その13 左町さんは嫌な感じがする

 セブンセンスは闘技会が行われるコロシアムの近くに宿を取っているらしい。

 宿の近くまで来るとその前にある小さな広場に人だかりが出来ていた。

 その人だかりを指さして

 

「あ。あれっす。あのイケメンがセブンセンスのヨシミツっす」

 

 と拓光がオレに言った。

 

 いやいや……

 

「あんなに人がいんのに、なんとなくのとこ指差して『あれっす』って言われて分かるかよ」

 

「いや、だから……あれですって。いっちゃんイケメンのヤツっす」

 

 イケメンを頼りに目をこらすと、なるほど確かに次元が違うイケメンが一人いた。

 

「あれか。顔面ファイナルファンタジーみたいなヤツか?」

 

「あれっす。顔面ファイナルファンタジーのやつっす」

 

 目鼻立ちクッキリで掘りが深い……

 あと眉毛と目の距離が近い……

 イ、イケメーン過ぎて似ても似つかん……原形がない……

 ここまで変えてくるとは……

 

「あそこまで行くと清々しいっすよね……特に不細工ってわけでもなかったのに」

 

「まあ……人のコンプレックスってのはどこでなにを抱えてるか分からんからな」

 

 しかし……まあ……あれくらいイケメンだったら人生楽しいだろうな……

 まあ……つってもだ。

 拓光のヤツもイケメン部類なんだよな。

 シュッとしてるし。

 背ぇ高いし……

 いいなぁ……

 あれだなぁ……妬ましいなぁ……

 イケメンは消費税とか倍くらい払ってなきゃ不公平だよな。なにオレと同じ税率で同じ国に生きてんだよ。

 こちらの不満を知ってか知らずか拓光が続ける。

 

「そんで隣にいるのが321柱の長。主神である『女神セブンセンス』っす」

 

「女神の名前がセブンセンスなの?」

 

「そうっす。パーティー名のセブンセンスは女神の名前から取られてるらしいっすよ。表向きは」

 

 ふーん……七々扇って名に随分執着してる感じがするな。

 

「いやー……これまためっちゃくちゃ美人でしょ? あんなん現実世界じゃいないっすよ」

 

 たしかに、キレイ。なんかこう……現実離れした美しさ。キレイだ……。が

 

「オレはタイプじゃねえな。なんだろう……色気がない」

 

「えー!? あんっな露出度高い服着てんのにっすか!?」

 

 たしかに露出度は高い。でも違う。エロいのと色気があるのは違う。

 現実味がない美人に魅力感じないんだよなぁ……

 なんだろう……観賞用?

 

「まあ……あの通り美男美女のペアなんで人気がえげつないんす」

 

「で? あの女だけ常にヨシミツに張り付いてる感じなのか」

 

「そうっすね。321柱って言っても呼び出せる数は女神セブンセンスの魔力総量によるみたいっす。ようするに、セブンセンスの魔力を分け与えて他の女神を呼び出す感じっす」

 

「え? ヨシミツの力じゃなくて、女神の力でなの?」

 

「みたいっすよ。だから、強い女神を呼び出す程……女神をたくさん呼び出せば呼ぶ出す程……女神セブンセンスの力が弱まるって感じっす」


 なるほど……

 ヨシミツやっちゃうにしても女神セブンセンスが強すぎて難しいってか。

 まずは、いろんな女神を分散して呼び出させて弱体化させた所を狙うってところか……

 しかし、まあ……

 

「ヨシミツいらないじゃん……ヒモじゃん」

 

「そうっすね。女神のヒモっすね」


「はぁ……うらやましいな。女神のヒモかぁ」

 

 リアル勝ち組の成功者は、こういう世界ではそうなるのか……働くのが嫌になったんか?

 そんなヤツに人望が集まるなんて間違ってねえ?

 

「そうっす! なのに人気はあるんすよ。この世界ってけっこう平和っすけど……それでも魔物とか盗賊とか……その手の被害はけっこう多いみたいで……そこで冒険者の出番なんすけどね? ヨシミツはほぼ無償でこれを引き受けてるんすよ。まあ呼び出す女神が使い減りしないからこそ出来る芸当っすね」

 

 それで冒険者には評判が悪くて民衆には大人気……か。そらぁ……同業者は面白くないわな。

 

「ただ……今は冒険者ギルドがパーティーごとの仕事の上限を定めてるんで、好き放題には出来ないのが現状です。そこで、今回の闘技会なんすよ」


 なるほど……闘技会で優勝してギルドの規定改定。と、まあそんなところか。

 しかし、ほぼ無償とは……どっかのモノ好きな金持ちがスポンサーでもやってんのか?

 

「まあ……だいたい分かった。オレらはこの世界の成り行きはどうでもいいんだ。とりあえず女神側の力を分散させる方法を探そう」

 

「そうっすね。んじゃ、とりあえず帰りま……お」


 拓光がなにかに気付いたように小さな声をあげる、拓光から目線を外し前を向き直るとヨシミツと女神セブンセンスがこちらに近づいてきた。


「どうも、タクミ様。お初にお目にかかります。セブンセンス代表のヨシミツです」

 

 あ……さすが有名人。顔バレしてんじゃん。

 拓光の方を見ると顔色一つ変えず、挨拶をかえす様子もない。

 社長に挨拶くらいは返そうや拓光君。

 

「お噂ではパルデンスの方に所属されたとか」

 

 これを聞いた拓光は馬鹿にしたように口を開く。


「所属? オレがっすか? あっちがオレの下についてんすよ。で? なんの用?」


「いえ、むしろそちらが私に用事があったのでは? 先程から視線を感じていたもので……勘違いならば謝罪いたしますが」 

 

「はは……ちょっと顔がいいと自意識が止まんねえんすか? ウチの上し……師匠が女神のヒモの顔が見たいってんで連れてきただけっすよ」

 

 煽るやーん!

