その7 拓光君は有名になっていた

 1週間前……

 

 

「いや、でも乗りましょうよ」

 

 拓光としては一刻も早くエンカンに行きたい、馬車に乗りたい派。

 

「歩いて1週間とか、ちょっと想像できないよねー……でもお金ないしさー……」

 

 仲村ももちろん乗りたいが、お金がないので歩いて行こう派。

 

 ソッパスからエンカンまでは歩いて1週間かかるらしい。

 徒歩以外の移動手段となると馬車になるが、この世界ではケルピーと呼ばれる馬のような生き物が馬車を引く。

 ケルピーは現実の世界では水辺に棲んでいる馬のような姿しており、人間をおびき寄せて溺れさせるというタチの悪い妖怪のようなものだ。もちろん想像上の生き物なのだが、この世界では実際に家畜として人間に飼われている。

 移動手段や物資の運搬等に使われることが多く、馬と大きく違うのは水上も移動出来るという点だ。

 なのでこの世界の馬車は船に車輪が着いているような特殊な形になっており水陸両用で活躍できる。

 川も湖も海もお構いなしに真っ直ぐ突っ切って行くので普通の馬車と比べてみても、段違いに早い。エンカンまでも3日と経たずに着いてしまう。

 しかし、その便利さゆえに料金が高い……一文無しの拓光と仲村には手が届かない代物だ。

 

「時間ないんすよ。一人にそんな時間かけてらんないでしょ。料金踏み倒すなり、そこらのヤツらから金巻き上げるなりして……」

 

「私の前ではしないでくれる? 絶対」

 

 朝の出発の前に拓光が「メシ食ってから行きましょうか」というので着いて行くと。食べ終わった後に拓光がなんやかんやイチャモンをつけて料金を踏み倒した。

 その時の店主の顔が忘れられない……

 さすが私の作ったAIの反応! と感心する反面、リアル過ぎるオッサン店主のオロオロする反応に自分の技術力の高さが嫌になるというジレンマに苦悩した仲村だった。

 

「じゃあ、1週間も歩く気っすか? オレは行くっすよ、先に。無理に一緒に行動しなくてもいいんだから仲村さんは徒歩でゆっくり来たらどうっすか?」

 

 ぐぬぬ……と言葉につまり仲村は拓光を睨む。たしかにその通りだが左町から任されてる以上、拓光に好き勝手させるワケにはいかない。

 

「あのね、拓光君。私これでも君の上司なんだよね、部署は違うけどさ。(AIなんだけどさ)これはもう業務命令ね。せめて私の前ぐらいでは犯罪まがいのことは控えるように!」

 

 ぐぬぬ……と今度は拓光が口をつぐむ。

 拓光はコンプライアンスという言葉が嫌いだ。効率が悪く下々の自分達に負担がかかるのをよく知っている。が、お上に逆らうことも出来ないのも知っている。

 

「あの……大賢者のタクミ様ですよね?」

 

 なんとか仲村を言いくるめてやろうと目論む拓光は突然話しかけられる。

 

「ん? え? 誰っすか?」 

 

 この仮想世界に知り合いがいるはずもなく、なぜ自分のことを知っている人間がいるのか疑問に思ってると話しかけてきた男は自己紹介を始めた。

 

「わたくしエンカンのAランクパーティー『パルデンス』に所属している冒険者で……モウスといいます。差し支えがなければ少しお時間をいただけませんか? 大賢者タクミ様にお願いがあって参りました。」

 

「なんで? オレのこと知ってんすか?」 

 

 手で仲村を制して後ろに下がらせる。得体の知れない人物が自分を急に訪ねて来たのだ。拓光は警戒感を強めた。

 拓光のピリついた空気感にモウスがたじろぐ。

 

「い、いえ。決してタクミ様を害しに来たわけでは……」

 

 警戒を解かない拓光に仲村がささやく。

 

