魔法師ニケの無限回避生活~攻撃が当たらないんじゃない、あたしがドジなだけだ~

ねくしあ@カクコン準備中……

第1話:龍殺しの英傑譚

「もう、ニケったらまたそんなに汚して……」

「あはは~、ごめんごめん。あたしってこう、元気が取り柄の女の子じゃん?」

「にしてもよ! もっとまともに戦えないわけ?」

「うぐ、正論……」


 ここはのどかで平和なとある街。

 

 あたしはいつも通りにギルドのクエストをこなし、いつも通りに汚れた服を、親友であるマディアに綺麗にしてもらっていた。


 しかし水洗いではない。そう、魔法だ。


「はい、終わったわ。……ニケは攻撃系魔法が得意なんだから、それをもっとしっかりと活かせないといけないわよね」

「そういうマディアだって補助系魔法が得意なくせに運動出来るじゃん」

「それとこれは話が別よ!」


 攻撃系魔法とは、魔力と呼ばれるエネルギーによって炎や水などを出現させて対象を攻撃する魔法。代表的なものには火玉ファイアボール水玉アクアボールなどがある。

 補助系魔法とは、魔力を使って自分や誰かの身体能力を倍増させたり、服の汚れを落としたりと様々な使い道がある。マディアが使っているのも補助系魔法だ。

 

 要は攻撃系以外は全て「補助系」にまとめられている。


「今日もありがとね。あたしは家に帰るよ。また明日も行ってくる」

「分かったわ。気をつけてね」


 そう言ってマディアの家を出る。


 マディアの家は少し人通りの少ない場所にあり、帰るときには誰かと会うこともない。いつも通りにただ少し寂しい家路を辿り、何もない場所で転び、質素な夕飯を食べるだけ。

 その後も特に何かあるわけでもなく一日が終わった。


 そして翌朝。着替えと朝食を済ませてギルドへ赴く。


 ギルドには朝早くにも関わらず既に数人がいた。昼以降からは酒を飲んでいる人もいるが、さすがに今はいなかった。


「お、ニケじゃないか。やっぱりお前は朝早いよな」

「スージオこそ。まだまだ元気そうで何よりだよ」

「ジジイは朝早いんだぜ? ガハハ!」


 いつものくだらないジョークに苦笑しつつ良さげな依頼を探す。


 ギルドには毎日のように魔物討伐などの依頼が舞い込んでくるため、閑古鳥が鳴くようなことはない。それに危険な肉体労働だから報酬も他の仕事に比べ高い。不器用なあたしにとっては冒険者が天職だと思っている。


「あ、これいいかも」


 見つけたのはゴーレムの討伐依頼だった。依頼書に書いてある説明によれば、近くの遺跡に眠っているゴーレムが道を塞いでいて通れないので倒して欲しい、とのこと。


 まぁ、依頼者はどうせ研究者だろう。あまり報酬が高くないことからも理解出来る。あのボケジジイ共は金払いが渋いんだよな……あたしたち冒険者の事を見下してる節があるしさ。


 でも運動が出来ないあたしにとってはちょうどいい。動きがのろくて助かるから。


「お、ニケはそれを選んだのか。ゴーレム討伐……確かにお前でもできそうな依頼だ」

「う、うるせぇ! ったく……んじゃ、あたしはもう行くからな」

「待て、ニケ」


 くだらない皮肉に被弾しつつも足を踏み出したその時、スージオの久しく聞かなかった真面目な声が聞こえた。


「最近、ここら辺でも魔王軍の侵攻及び戦闘行為が確認されている。流石にこの街まで来る事はないだろうが、魔物の棲む森まで行くのだ、気をつけろ。もし見かけたとしても絶対に近づくなよ」


