第7話

「なななななんでここに女神がいるんだよ!」

「バカンス中です。……いけませんか?」


 女神は堂々とそう述べた。その言葉に俺は内心感心していた。異世界に送り込んだ勇者が役に立たないことが分かると死刑宣告のような強制送還を下した相手に、女神は平然とバカンス中だと言い放ったのだ。通常なら顔を合わせたくない相手のはずなのだが、この女神は普通ではない。最高神を欺こうとする異例の女神なのだ。


「バカンスって……というか強制送還ってなんだよ! こんなのあんまりじゃないか!」

「あら、女神がユートピアでバカンスしてはいけませんか? それに、強制送還は私利私欲に溺れたあなた達の自業自得ではないのですか?」

「ここは健康スパランドだよ! 何がユートピアだ! それに僕は私利私欲で動いちゃいない。勝手なことばっかり言わないでくれ!」

「へぇ~……」


 これにはさすがの女神も幼女に視線を向けてしまう。


スク水幼女あれが私利私欲ではないと?」

「……し、失礼だな。純愛だよ」

「はぁ……今度はパクリですか?」

「オマージュだよっ!」

「何でもかんでもオマージュといえばパクリが正当化されるとでも思っているんですか? 言っておきますけどね、この世界でも6歳児との婚姻は立派な犯罪ですから。この変態っ!」

「うっ……」


 女性に面と向かって変態と言われたことが相当ショックだったのか、隅のほうで膝を抱えてしまった。


「ダンゴムシ!」


 幼女が棒きれで哀れな孫を突いていた。

 何と情けない光景だろう。

 人間、ああはなりたくないものだな。


「お説教したらお腹が空きましたね。フィオナさん、あちらで御一緒に焼きそばでも食べませんか?」

「いいの! わたしもちょうどお腹空いてたんだよねー」

「雪夫さん、焼きそばとたこ焼き、それにフランクフルトと飲み物(ビール)もお願いします」

「は? なんで俺に言うんだよ」

「雪夫さんは本当に記憶力がよくないんですね。言ったはずですよ? 私、無一文だと!」

「偉そうに言ってんじゃねぇよ!」


 人の股間に呪いを掛けておきながら、俺に飯をたかれる神経が信じられない。そもそも金がないなら入場料はどうしたのだと問いただしてやりたい。有料施設の無断利用は法的に問題が生じる可能性がある。ただし、ここが日本でないため、詐欺罪の有無がはっきりしないのも事実だが。





「ぷはぁー、やっぱり休暇中に飲むビールは最高ですね。あ、雪夫さん、もう一杯買ってきてもらえます?」

「ふざけんじゃねぇぞてめぇっ! 人の金でどれだけ飲み食いすりゃ気が済むんだ!」

「何を言っているんです。元々は私の力を使って得た利益じゃないですか。つまり半分は私に権利があるということです」

「ねぇよ!」

「あります!」

「もう知らんっ」


 飲んだくれのポンコツ女神のことは気にせず、ウォータースライダーにフィオナを誘ってみよう。


「あ、ちょっとッ!? 行かないで! お願いです雪夫さん! 私、10万年振りの休暇なんです! せめてあと10杯だけ……3杯だけでもいいですから!」


 10万年振りって……天界は社畜もびっくりするほどのブラック企業なのか。

 さすがに同情してしまう。


「……仕方ないな。ほら。金渡しておくから、あとは自分で買いに行け。でもあんまりハメ外して飲みすぎるなよ。酔っぱらいの介抱だけはゴメンだからな」

「ああ主よ、感謝します」

「だから神はお前だろ」


 この女神、ちょいちょい変な言動が目立つんだよな。






「ひゃっほぉー!」

「きゃああああっ!」


 水しぶきを上げながら美少女とウォータースライダーを楽しむ、なんて最高のシュチュエーションなんだ。今だけはこの施設を作った幹夫のクラスメイトに感謝だな。


「ヨボヨボの爺さんが美少女とウォータースライダーではしゃいでる絵面は中々パンチあるな。心臓麻痺で死んじゃわないか心配になっちゃうよ」

「御主人様、ファンシア上手?」

「もしもこの世界にバタ足選手権があるなら、間違いなくファンシアが金メダルだよ! 僕が保証する」


 浮輪をつけているけど、幹夫はファンシアに泳ぎ方を教えているみたいだ。

 こうして遠目から見る分には妹思いの優しい兄に見えなくもないのだが、実際は6歳児に欲情する変態だからたちが悪い。


「あとで4階と5階の温泉にも行ってみない?」

「そうだな。そろそろプールも飽きてきたし」

「なら女神ちゃんも誘って3人で行くってのはどうかしら」


 できればいい感じのフィオナとこのまま二人きりで温泉に向かいたい気分だけど、10万年ぶりの休息をただ飲むだけで終わらせるのもちょっとかわいそうだ。たまには女神を誘ってやるか。


