その9 左町さんは役に立たない
ここまでの経緯を聞いた左町がガタッと席を立って拓光の話に食い付いた。
「セブンセンスって! ななつのおうぎで七々扇!? って事か? そこのヨシミツってったらもう……」
「でしょー? やるでしょー? オレ」
「よし! でかした! これでプレイヤーの位置は分かった! 後は……」
そこでトーンダウンして左町は席に座る。
「どうしよう?」
いや……見つかったのはいいけど、どうしよう?
「え? 隙を見てサクッとやれるタイプなん?」
「あー、まず無理っす。本人もそこそこヤバそうっすけど……ってか、護衛がめっちゃヤバイんす」
「はぁ……んじゃ。どうしようか……プレイヤーに対抗できるヤツがいないんじゃどうしようもないじゃん」
今までの世界では明確な敵がいた。魔王や悪政の限りを尽くす王。それらの絶大な力はプレイヤーの力量に拮抗していた。だからこそ、その二つの力がぶつかり合い疲弊した所を狙うという姑息な手段を取っていたが……
この世界に敵はいない。平和過ぎるのだ。モンスターや盗賊といった類いはいるものの冒険者達や国の持つ騎士団で対象出来るレベル。
その平和な世界ではプレイヤーに並び立つ者がいないのだから、いつもの漁夫の利戦法が使えない。
「まあ、とりあえず。パルデンスのドクトゥス君がプレイヤーに次ぐこの世界での最大戦力ってとこすね。そこは抑えてあるんで……あとは、手持ちの駒でなんとかするしかないっすねー」
「手持ちの駒でねー……」
うーん……まあ、とりあえず進展はあったんだし……よしとするか。
ピピピピピ……ピピピピピ……ピピピピピ
突然の電子音に左町が驚く。
「え? なに? このアラーム音!?」
この世界で聞くとは思わなかった目覚ましのアラーム音に仲村さんが反応して
「拓光君……」
となにかを促す。
「えー……今やるんすかぁ? あ、さーせん。左町さん。時間なんでちょっと……」
そういうと拓光は立ち上がり胸に手を当てると
「オレの名前は拓光誠っす。普通のサラリーマンっす。あんまり調子こき過ぎないように気を付けます」
そう言うと再び椅子に座った。
「……。」
「とりあえず、エンカンに行きましょうか? 策はそれから考えません?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待て! 待て待て! 普通に進めようとするな! なんじゃそら!?」
「えー……説明いるっす?」
「いるいる。ないと怖いわ! 突然立って自己紹介始めて……なんじゃそら!?」
「うーん……じゃあ……仲村さん。説明よろしくっす」
と仲村に説明を頼むと仲村は
「あー……そうだね。左町さんにも説明しとかなきゃだねぇ」
そう言うと、はぁーっとため息をついて説明を始めた。
「このブルマインの今回の問題? 事件? の要因が分かってね?」
へえ……そらまた……
今回の原因がわかったってのは明らかな進展だな。
もしかしたらプレイヤーを刺して回らなくてもよくなるかもしれんし……
「ブルマインによる『演じる』っていう機能? が? 問題かなぁって」
?
なにが問題か分からないでいると仲村さんが説明を続ける。
「ブルマインは演じる機能を使う時に脳に直接情報を上書きするんだけど……その時の情報を脳が現実と混同しちゃってるんじゃあないかと……」
「はぁ……」
「それでね? 拓光君は今自分が『大賢者タクミ』って思考に支配されかかってるっていうか……憑依されちゃうっていうか……あ! ほら! 憑依系の俳優さんとかいるじゃない? 役が抜けない的な?」
いや、そんなん知らんけど……
「結局……えーと……対処法はないんですか?」
「んー……だから……ブルマインって毎分の情報書き込みがあるのね? 現実での1分に1回の書き込みに対抗するためにこっちの仮想世界では半日に1回の自己認識が必要になるわけ」
「えっと……それがさっきの?」
「そうだね。自分が何者か認識する儀式だと思ってもらえればいいかな。『調子こき過ぎない』のくだりは私が付け加えさせたんだけど……ほら、さっきの話、エンカンでのドクトゥス君とのやり取りで魔法も使えないのにやけに自信たっぷりに挑発的だったのは『大賢者の思考や記憶に』支配されかかってたんだろうな。っていう」
レベルたけえ不具合の対処法がやけにアナログだな……まあ、調子こいてんのは拓光のせいだし拓光が悪いと思うけど。
「要するに演じすぎると我を失っちゃうってことでいいです?」
「あ、うん。そんな感じかな」
ふーん……じゃあ拓光はこのままその症状が進行していくと魔法使えない大賢者そのものになっちゃうわけだ。ちょーウケるんですけど。
「じゃあアレだ。『演じる』って機能も軽々しく使わない方がいいってわけだ」
「『演じる』人物にもよるけどね。この世界にいる重要人物だったり元々この世界にいない人物になろうとすると書き込みの情報量が増えて負荷が大きいみたい。私は、ほら。宿屋の主人のお母さんになってたけど変化なかったし」
ほーん……まあオレの『演じる』は切り札として取っといた方がよさそうだな。
「で、まあ。これからの方針なんすけど、とりあえずエンカンに行きましょうか。パルデンスがあるエンカンに本拠地に行動した方がいいと思うし」
「そうだな。プレイヤーのヨシミツもエンカンにいるんならその方がいいな」
「そうっす、そうっす。ほら、左町さんは千年祭の冒険者闘技会にも出なきゃだし」
ん?
「は? なにそれ? なんでオレがそんなのに出るわけ?」
「え? だってプレイヤーが出るし、ワンチャンいけるかもじゃないっすか?」
「お前が出ればいいじゃん」
「オレ魔法使えないじゃないすか。無理っす。左町さんケンカ強いじゃないすか。空手、やってたんでしょ? 身体能力2倍もあるし……」
「いや、空手でどうにかなるレベルかよ」
「まあー……でも、もう決まっちゃってるんでぇ……ほら! それに左町さん。今回なんもしてないじゃないすか!?」
「うぐ……そう言われると返す言葉もないが……」
たしかに今回なにもしてないな……これくらいはしなきゃ……なのか?
「じゃ、決まりっすねー。別の場所にドクトゥス君待たせてるんで行きましょうか。転移魔法であっという間っすから」
そう言うと拓光は席を立ち上がり。いそいそと出発の準備を始める。
「お前……他組織のトップを待たせるようなマネすんなよ」
「あ、でも……それはホラ。トップは今オレなんで。んじゃ行きますよ。あー……そうそう。ここの宿屋の支払いはもう済ませてあるんで、どうどうと正面きって出てって大丈夫っすよ」
そうか……オレはもうなにもしゃべるまい。ここまで、役立たずなオッサンに意見する権利などないのだから。
宿屋を出る際、今までの冷ややかな対応が嘘のようにニッコニコでオレ達を見送る宿屋の主人の姿があった。
「母ちゃん! またどこ行くんだ!? いつ戻る気なんだよ!?」
と大声で突然こちらに呼びかけた時は何事かと思ったが
「ちょっと旅にね。宿屋の方は任せたよ」
と仲村さんが返していた。
この人、まだ宿屋の主人のお母さんやってたのか……
宿屋の主人とそのお母さん。
その今生の別れが、たった今あっさりと行われた瞬間であった。
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