 彼は腐ってもベテラン冒険者。今の言葉はきっとあたしの命を救ってくれるだろう。そんなありがたい忠言を心の中で何度も反芻し、頭の片隅に留め置く。


「ま、多分大丈夫だ。こんな辺境の街なんて魔王軍にとっても旨味なんてないだろうし、何よりお前に心配なんていらんわな! ガハハ!」

「ちっ、もうちょっとくらい真剣に喋ることくらいできないのかよ? でもわかった。覚えておくさ」


 そう言って再び動き出す。すぐに受付で受注報告をし、早速遺跡がある森へと足を踏み入れた。


 そこは鬱蒼としていて、木の葉やよく分からない植物を掻き分けて数十分。情報と特徴が一致している遺跡の前へと到着した。


「遺跡かぁ、そういや入ったことなかったな。ちょっと楽しみ」


 薄暗い雰囲気は恐怖心を掻き立てるが、それ以上に「隠された神秘」という光景に胸が躍る。そうなれば自然と足取りが軽くなるのも仕方ないだろう。


「お、これが件のゴーレムかな?」


 数分進んだ先はゴーレム――まるで人型の岩のようだ――によって塞がれていた。横を通れないこともないだろうが、さすがに怖い。眠っている龍の隣を歩くようなものだ。


「じゃあ先制攻撃しちゃおっかな。火炎砲弾フレアバレッド!」


 手のひらを広げると魔法陣が展開された。するとそこからこぶし大の炎が発射され、ゴーレムへと直撃した。


「ギギ……ガガガ」

「さすがに一撃じゃ仕留められないか。おはようさん――ってあぶなっ!?」


 予想以上に動きが早く、いきなり拳を叩きつけられた。危機一髪の状況に慌ててしまい転んだものの、それが功を奏して無傷で回避。体勢を整え、再びゴーレムの方へ向く。


「やばいっ、意外とすばしっこいな。あたし死んじゃう……」


 体力スタミナはあるものの、素早い動きなど到底出来ない。あたしは常にギリギリで生きているのだ。


身体強化エンハンス!」


 せめてもの保険と思い、身体能力を強化して――補助系魔法の代表格であり、あたしが唯一使える補助系魔法だ――攻撃を避けやすくする。

 あたしはこれに何度も助けられてきた。少しは安心できる。


水爆弾アクアボム!」


 次に放ったのは、まるで水風船のようなもの。それらをいくつも生成して放り投げていく。

 機械は炎や水に弱い。特に加熱された後に水をかければ倒しやすいと聞いたことがある。どうせならば二倍のダメージを与えたい。


「ギ、ググ……」

「あともうちょっとかな」


 少し動きがゆっくりになったがそれでも攻撃は止まらない。踏みつけられそうになったり、拳で潰されそうになったり、殴られそうになったり。

 それでもあと一秒でも遅れたら間違いなく死んでいるようなタイミングで全てを避けていく。


「はぁ、はぁ……さすがにちょっと疲れてきた。火玉ファイアボール


 魔力は人より多いわけでもないので、少し温存気味で攻撃をしていく。

 ゴーレムには着実にダメージが入っているだろう。岩も崩れてきたし、動きもゆっくりになってきた。もう一踏ん張りだな。


水玉アクアボールっ……」


 ゴーレムの表面の岩は装甲のようなものだ。それが外れた部分に水がかかれば……


「ギ……」


 ドシン、という大きな音を立ててゴーレムは倒れ伏した。そして訪れる沈黙。


「――やった、倒した! はー疲れた。帰ったらゆっくり寝よう」


 しかも服があんまり汚れてない! 今日はとびきりの良い日だ。お祝いでもしようかな?


「ふんふんふ~ん♪」


 喜びで思わず鼻歌を口ずさんでしまう。気分が高揚して、行きよりも足取りが軽くなる。


 ――しかし、それが仇となったのだろうか。遺跡の外に出た刹那、大きな影が辺りを覆い尽くした。


「うわっ、なんだなんだ?」


 戸惑い見上げた先には――傷だらけの巨大な龍がいた。その瞳はこちらを睨みつけており、それは間違いなく獲物を見る目であった。


 その大きな身体は美しい青に染まっていた。そのせいで血の色が目立っている。

 身体の両側にある青い翼はゆっくりと動いていた。さすがドラゴンといったところか、微かにその風を肌で感じ取ることすらできる。


「これ……どうしよう。逃げる、のは無理だな。空を飛んだ相手に速度で勝てるわけがない……」


 身体が震え始めた。命の危険で足がすくむ。世界の時が止まったような感覚に陥るが、龍の翼は変わらぬペースではためいている。それが嫌に現実を突きつけてくる。


「た、戦うしかない……か。幸いあいつは傷だらけ……怒りで前が見えなくなっていれば尚更戦いやすい……!」


 もはや博打だ。今までそんな事はしてこなかったが、そういえば冒険者なんてのはハナから賭博ギャンブルのようなものだ、と腹をくくる。


「かかってこい!」


 挑発のつもりではなった言葉だが、意味が伝わったのだろう。爆音とすら言える鳴き声と共に踏みつけようと急降下してきた。

 それを見た瞬間、走って逃げようとしたものの、身体の重心がブレてしまい視界が反転した――転んだのだ。だが、龍が狙いをすましていた場所はあたしの数メートル先であり、回避したとも言える。