「あいつフィオナのこと気に入ってるみたいだし、喜ぶんじゃないか」

「でも、なんでわたし女神ちゃんに気に入られているんだろ?」

「そりゃ神に感謝したからだろ。お前のことを自分の信者だって勘違いしてたみたいだしな」

「ん……信者?」

「ううん、なんでもない。こっちの話だから気にしないでくれ。それより早いところ女神を迎えに行って、ゆっくり温泉に浸かろうぜ」


 フードコートにいる泥酔した女神様を迎えに行こうとプールを上がった瞬間、施設内が激しく揺れた。


「おっと!?」

「きゃっ!?」

「――大丈夫かフィオナ!」

「あんっ」

「へっ!?」


 フィオナがつまずきそうになり、抱きかかえようとして誤って胸に手を伸ばしてしまった。急いで彼女を離し、何もなかったかのように3歩下がった。


「いっ、言っとくけどわざとじゃないからなっ!」

「う、うん……」


 フィオナが顔を真っ赤に染めてもじもじするから、こちらまで恥ずかしさが広がっていく。

 普段の俺なら胸に触れたくらいではそんなに動揺しないのに、なぜこんなにも心臓がドキドキするんだろう。


「――――ッ」


 気まずい雰囲気が漂い、お互いに黙り込んでいると、ウォーターアスレチックエリアの方から女性の悲鳴が聞こえてきた。


「今のはなんだ?」


 口にして間もなく、施設内のあちこちから子供や女性の叫び声が響き渡ってくる。


「ユキオ、あれ!」


 フィオナが指し示す方角には、屋内プールに相応しくない恰好をした男女が現れた。彼らは刃物を振りかざしながら乗客たちに襲いかかっている。


「騒ぐんじゃないよ、大人しくしなっ! この列車はアタシたち妖盗蛇衆が乗っ取った! 死にたくなかったら金目の物をすべて出しなッ!」


 妖盗蛇衆のリーダーらしき女性は、錆びた紫と黒に彩られたシルクローブを纏い、肩には蛇模様の装飾が施されていた。その瞳に輝く蛇のような宝石は、不気味な光を放っている。首元には蛇の鱗をイメージした輝くペンダントが垂れ下がり、彼女の動きはまるで舞台女優のように見る者を惹きつけた。


「ユキオ!」


 声の方に顔を向けると、フィオナが物陰に身を隠しながら手招きをしていた。


「まずいことになったわね。妖盗蛇衆って言ったら、最近この辺りの貴族を襲っては金品を強奪しているっていう盗賊団よ。あいつら、女子供でも容赦ないって有名なんだから」

「盗賊団っ!?」

「しーっ声が大きいわよ! ……ふぅー、良かった。まだこっちには気づいてないみたいよ」

「でも、どうして盗賊団が列車なんて襲うんだよ」

「あれを見て」


 俺はフィオナと同じように物陰から様子をうかがった。筋骨隆々とした悪漢が10歳ほどの少年を肩に担ぎ、女盗賊のもとへ向かおうとしていた。その男の周りには、抵抗したのか数人の大人が倒れている。


「ありゃひどいな。で、あの子供がどうかしたのか?」

「伯爵家の子息よ」

「伯爵家……かなりの大物じゃないか。でもなんで伯爵家の息子がこんなところに?」

「伯爵家の子息は特例として、あの若さで王都にある騎士団学校への入学が認められたの」

「学校サボって遊びに来てたのか?」

「こんな時に冗談言わないで。夏休みで実家に帰省しているところだったのよ」


 ああ、そういうことか。

 だとすれば、あそこに倒れているのはあの子の護衛役ってところか……。


「離せっ! このボクを誰だと思っている! クナッパーツブッシュ家の人間だぞ! この様なことをしてただで済むと思うなよ! 父上が知れば、貴様らなんて即刻打首だァッ!」


 あれでは却って逆効果だってことがわからないのか。


「いっ!?」


 ほら、言わんこっちゃない。

 女盗賊の足下に叩きつけられてしまった。

 うわ、痛そう。


「ゴホッゴホッ……くそっ、貴様ら盗賊なんか――ぐわぁっ……」

「坊や、誰が立っていいって言ったんだい?」


 子供相手でも容赦のない女が見事な蹴りを放つ。地にうずくまる少年の頭部に、女は女王のように足を置いた。網タイツをはいた魅惑的な脚に、手下の男たちは大いに興奮していた。

