その6 左町さんは追い剥ぎになった

 オレは人を探していた。

 

 プレイヤーである我が社の社長『七々扇義光ななおうぎよしみつ

 顔は……分からないかもしれないし……名前だって、そのままということもない……かもしれない。

 とにかくヒントが少ない中、まずは情報収集をしている。

 それにこの世界のことも知らなければいけない。まず、ここはどこなのか? 所謂、敵はいるのか? その規模は? 対抗している主力戦力は? 例を挙げ始めるとキリがない。

 

 ここに来て1週間が経ち、大まかにだが色々と分かってきた。

 

 ここは大陸で一番大きな国『ランドルト王国』その地方都市である『ソッパス』という街らしい。王都『エンカン』からは少し離れている程度で都会へのアクセスもバッチリな利便性のいい町だ。

 大陸一の強国ということもあり治安は比較的良く、隣国からの侵略の脅威に晒されることもない。平和な国だ。 

 いや、ほんと……平和。 

 

 あの日の翌朝、起きると仲村さんが「私だって仕事してるんだよ……」とうなだれていた。

 どうやらあの夜の舌戦は拓光に軍配が上がったらしい。

 そして今後の方針も決まっていた。

 まずオレは情報収集。転移してきたのがこの町の近くということもありソッパスに留まりこの世界の情報、あわよくばプレイヤーの所在を突き止める。

 拓光は物資調達。この世界でやっていくにあたり金や食料など必要なものを集める。

 拓光は物資調達という役柄、この大陸で一番賑わいを見せる王都エンカンに向かうことになった。金やモノ、情報もエンカンでならここより集まるだろうとの判断だ。が、多分一人で好き勝手にやりたいだけだったんだろう。

 仲村さんはというと……拓光と一緒にエンカンに着いて行くことになった。賑わいを見せる、人が多いところの方がAIの反応や行動が多彩だろうから見てみたいということだった。

 お目付役が付くのを嫌い、反対した拓光だったが、そこはオレからの圧力もあり仲村さんも同行してもらうことにした。大賢者コスプレ拓光を一人にしておくのは不安だったからだ。

 さすがにオレから言われると断りきれないようで渋々了解して仲村さんと共にエンカンに向かった。

 残念だったな、行ってこいコスプレ賢者。

 

 そして5日が経ち、辺りはすでに真っ暗という具合だが……こちらは特に収穫はない。面目ない……

 ここソッパスは非常に平和な町であり周辺に危険な魔物いるわけでもなく、近くに有名な遺跡やダンジョンといったモノがあるわけでもないらしい。

 では、なぜプレイヤーはこの近辺に居たのか……

 たまたま、この周辺を通り道にしてただけでオレ達が転移してきただけならここに留まる理由はもうない。

 あと……金がない。泊まってる宿屋でも「いつまで、ただ飯食ってるの?」という店主の目線が痛い。

 仕事ってツラいけど無職もツラい。いや、仕事してんだけど……だから余計ツラい……倍ツラい。

 

 ……。

 

 仮想世界だし……もう犯罪に手を染めるしか……

 

 チラっと下に目をやるとガラの悪そうな連中が横たわっている。

 

 そう。オレは人を探していた。なのにコイツらが……

 

「ヒャッハー! 命が惜しけりゃ有り金全部置いていきなぁー!」

 

 と町中とは思えないテンションでオレに絡んできた。こういうヤツらは、なにをモデルにして人格を形成されているのだろうか。とても古めかしく懐かしい感じがした。

 

 町中で絡まれ襲いかかられたが、これでもガキの頃から大学まで空手をやっていたのだ、腕には覚えがある。

 肘と顎をつけ

 

「身体能力2倍」ボソッ

 

 なんだかちょっと恥ずかしかったので小声で能力を発動させると振り向いて、全力で駆け出した。

 

「あ! アイツ逃げやがったぞ! 待ちやがれ!」

 

 タッタッタッタ……

 

 逃げながら振り向くと、追い付こうと必死になって追いかけてくる。

 身体能力2倍とは聞いていたが、自分の身体とは思えないほど軽い。しかも全然息がきれない。

 これならまともにやっても勝てたかなぁ。と思いながら振り返り、連中との距離を調整する。追い付きそうで追い付けないギリギリの距離を保ってだ。

 

