第17話 帰り道の選択

「か、帰ろうか」


「……う、うん」


 周囲に人は少ないが、いつまでも街中に立っているわけにも行かない。

 俺たちは、どちらからともなく歩き出した。


「「……」」


 なぜか無言で歩き続けている。

 気まずい……わけではないが、なんとも言えない空気が俺たちを包んでいる。

 互いに戸惑いのような想いがあるのかもしれない。


(……こういう時は、男のほうからリードしないとだよな)


 思い立った勢いのまま、俺は七海さんに目を向けた――って、


「……あれ?」


 莉愛との距離が遠くなっている気がする。


(……気のせいか? さっきまで隣を歩いてたような?) 


 気になって眺めていると、莉愛と俺との距離がまた少し開いていた。

 手を伸ばしても届かないくらいの距離になっている。

 広い道とはいえ、


(……いやいや、流石におかしいだろ!?)


 恋人同士になって距離が近付くならともかく、なんで離れてるんだ?


「莉愛、聞いてもいいか?」


「……なに?」


「距離、離れすぎてない?」


「……そ、そう?」


 そうと言いながら、さらに一歩離れていく。

 一体どうしたのだろう。

 気になって俺が近付くと、その分だけ距離が離れた。


「なんで逃げる?」


「に、逃げてるわけじゃ……」


 だが、そちらに逃げても壁しかない。

 そう思っていたら、莉愛がその場から一歩後ろに下がった。

 俺に突っ込まれても、彼女は後退り続ける。


「いやいや、流石にそれはおかしいだろ!」


 てか、後ろ歩きが上手すぎだ。


「待て待て! もう近付かないから一旦待ってくれ!」


 莉愛は足をピタっと止めた。

 どうやら、俺を拒んでいるわけではないらしい。


「さっきから距離感バグってるぞ」


 それはいつものことなのだが、これは流石に遠すぎる。


「……そう、かな?」


「誰が見ても明らかにおかしい。

 それに挙動不審過ぎる」


「……そ、そんなことないから」


「なら、こっちに来て証拠を見せてくれ」


 莉愛がもじもじと困惑するような態度を見せる。

 だが悩んでいても仕方ないと覚悟を決めたのか、両手を胸の前でぎゅっと握って、一歩足を進めた。


(……そんなに気合を入れるほどのこと!?)


 思わず突っ込みそうになる。

 だが、奮闘している彼女の邪魔はしたくないので、黙って見守ることにした。

 一歩一歩と、莉愛が確実に俺に近付いてくる。

 そして――


「……き、きたけど……」


 俺の目は見ず、少し顔を逸らして、莉愛がそんなことを言った。


「がんばったな。

 それじゃ……」


 莉愛を褒めながら、俺は彼女の手を握った。


「っ……」


 莉愛は小さく息を飲み、顔を伏せる。

 拒絶されたら直ぐに手を離すつもりでいた。

 だけど、ゆっくりと……莉愛が俺の手を握り返してくれた。


「帰るか」


「……うん」


 少し遅くなった帰り道。

 恋人同士になったばかりで、互いにどう接していくべきなのか、そんなこともわからないけど、二人の中で確かに何かが変わっている。

 そんな気がした。


     ※


 でも、やっぱり莉愛の距離感はバグっていて、


「莉愛……改札を通る時くらいは、流石に手を離してくれないか?」


「……ダメなの?」


 残念そうに聞き返されると、こちらは強く拒否できない。


「ダメじゃないが……通りづらくないか?」


「う~ん……? このままでも、大丈夫でしょ。

 行こ」


 微笑を浮かべて、莉愛は俺の手を引いて改札に入った。

 少し通りづらかったが、問題なく通ることはできた。


「通れた」


「……でも、ちょっと狭かったな」


「そうかもだけど……繋いだままがよかったから」


 淡々とした口調なのに、莉愛は頬を少し赤らめている。

 照れているのだろう。

 顔を少しだけ伏せてから、不安そうに上目遣いで俺を見上げた。

 そんな彼女があまりにも可愛すぎて、なんだか叫び出したい衝動に晒される。


「……大希……どうかした?」


「ぁ……いや……莉愛が、可愛いなって思って――」


 って、俺は何を言ってるんだ!?

 思わず本音を伝えてしまった。


「ぇ……ぁ……」


 うろたえるような声を漏らして、莉愛の赤かった頬がさらに真っ赤に染まっていく。

 お互い何も口に出来ぬまま駅のホームで時間が過ぎていった。

 でも、それは気まずい空気とは違っていて……言葉の代わりに、繋いでいた手をぎゅっと握る。

 それだけで俺の胸に温かい感情が流れてくる。

 ゆっくりと莉愛に視線を向けると、お互いに目があって俺たちはどちらからともなく笑った。


 それから直ぐに電車が来た。

 帰りの時間帯ということもあるのか、そこそこ席は埋まっている。


「……座る?」


「ううん。

 立ったままで大丈夫」


 莉愛の返事に頷き、二人で電車に揺られて、たわいない話をする。

 でもそれは、少し前の俺たちならしなかった話。

 勉強のこととか、好きなものとか、休日は何してるとか。

 今まで知らなかった莉愛のことが知れるだけで、とても楽しい時間になっていた。

 でも、楽しい時間だからこそ、一瞬で過ぎていて……。


「……あ……もう着いちゃったな」


 莉愛が下りる小山駅に到着した。


「……うん」


 電車の扉が開く。

 だが、別れが名残惜しいのか、莉愛は俺の手を離さない。


「……降りないと、だろ?」


「うん」


 頷くが、それでも俺たちは手を離せない。

 でもこのままじゃ、ドアが閉まってしまう。

 莉愛ともう少し一緒にいたい。

 多分、彼女も同じ気持ちでいてくれているのだろう。

 なら、


「……行こうか」


「ぇ……」


 言って俺は莉愛の手を引いて電車を降りた。

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