 内心、これには俺も歓声を上げそうになったが、残念ながらこの身体は呪われている。すぐに冷静になり、下半身に視線を落とす。


「はぁ……」


 やはりピクリとも反応しない。

 フィオナの胸に触れても息を吐き返さなかったのだ、あの程度では仕方ないか……。


「剣さえあればっ……」

「剣さえあればなんだって言うんだい? たかだか数ヶ月、騎士団学校に通っただけで最強の騎士様にでもなったつもりかい? とんだお笑い草だね」

「ぐうぅっ……」


 子供を踏みつけながら高笑いを響かせる女盗賊、この手のシュチュエーションが好きなマニアが見たら興奮するんだろうな。

 俺はそっち系はいまいちなんだけど……。


「ウィル様から離れろぉっ!」

「クルセア!」


 見事な身のこなしで野盗の頭部を蹴り飛ばした女は、即座に男から奪った武器を中段に構えた。その美しい脚が時折パレオから覗く姿は非常に魅力的で、思わず彼女のファンになってしまいそうになる。


「今すぐにその汚い足をウィル様からどけろッ!」

「ピーピーと騒ぐんじゃないよ、まったく。耳がむず痒くなっちまうじゃないかい」


 睨み合って向かい合う女剣士と女盗賊。その足下で磔になる少年。まるで映画の一場面のような光景に、俺もフィオナも思わず息を呑んでいた。


「――いい女じゃねぇか」


 そう言いながらその場に割って入ってきたのは、先程少年を担いでいた悪漢だ。


「3日前に抜いたっきりなんだ。それなのにどいつもこいつもエロい恰好しやがって、興奮しねぇわけねぇよなぁ? そうだろ?」

「ゲスが……」

「ゲハハハハハ――オレぁてめぇみてぇな強気な女をバックから一気に突き上げるのが堪らなく好きなんだ。久々に凌辱プレイってのも悪くねぇ。そうだろぉ? おめぇらぁあああっ!」


「「「うぉおおおおおおおおおっ!!」」」


 男の呼びかけに応えて、四方八方から獣のような雄叫びが轟き返ってくる。


「ご覧の通り、ここに居るやつらはどいつもこいつも正常位じゃ抜けねぇ変態ばかりだ。一丁派手にケツ穴でも貸してくれや、姉ちゃん」


 なんだよこの18禁アニメみたいな展開。子供がいるんだから少しは言い方ってものを配慮してもらいたいものだ。


「……クルセア」

「心配はいりません。このクルセアがすぐにお助けいたします」

「聞いたかおめぇらぁっ! この姉ちゃんが自慢のテクですぐにイカせてくれるってよ。たまらねぇじゃねぇかァッ!」


 耳をつんざくような奇声を発し、男たちが一斉にクルセアに襲い掛かった。

 彼女は剣技に確かな自信を抱いているようすだったが、多勢には敵わず、わずか数分で剣を手放す結果となった。


「どうしたぁ? もう終わりか? 威勢がよかった割には大したことねぇじゃねぇか。そんなんじゃここにいる連中を満足させるのに三日三晩はかかっちまうぜ」


 卑猥な笑みを浮かべた男がゆっくりとクルセアに近づいていく。身動きの取れない少年は彼女の将来を心配して涙を浮かべていた。


「見ろよドブラ、向こうにかなりの上玉がいたぜ。こいつも一緒にやっちまおうぜ」

「げぇっ!?」

「女神ちゃん!?」


 悪党に引きずられる形でやって来たのは、フードコートで飲みすぎて泥酔状態になった女神だった。


「あぁ? なんですかぁ? ひぃっ、みなしゃんが……ひっ、わたしにお酒奢ってくだしゃるんですぅ? わたしゃぁ今日はとことん飲みますよぉ!」


 酩酊状態の女神は、今現在自分がどんな状況にいるかすら理解できていないようだ。


「何やってんだよ、あのバカッ!」


 このままでは女神が悪漢たちの魔の手に堕ちてしまう。

 頭を抱える俺のもとに、更なる悪い知らせが舞い込んでくる。


「ファンシア、次は雪夫たちが乗ってたあれに乗る!」

「オフコースだよ! 僕もちょうどファンシアと一緒にウォータースライダーに乗りたいなーって思っていたところなんだ。やっぱり僕たちは最高に相性がいいんだね。まいっちゃうなー」


 列車テロの状況をまるで理解していない6歳児と、周囲の人間に興味を持たない男が、とんでもなく場違いな雰囲気を漂わせながらやって来た。


「うそでしょ!? あの子はまだ小さいから仕方ないとしても、ミキオは一体何を考えているのよ! 死にたいのっ!」


 ファンシアと幹夫が手を取り、軽快なスキップで悪漢たちの中を進んでいく。俺はあきらめの表情で「あれはバカなんです」とから笑いを浮かべた。

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