 タッタッタッタ……

 

「ま、待てって言って……」

 

 そういうと連中はゼエゼエと息をきらしながら立ち止まった。手を膝につき肩で息を様子を見るに諦めたようだ。

 

 よし。

 

 くるりと反転し、ツカツカと輩達に近づいて行く

 

「ちょ、ちょっとま……お前……ひきょ……」

 

 悪漢達に最後までセリフを言わせるつもりはない。

 渾身のムロフシ正拳突きを顔面にたたき込んでいく。

 

「セイッ!」「ぐう」

 

「セイッ!」「うが」

 

「ヤアッ!」「ひぐっ」 

 

 さすがムロフシパワーを乗せた正拳突き。一撃で事足りる。


 しかし、一人だけ息も絶え絶えながら付いてきたヤツがいた。

 向き直るとそいつは腰に携えた剣を抜きこちらに向ける。

 日常生活で刃物を突きつけられる経験などあろうはずもない。心臓が跳ね足が震えた。


 だがよく見ると男の足も震えており……

 不意に振り下ろされた剣は当てるつもりもなさそうに空を切った。威嚇のつもりかブンブン振り回す剣を見ていると次第に落ち着きを取り戻していった。


 コレが殺気がない……というヤツか。


 大振りな一振りを見切り「ここだ!」と踏み出してその男の顔面に一撃を加えると、男は思っていたよりも後ろに吹っ飛び壁に叩きつけられた。


「あ、ごめん……」


 ちょっと、やり過ぎた。そこまでやるつもりじゃ……


 まあいい。ちょっと焦ったが、なんとかなったな。


 するとどうだろう。一番手前でのびているヤツの懐から金貨の入った袋がこぼれ落ちてた。

 

 

 

 

 

 そう、オレは人を探していた。なのに……こんな誘惑……こいつはまいった……お金ない時に……

 

 どうしようか……これ持って帰ったら嫌な顔されずに宿屋に帰れる。

 しかしどうだ? それやって胸張って家に帰れるのか? 絡まれた連中からとはいえ他人から巻き上げた金で家族養っていけんのか?

 

 ……。

 

 ……。

 

 ?

 

 いや……この金は仮想世界の仮想のチンピラの仮想のお金。どうやっても家族の手には渡らないんじゃあないか?

 ならばここは迷惑料と思って受け取ってあげるのが……

 

 スジなんじゃあなかろうか!?

 

 じゃあ、まあ……今回は遠慮なく……

 

 懐からこぼれ落ちた金貨に手を伸ばす。

 

「あっ! いたーっ! ほらほら! いた! いたよー! 拓光君!」

 

 え?

 

「あー……ハイハイ。いましたねー。で? 左町さんの居るところが分かって、なんでプレイヤーが探せないんですー??」

 

「だからそれはさっき説明したでしょ?」

 

「あー……ハイハイ。ヴァルキルマーがパーティカルリミットのアレですね……って、左町さん。なんすかこの状況?」 

 

 一番見られてはいけない人物に見られた!?

 

「お、おお……ちょっと絡まれちゃって……はは」

 

 笑ってごまかしてみる。拓光はジト目でこちらを見ると状況を察したのか……

 

「なんだー。左町さんも仮想世界楽しんじゃってる感じっすねー?」 

 

 とニヤっと笑って返答してきた。

 

 楽しむとはどういうことだろう?

 

「え? え……なにが?」

 

「だから、アレでしょ? 身体能力2倍を使って憂さ晴らしにチンピラ小突き回してるんでしょ?」

 

「ほ、本当に絡まれたんだよ。世紀末みたいなノリでヒャッハーって」

 

「それで小突き回しついでに金目のモノもいただいちゃおうと……まあ無一文で5泊も6泊もするのは気が引けますよねー……左町さんは。オレなら気にしないっすけどねー」

 

 あ、バレてた。

 

「でも、もう大丈夫っすよー。金も情報も! 戦力さえも! ……オレがいればね!」

 

 情報はともかく、金と戦力は出所を知るのが怖いほどに満面の笑みの拓光だった。

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