 拓光君めっちゃ煽るやん! しかもオレを巻き込んで。

 

「ほお……大賢者様に師匠がおられたのは初耳ですね」

 

 まあ、昨日決まった設定だからね……

 

 眼中にないとばかりに無視していたが拓光の一言で目線をこちらに移す。

 その端麗な容姿のせいか、はたまた中の人が百戦錬磨の大企業のトップであるからか……

 切れ長の整った目にこちらを見据えられると息をするのを忘れてしまいそうになる。

 しかし、自分の目的を忘れてはいない。

 一撃……一刺し……

 それで事足りる武器を自分は持っている。

 拓光曰く……

『英雄殺し』

 ブルマインからプレイヤーを解放する為の最終兵器だ。

 見た目はただの短剣だがブルマイン内のあらゆるモノ……有機物、無機物を問わず全てを破壊できる、クラックツールだ。

「なんでこんなリーチの短い武器にしたんですか?」と仲村さんに聞くと「デカイ剣振り回してたら目立つでしょ」とのことだった。

 たしかにね……

 おかげで今、なんの警戒もされずにこちらの間合いに入ってきてくれようとしている。

 上着の腰ポケットに手を入れ『英雄殺し』を握り込む。


「伝説の大賢者様の師匠がまだご存命とは存じ上げませんでした。はじめましてヨシミツと申します」


 挨拶がわりの握手を求め、右手がゆっくりとあがりこちらに近づいてきた。

 近づいてポケット越しにそのままチクリといけそうだ。

 他の世界じゃこうは上手くいかなかったが……平和ボケした女神のヒモじゃあ警戒感もないか。

 

 もらった!

 

 そう感じた瞬間、近づいてきていたヨシミツの右手がガクンと失速し動きを止める。

 

「近づかないで。ヨシミツ。この人から凄く嫌な感じがする」

 

 ヨシミツは女神セブンセンスに裾を引っ張られ握手を静止された。

 こちらも相手の動作を見誤り不自然な動きになるが、なんとか態勢を整えておどけてみせることで誤魔化した。

 

「と、とと……え、え~……嫌われてるなぁ……ははは」

 

 バ、バレたか……?

 

「セ、セブン……いくらなんでも急に失礼だよ」

 

 ヨシミツが慌ててセブンをたしなめる。女神セブンセンスは襲いかかるでもなくヨシミツと自分の間に割って入り、ただこちらをジッと睨みつけて警戒を解こうとしない。

 ヨシミツ暗殺を実行しようとしたことまではバレていないようだが……もうヨシミツに不用意に近づくのは無理そうだ。

 

「え、えらい嫌われてんじゃないっすかー師匠。こんな美人にー」

 

 状況を察した拓光がフォローに入ってくる。

 

「あ、いえ。申し訳ありません。セブン! ほら! 謝るんだ」

 

 ヨシミツに促されてもセブンは自分の姿勢を崩さない。

 

「い、いいよ、いいよ。もう帰るし。じゃあ……」


 くそっ……ダメか……もうちょい……

 これ以上は無理だ。一旦仕切り直す。


 ポケットの中で『英雄殺し』を握りしめたまま、その場を後にする。


「左町さん。もしかして、今やっちゃおうとしたんすか?」


 後ろから付いてきた拓光が耳打ちをする。

 

「ん……。とりあえず一刺しでいいんだ。機会があれば狙うさ……でも正面からじゃ、もうそんなチャンスはこないな」

 

「ちょと焦ったんすけど……『英雄殺し』のことまでバレたわけじゃなさそうっすね。しかし、たまにいるっすよねー……嫌な感じがするって言うヤツ」

 

 最初に解放したプレイヤーやAIの中でもたまにいるのだ。「なにか嫌な感じがする」というヤツが。

 

「本能的に感じとるんすかねー……ってAIの本能ってなんなんすか!?」

 

「知らねーよ」

 

 拓光の疑問は問題ではない。要はプレイヤーさえ解放できればいいのだ。分からない疑問は突き詰めるべきではないし、考える必要もない。とにかく次の手を考えねば……

 考えを巡らせ天を仰ぐとあるモノが目に入る。


「拓光。アレだ。張り込みだ。」

 

「え? 張り込みっすか?」

 

「そう……張り込み。あの塔からアイツらの宿、見張るぞ」

 

「えー? マジで出歯亀になる気っすか?」

 

「しょうがねーだろ。女神が離れた所を狙う……一人の時ならあんなヒモ野郎どうにでも出来るだろ。闘技会までにケリつけないと立場なくなるぞ。絶対オレに勝ち目なんかねーんだから」

 

「……気がのらないっすけど……左町さんが言うなら、まあ……はぁ~……」 

 

 拓光がしんどそうにため息をつく。

 前の世界でも張り込みはやっていたが……とにかく暇なのだ。

「スマホでもあればよかったっすねー……」と拓光がつぶやく。しかし、どんなに嫌がっても「嫌だ」や「やらない」ってのを口にしないのは今までの教育賜物か。


 ……。


 ヒマ潰しグッズとか作れないか仲村さんに頼んでみようか……。

 

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