「た、拓光君。拓光君はブルマインに世界一の大賢者に。って要請したでしょ? だから、この世界の人達は拓光君を世界一の大賢者と認識してるんだよ」

 

「? じゃあ、コイツ……っていうかここの世界の連中には全員オレのこと大賢者タクミで通るってことっすか?」

 

「うーん……ブルマインが人々にそれを認知させる条件が詳しく分からないから……この世界全員ってわけじゃあないと思うけど……私みたいに『宿屋の主人のお母さん』なんて限定的な人物じゃないからね。『世界一の大賢者』なんて、やっぱり有名人になっちゃうんじゃない?」 

 

 それを聞いた拓光はしばらく考えてからニヤァと不気味な笑みを浮かべた。

 

「なるほどねぇ~、有名人かぁ~。じゃあもうやりたい放題じゃないっすか~」

 

 その表情は仲村だけでなくモウスすらも不安にさせたらしい。

 

「あっ、で? えーっと……モウスさんでしたっけ? なんのようっすか?」

 

 モウスと名乗った男は典型的な冒険者といった出で立ちだが、よく見ると高級そうな装飾品をいくつも付けていた。拓光はそれらをジロジロと値踏みしつつモウスに要件を伺う。

 

「こ、ここ50年ほど表舞台から姿を消して、辺境奥地にこもっておられたタクミ様が突如ソッパスに姿を表したと、噂を聞きつけまして……」

 

 それを聞いた拓光は仲村に耳打ちをする。

 

「なんか変な設定ついてるっすけど……」

 

「この世界にあらかじめ用意されてたキャラじゃないからね。ブルマインが用意した設定を強制的にこの世界に刷り込んだんじゃないかな?」

 

「あ~なるほど」

 

 世間に嫌気が差した引きこもり賢者の設定に納得した拓光は再びモウスの言葉に耳を傾ける。 

 

「パルデンスの団長『ドクトゥス』様が拓光様にお会いしたいとのことで……その……」

 

 どうやらモウスは先程のピリついた拓光の雰囲気に気押されているようで話の要点をなかなか話せずにいた。

 

「ようするにそっちの代表に会いにいけばいいんすね? いいっすよ」

 

「ほ、本当ですか!?」


 通常なら代表が直接会いにくればいいものを客人に対して急に「来い」と言っているのだから失礼極まりない。が、拓光としては渡りに船の状況だ、断る手はない。

 しかし、モウスとしては50年以上も引きこもっていた世捨て人に、こんなに即決で良い返事が貰えるとは思っていなかったようで驚いている。

 

「じゃあとりあえず……連れてってもらえるっすか? エンカン」

 

「もちろんです! エンカン一早い馬車を用意してございます! 2日もあれば到着いたしますよ! どうぞ! お連れの方も! こちらです!!」

 

 機嫌を損ねてしまったと思っていた相手がノリ気なことが分かりモウスは張り切っているようだった。先導して拓光と仲村を馬車まで案内する。

 

「どうっすか仲村さん~。やっぱ知名度ってのは大事なんすねー。魔法使えない賢者とかどうなることかと思ったけど……」

 

「けど大丈夫なの? 魔法使えないのバレたらヤバイんじゃないかな」

 

 相手が大賢者としての拓光に要求があるのは確かだ。ただ拓光がその要求に応えうる状態にないのだから、仲村の不安はもっともだった。

 

「大丈夫っすよー。そもそも頼みなんて聞く気ないっすから。エンカンにさえ連れってってもらえれば、最悪イチャモンつけて断りゃいいんすよ」

 

「はぁー……凄いなー拓光君は……平然と試食コーナーで食べるだけ食べれちゃうタイプ?」 

 

「? 試食コーナーで試食するのになにが問題なんすか?」

 

「ごめん……例えが悪かったみたいだね……」 

 

 二人は馬車に乗り込みエンカンに向かう。

 

 仲村は機嫌よくニヤけている拓光に不安を覚えながら馬車の揺れに身を任せた。 

 

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