第35話 隣を歩きながら

     ※


 外に出ると、夕焼け空が顔を出していた。

 思っていたよりもふくろうカフェでゆっくりしてしまったようだ。

 でも、莉愛の楽しそうな顔が見れたから大満足の時間だった。


「また、いつか来たいね」


 そう言って、莉愛は俺の手を握る。


「俺も同じことを思ってた」


 そう返して俺たちは歩き始めた。


「少し散歩してもいいか?」


「うん」


 ゆっくり散歩をしながら、街中を見て回る。

 子供の頃によく遊びに来ていた街。

 だから、俺にとっては見慣れた場所――だけど、莉愛と歩くこの道は不思議なほど新鮮で、少し大袈裟かもしれないけど美しく見えてくる。


「大希は……よくこの辺りに遊びに来るの?」


「昔、な。

 今はそこまでだけど……妹に付き合って買い物に来ることはあるかな」


「杏子ちゃんと……?」


「ああ、たまにだけど……荷物持ちに付き合われることはあるな」


「そっか。

 この前、家にいった時にも思ったけど……仲、いいよね」


「妹とか?」


「それもあるけど……家族仲、いいなって」


「あ~……そう、かな?」


「うん。

 なんていうか……すごく、温かいなって思ったよ」


 温かい?

 そうなんだろうか?

 俺は他の家族をそこまで深く知っているわけじゃないから、なんとも言えなかった。


「莉愛の家はどうなんだ?」


「うちは……普通、かな?

 でも一緒にご飯食べたりとかは、そんなにないかも」


 うちは父さんが仕事で忙しい日を除けば、家族で食事を一緒にしている。

 それが当然のことだと思っていたから、莉愛の言葉に疑問を感じてしまった。


「親御さん、忙しいのか?」


「……うちって片親なんだよね。

 お母さんは私が小さい時に亡くなっちゃって……」


「そうだったのか……悪い」


「ううん。

 大希にはいつか話そうって思ってたから」


 前に莉愛を送って行った時、俺は何気なくご両親という言葉を使っていた。

 その時から莉愛はきっと、いつか話さないといけないと思っていてくれたのかもしれない。


「お父さんとは、仲が悪いわけじゃないの。

 でも、仕事で忙しいから、毎日一緒に食べられないんだよね」


「じゃあ……食事は一人で食べてる時が多いのか?」


「そう、だね。

 時間が合えば一緒に食べるけど、基本的にはお父さんの分も作り置きしておいておく感じ」


 うちの当然は、莉愛の家の当然ではない。

 そんなのは当たり前のことなのに、言葉にされるまではっきりと自覚することができずにいた。

 家に帰ったら誰もいない。

 ずっと一人でいるということは、どんな気持ちなのだろうか?


「寂しかったり、するか?」


「う~ん?

 子供の時はそうだったかもしれないけど……今は慣れちゃった、かな」


 寂しさや、悲しさにも、人は慣れることはできると思う。

 でも、だからって平気なわけじゃないだろ。


「……なら、これからは一緒に食べないか?」


「え?」


うちに来てもいいし、莉愛が良ければそっちにお邪魔するのもいいな」


 俺の提案を聞いて、莉愛は足を止めると、少しだけ目を丸めて意外そうな顔を俺に向けた。

 でも直ぐに嬉しそうに笑って、


「それ、すごく魅力的な提案。

 大希の手料理、食べさせてくれる?」


「もちろん。

 莉愛が食べたいものがあるなら、なんでも作るよ」


「私の手料理も……食べてくれる?」


「それこそ魅力的な提案だ」


「じゃあ……大希の都合がよければ、うち、来る?」


「ああ、莉愛がいいならいつでも」


 言って俺たちは、互いに笑みを交わした。


「嬉しい……ありがとう、大希」


「ぁ……」


 そして、莉愛は握っていた手をほどいて俺をぎゅっと抱きしめた。

 それはまるで、抑えきれなかった感情を、俺に伝えようとしているみたいだった。

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