットは超優秀なツールだった。

 ピントを合わせた空間だけを覗けるのだ。壁を透かし、対象を捉えるとその場の音まで拾える。


 すごい。


 こんなん作れるならゲーム機も作れん?

 しかしこの出歯亀キット……優秀すぎるゆえの欠点がある。

 ずっと見えてるというのは、監視する側からするとしんどい。ずっと見えてるからずっと追い続けなきゃだし、ピントも合わせ続けないと見えなくなるし、聞こえなくなるし……しんどい。


 結論から言うと……

 セブンはヨシミツにずっーー…………っと張り付いてる!

 

「おっかしいだろ!? まあ一緒に寝るのはね、まだ分かるわ! うーん……風呂もね、分からんでもないわ! でも、お前……トイレまで一緒って! ウ〇コん時まで一緒って……異常だろ!」

 

「ラヴラヴカップルにはありえる現象らしいっすよー」


 ラヴラヴって……若いヤツも使うんか? それともオレのことちょいバカにしてる?

 しかし、マジかよ……最近の若いのはヤバいんか?


「つーか、あれっすね。女神はウ〇コしないんすねー……」

 

「ウ〇コどころか、トイレにゃ用はないみたいだな」

 

 80、90年代のアイドルを素で体現している。

 まあ、よかった。女性のそういう場面を覗く気はないからな。

 いや、野郎のウ〇コ覗く趣味もないが……

 

「はぁ……ヨシミツ自身が一人になるってことはないみたいだな」

 

 二人を監視しはじめて丸3日……本来ならもうちょい粘るべきだが……

 

「もういいか……これ以上監視しても一緒だろ」

 

 女神セブンのヨシミツへの執着具合をからみるに、ヨシミツを一人の時を狙うってのは無理そうだ。

 ならば早めに切り替えて別の手を思案するべきだろう。

 

「あれ? 諦めるんすか」

 

「本体がヘッポコヒモ野郎でも、化け物女神があれだけベッタリじゃ他の世界のヤツらと変わらん! 諦めよう」

 

 それに……ちょうどキリがいいとこだしな。

 

「もう風呂も入って。後は、その……アレして寝るだけだしな」

 

「ああ……『おせっせせ』の時間すか」

 

「そう。『おせっせせ』の時間」

 

 毎日、毎日、飽きもせず……

 くそっ! 羨まっ!

 オレみたく結婚7年目にもなると……くそっ!

 

「じゃ、帰るぞ」

 

 立ち上がって帰ろうとすると持っていた出歯亀キットを拓光が手に取る。

 

「一応寝るまでは見ときますよ……先に帰ってていいっすよ」

 

「おう……そっか」

 

 拓光……見るんか? 人のおせっせせ。

 まあ……いいか。若いもんな……

 

「テッシュいるか?」

 

「しねえっすよ……そういうのマジキモいっすよ」

 

 お、おう……淡々と静かに返されるとキツいな。

 

「おせっせせ中はなるべく見ないようにしてたっしょ。でも……最中になんか情報聞き出せることもあるかもっすよ。ま、一応最後に……ってとこっす」

 

「あっそ。じゃ、お先ぃ~」

 

 仕事熱心な後輩だなぁ……そんなことを考えながら部屋を出て塔を後にする。まあ、すぐ帰ってくるだろ。

 



 ────





「ふぅ……じゃあもうちょい頑張るっすかねー」


「……。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「……。」


「ォ……スッゲ……」


「……。」

 

「……。」モソ……


「……。」モソモソ……

 

「……。」モソモソ……

 

「……。」モソモソ……


「……ん?」





 ────




 はぁ……夜は冷えるんだなぁ……

 しかし、時間のムダだったか。

 いや……奇襲は通用しないと分かった。これは立派な進歩だ。

 後はやっぱり女神の力を分散させるってヤツだな。

 でも、どうするか……同時多発テロでも起こして……力を分散させるとか……


 ん?


 目の前の暗がりからヌッと人影が現れる。

 拓光……じゃないな。


「サマチ様……でよろしいですね」


「いや、違います」

 

 どうせロクでもない用事だ。とりあえず人違いってことにできないだろうか……

 見ると人影は女性のようで随分と薄着……いや、もう半裸だ。

 ただの痴女? ならいいが……右手に持っている物騒な獲物を見るとそうではないようだ。

 

「大賢者様と二人ともなると手出し出来ませんでしたが……不用意でしたね」

 

 どうやら監視していたようで、監視されていたらしい。

 え!? アイツら、監視されてるの分かってて『おせっせせ』を!? イヤ! 変態!


 っていうか、この女! 違うっつってんのに話進めんなよな。

 

「行儀いいね……黙って後ろからやっちゃえば、それで終わったんじゃない?」

 

「私……女神ですよ? 暗殺者ではありませんから……

 321柱序列8位女神オクトーと申します」

 

「あー……はじめまして……えーっと……でも人違いですよ。じゃあ、急いでるんで」


 アゴにヒジをつけ「身体能力2倍……」を唱える。


「まあ、そうですね。構いませんよ、人違いでも!」

 

 そう言うと地を蹴って、もの凄い勢いでこちらに突っ込んでくると手に持っていた短剣をこちらの喉に向けて横に薙いできた。

 上半身をねじらせ、すんでのところで避けると今度は横に薙いだその手で脇腹を突き刺そうとしてきた。


「ぐうっ……」


 情けない悲鳴をあげながら捩らせた体をそのまま回転させて短剣を避ける。身体能力が倍になってなければ出来ない芸当だ。

 そのまま距離をとり、身構える。

 そこで初めて自分の心音がバクバクとエンジンのように鼓動していることに気付いた。


 こ、怖ぇ~……


 ヤバい……ここまで明確な殺意を向けられたのなんて生まれて初めてで……ど、どうする。逃げ……

 

 る暇など与えてくれそうにない。相手は回転しながら態勢を低くし、今度は足下を狙ってきた。

 出していた前足で地面を蹴り、後ろに下がりながら足を上げて回避する。それを見透かしていたようにオクトーは回転を止めることなく短剣を逆手に持ち替えながら腰を狙う。

 

 キリがねえ!

 

 が、避けられる! 不思議と!

 とんでもないスピードのはずだがなぜだかキチンと対処出来ている。

 身体能力倍化というのはもしかしたら動体視力や反射神経まで倍化しているのかもしれない。相手の動きが分かるし、どう動けばいいか分かる。

 腰を狙った一刺し。その後の連続攻撃もさらに後ろに飛ぶことで避ける。

 

 ふぅ……対処出来ると分かって落ち着いてきた。

 

「ふへへ」

 

 意図しない笑いがこみ上げてくる。我ながらキモい。

 

「ここまで見事に避けられるとらちがあきませんね……」

 

 相手にはまだ焦りの色は見えない……これくらいは想定内ってか?

 こちらは落ち着いてきたところで色々なことが見えてきた。

 相手の顔色だったり、半裸だがそんなに胸は大きくないなってことだったり、まつ毛が超長いなってことだったり……あと、この女神……

 

 この女神……魔法を使ってこない!

 

 魔法が使えないのか……それとも街中での使用を控えているのか……一度も使ってこない。

 

「へへ……魔法を使ってこないな。街中じゃ外した時が怖いのか?」


 相変わらず気持ち悪い笑いがもれる。

 いや……怖いんだよ!

 

「ええ……控えるようにと言われています。まあ……」

 

 ?


 そこまで、言うと短剣とは反対の手をこちらにかざし

 

「『なるべく』控えるようにとのことですが!」

 

 かざしていた手が光り、目の前にとてつもない業火が現れこちらに迫って来た。

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