その5 左町さんは仮想世界でも夢を見るのか

 光が収束し拓光の姿が見えてきた。

 

「おお」

 

 拓光は顔や体格こそ変わらなかったが、いかにも賢者といった感じのヒラヒラとした衣装に身を包まれている。杖とかは持っていないようだが……オレの賢者像が古すぎるのか?

 

「オレ、これもう賢者っすね」

 

 ふんと胸を張る拓光はいつもより背筋が伸びている。気がする。

 

「じゃあちょっと魔法とか使っちゃたりします」

 

 ヒヒヒと笑って顔の前に人差し指を立てると

 

「……。」

 

「……。」

 

「……?」

 

「あれ? 出ないっす」

 

 顔の前で人差し指を立てて唸っているが見た目特に変化はない。

 

「なにしようとしてんだ?」

 

「いや、指先に火を灯そうとしてるんすけど……上手くいかなくて……」

 

 うーむむむ……と唸るだけで変化はない。

 

「やっぱ呪文とか唱えないとダメなんじゃないか? 普通なんか言うだろ」

 

「いや……賢者になった瞬間にこの世界の魔法のことも理解できてるんですよ。いや……これでいけるはずなんですけど……っかしいなぁ……」

 

「いいから言ってみ呪文。絶対、呪文だって」

 

「ええ……じゃあ……『ファイヤーボール!』……ほら出ない」

 

 呪文……ファイヤーボールなんだ……安直だな。

 

「えーっと……ちょっと待ってくれる」

 

 魔法が出せない拓光とオレのやり取りに仲村さんが割って入ってくる。

 

「魔法とか無理だよ。君達は。」

 

 は?

 

「は? え? いや……でも使えますよ? 魔法に関する知識とか、そういうのもう全部わかっちゃってるし」

 

「いや、うん。まあでも、あくまで演じてるだけだから……魔法とかそういう現実とかけ離れた力を使うのは無理なんだよね」

 

 ……? 

 

「いや……だって他の人達はなんか凄い能力使えてるじゃないですか。あれだって演じてるわけっすよね?」

 

「まあ、他の人達はねぇ。自分の世界なわけだし。さっきも言ったけどブルマインはマルチプレイじゃないから、君達はあくまで異物でしかないんだ。だから、君達はここにいるだけで相当脳に負荷がかかっちゃって……」

 

「無理……ってことすか?」

 

 うーん……と仲村さんは唸って考え込んだ。

 

「無理ではない。けど……これ以上脳に負荷がかかると、脳が焼き切れる可能性がある」 

 

「それを無理って言うんじゃないすかね?」

 

 なるほど。ようするに、なんか凄い能力を発動させるのは脳に負荷がかかって無理だから使えない……と。ならオレ達が使える『演じる』ってのは……

 

「ただの賢者のコスプレってことですか? 拓光の現状は」 

 

「コスプレは失礼だなぁ。ちゃんとこの世界の住人達に『大賢者』として認識されるんだよ? 魔法は『使わない方がいい』ってだけで無理すればなんとか」

 

「いやぁ……死んでまで使いたいわけじゃ……まっ、残念っちゃあ残念っすけどね。んー……じゃあ賢者はやめて、もっと役に立ちそうなのに……なろう……かな~?」

 

 そういうと拓光はチラっと仲村さんの顔色を伺った。

 

「えっと……ごめん。それも出来ないんだよねぇ……演じることが出来るのは一つの世界で一つだけなんだよね~……あくまで君達はブルマインの異物でしかないから脳に負荷が……」

 

「そうだと思ったっすよ! アンタそればっかだな!」

 

「いや! でも他にも身体能力2倍までなら! ……2倍以上は脳に負荷がかかり……すぎて……アレなんだけど……ほら君達はアレ……だからさ」

 

「どうせ異物っすよ! 異物なんでしょ!? いや! 失礼じゃねえっすか!? 異物、異物って!」

 

 

 まあ、そりゃ怒るよな。ウキウキで変身してコレだし。気持ちは分かるが……ん?

 

 

「ちょ、ちょっと待て拓光。仲村さん! 身体能力2倍ってなんです?」 

 

「お? 食い付いてくれたね! 文字通り現実世界での君達の身体能力が倍になるという能力さ! 腕力、握力、背筋、持久力……とにかく全部2倍! 反応速度までね」

 

 

 おー。それはちょっと凄いんじゃないか?

 

 

「ん。でも左町さんの身体能力の2倍ってどんくらいなんですか? 握力とか背筋とか……100M走のタイムとか」

 

 

「100M走のタイムなんか測ったことねえな。でも、けっこう力は強い方だぞ。握力とかも65キロくらいあるし。背筋だって学生時代は200キロちょいくらいあったと思うぞ」 

 

「学生時代って20年近く前っしょ?倍で……握力は120ちょっと。えっと背筋は400キロってとこっすね……衰えてなければ、ですけど。んー……まあ、すげえっちゃ、すげえっすけど……」 

 

 そう……これは凄いことだ。だがあくまで人類のトップクラスの域を出ない程度か。これでは化け物みたいな能力を有しているプレイヤー達には太刀打ち出来ないが……

 

「でも、今までみたいになんにもないよりマシっすね。ムロフシくらいの強さって考えると中々凄いですし」

 

 マジか!? ムロフシと同等!? それはすげえな。

 

「まあ……2倍以上は使わない方がいいかな。脳の負担考えると……。あと長時間の発動も禁止ね。ここぞって時に使うようにね。脳の負担を考えると」

 

「仲村さん、本当にそればっかっすね……」

 

「しょうがないでしょ!? 本来、君達がここにいるのも無理なんだよ!? 『演じる』と『身体能力2倍』が使えるなんて普通無理なところを苦労して苦労してリュックベッソンがトータルリコールさせたんだよ」

 

「なんで急にリュックベッソン!? なんの話っすか!?」

 

「映画の話はしてないって言ってんでしょーが!」

 

 

 拓光と仲村さんが目の前でギャアギャアと喧嘩を始めた。

 合わないのかな? この二人は……職場で仲の悪いヤツいると面倒くさいんだよなぁ……

 あ……この仲村さんがAIってこと、まだ拓光知らないのか? あー……黙っといた方がいいんか……コイツには……

 いやぁ……今日はもう疲れたな……

 

 考える事は色々あるが……この状況下でそれがまとまることはなさそうだ。

 喧騒を作り出している二人に割って入るように「今日はもう休もう」と提案するが聞こえている様子すらない。

「じゃあお先に……」と、おじさんは隣の部屋に行き、ベッドに潜り込む。壁とドア1枚だけでは防げない二人のやり取りを、さらに布団を頭からかぶりシャットアウトすると今度は不安感が眠気を妨げる。

 仮想世界でも現実と向き合わざるえない仕事を恨みつつ今日も左町は仮想世界で仮の眠りにつこうと試みるのだった。

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