 いつもの幸運が再び訪れたことに口角を上げながらも、冷静に攻撃を再開した。


火玉ファイアボール!」


 龍には様々な攻撃が効きづらい。それは硬い鱗があるからだ。しかし目の前の龍は鱗が剥がれ落ちている。ならば手数を多くし、苦痛の数を増やせばいいはずだ。


火玉ファイアボール!」


 そのお返しは大気を裂く咆哮と鋭い爪での攻撃だった。なんとか避けるも、髪の毛にかすったことで数本がちぎれる。


「あたしは回復魔法使えないんだから勘弁してよ……火玉ファイアボール


 次に返ってきたのは、火玉ファイアボールよりも威力が数倍高い火炎の息吹ブレスだった。


「きゃあ!? いきなり範囲攻撃は反則だって!」


 飛び込むようにして避けたが、服の端っこがチリチリと焼けている。慌てて火を消してなんとか息を整える。


「あと数発しか使えない……火玉ファイアボール


 これ以上受けるのはまずいと判断したのか、次はその長い尾で火玉ファイアボールを打ち消す事を選んだ。


「そんなんもう無理じゃん! うわあ!」


 打ち消すどころかあたしにまでぶつかりそうになる。慌てて身をかがめたことで九死に一生を得た。多分あれ、ぶつかったらミンチになってた……


火玉ファイアボール!」


 覚悟を決め、放った直後に駆け出す。

 目指すは龍の腹。柔らかいそこだけが龍の弱点と言われているのだ。


 次は翼を一回はためかせた事で炎を消した。その顔には余裕さがにじみ出ている。


「これで……仕留めるッ! 火玉ファイアボール!」


 翼を動かしたことで浮力が生じ、少しだけだが地面から離れていた。それによって下に潜り込むことも容易だった。


「ギャァオオ!!!」


 大地を揺るがすほどのその叫びに耳を塞ぐ。しかしそれが断末魔であると気づいたのはすぐだった。

 その四本の足で立っていたはずの龍は、いつの間にか横たわっていて息も絶え絶えになっていたのだ。


「はぁ……はぁ……おやすみ……火玉ファイアボール!」


 口角を上げ、残りの魔力全てを使い切るつもりで放つ――!


「ははっ……勝った……勝ったんだっ……!!!」


 何回も死にかけた。あと一秒、あと一センチの差がなければ死んでいた。良くても腕や足がなくなっていた。丸焦げになっていたかもしれない。


 それでもあたしは生き残ったのだ。


「も、う……かえろっ……っと――」


 一歩踏み出した視界の端に浮遊する黒衣の男がいることに気がついたとき、あたしの意識は暗転した。


 ◇


 ――目が覚めたのは、そこから数日後だった。


「う、うぅ……」

「あら起きたの? もう、ニケったら無茶しすぎよ……」


 死の狭間から帰ってきて最初に聞く声がマディアか。なんだか心が落ち着く。


「――ニケが起きたって!? 本当だ、すごいじゃねぇかニケ!」


 ドンドンと足音が聞こえたと思ったら、けたたましい音を立てて扉が開いた。そこから現れたのはスージオだった。


 スージオはもう年なんだからくたばっとけ……半分死人なんだぞあたしは。死にかけの女を見に来るにはふさわしくない態度だな。


「それにこんなに服を汚して……」

「ごめんってマディアぁ……!」

「でも今日は許してあげるわ。だってあなたは龍殺しドラゴンスレイヤーさんだものね」


 ウインクと笑みのおまけ付きでマディアが言った。

 どう考えてもからかっているようにしか思えない……おのれぇ……!


「な、なんか恥ずかしい……」

「あら。ニケが照れるなんて珍しい。ふふっ、可愛いわね。しかも顔を赤くしちゃってさ」

「だってそんなのあたしには不釣り合い……だろ?」


 口にすることで改めて感じる。

 龍殺しドラゴンスレイヤーという、人類の頂点とすら言える称号――あたしみたいなC級冒険者には似合わない。それこそスージオくらいのベテランが得るべきなのだ。

 あの状況でも、彼ならもっと早く、もっと良い方法で倒すことが出来たはず。


「全然そんな事無いわよ。いつ大きな栄誉を得るんだろうって常日頃から思ってたんだから」

「マディア、さすがに嘘が下手すぎる……」

「えへっ、バレちゃった?」


 舌を出してあざとく笑う姿に、思わず心臓を打ち抜かれたような気分になった。

そして思う。

 あぁ、やっと悪い夢から覚めたのだ、と。

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