第6話
次の朝、俺たちは予定通りピリリカに向かうため停留所にやって来た。
その場にはなぜかフィオナの姿もあった。
「なんでまだ居るんだよ」
「列車に乗るからよ」
「乗るって……金、あるのか?」
切符代があるのか尋ねただけで、彼女はにっこり微笑んで手を差し出してくる。
「ありがと♡」
「いや出さねぇよ!」
「旅は道連れ、世は情よユキオ」
「……チッ、本当にこれっきりだからなっ!」
こいつの事を嫌いになれない自分がいる。
旅の費用に関してはビスモンテ家から十分な援助を受けているので、フィオナひとり増えたところで問題はなかった。
「で、どこまで行くんだ?」
「ピリリカよ。ユキオたちは?」
「……ピリリカだ」
「やっぱり運命の相手って……」
「……?」
「ユキオたちに出会えたこと、神に感謝しなきゃね――これ、さんきゅー」
上機嫌な様子で俺からピリリカ行きの切符を奪ったフィオナは、軽やかな足取りで列車に乗り込んでいく。
「――だとよ、女神様」
「フィオナはいい娘ですね」
女神が満足そうに微笑んでいる様子を見て、もしかしたらフィオナには神の庇護があるのかもしれないと思った。
「御主人様、ファンシアわくわく」
「ファンシアがわくわくなら、僕はうきうきだ!」
「早く乗れ、置いてくぞ」
客室が全てコンパートメント車である列車は、期待以上に快適な旅路を予感させた。
ホスパリーからピリリカまでは、列車で3日間の移動になる。
「ねぇユキオ、7号車に行ってみない?」
「何かあるのか?」
「特定の車両が空間魔法(固定術式)によって拡張されていてね、7号車にはスパランドがあるらしいのよ」
「スパランドだと!?」
なぜ異世界にアミューズメント施設があるのか理解できない。剣と魔法の世界で、それは極めて非現実的であり、ファンタジーとは程遠い存在のように思える。
「ツル肌と健康の24時間快適空間というキャッチフレーズの通り、温泉・岩盤浴・リラクゼーション施設などが完備されている、夢のような場所なのよ。しかも、建設とデザインを手掛けたのは、異世界からやって来た賢者様って話よ。どう、すごいでしょ!」
「異世界からやって来た賢者だと!?」
間違いなく幹夫のクラスメイトだ。
しかし、自分の欲望のために奴隷商から幼女を購入し、更にはクラスメイトを手にかけた我が一族とは異なり、謎のクラスメイトは現代知識を活かして経営において優位に立ち、成功を収めようとしている。その驚くべき差に、俺は膝から崩れ落ちた。
「どしたの……ユキオ?」
「俺の血が悪いんじゃない。あいつが特殊過ぎるだけだ……残念なのは安斎家の血筋ではなく、あれ一人だけだ。そうだ! 絶対にそうだ! 俺は悪くない!」
「本当に大丈夫……?」
しかし、落ち込んでいたところで幹夫の小児性愛が治るわけでもない。だったら落ち込むだけ、悩むだけ無駄というものだ。
それよりもスパランドか。
はっきりとは思い出せないが、生前に行った記憶がある。瞼を閉じるとピチピチのJDやJKの刺激的なビキニ姿が浮かんでくる。あの時は体力が衰えていたこともあり混ざることができなかったが、今なら2人用の浮輪でウォータースライダーを楽しむことだって可能だ。
問題は俺の聖槍ジャスティスボーイが、邪悪なる女神の呪いによって壊死してしまっていることだ。美しい
……なので、
「今だけ、今日だけ解除してもらえないでしょうか?」
ダメ元でお願いしてみる。
「ダメに決まっているじゃないですか。それと私は邪悪なる女神ではありません。言葉には気をつけてくださいよ。雪夫さんの心の声は私にはだだ漏れなんですから」
なら聞かなきゃいいじゃないかと思いつつ、鼻歌を口ずさみながら色っぽい仕草で髪を結いあげる女神にふと疑問符が浮かぶ。
「なんでお前が髪をアップにしているんだよ」
「私のことは気にしないでください」
……怪しい。
「さっきから何をぶつぶつ言っているのよ」
「じいちゃんは歳のせいか独り言が多いんだよ」
「歳……? ミキオと変わらないじゃない。それにそのおじいちゃんって呼び方は変よ」
「はぁ……僕にはどう見てもハゲ散らかしたヨボヨボの爺さんにしか見えないんだよ」
「……どういうこと?」
「ご、こしゅじん……さま、ふぁ……ふぁんしあ、じ、じぃぬぅ……」
「ファンシア!?」
どうやらファンシアは乗物全般が苦手のようだ。3日間も胃の中のものをぶちまけられるのはさすがに勘弁してもらいたいので、女神権限を発動することにする。
「ファンシア、これを首から下げておけ」
「……! 治った! ファンシアげぼげぼならない! 雪夫すごい!」
当然だ。
イモータルアンチドートは神の宝物庫から借り受けた首飾り、アーティファクトだ。この神器は所有者に永続的な状態異常に対する耐性を授けてくれる。
要はこれさえあれば酔い止めも不要という素晴らしい一品だ。
「あっ、これ神器じゃないか! 魔剣ストームブリンガーといい、このイモータルアンチドートといい、何でそんなに神器を持っているんだよ! ひとつだけのはずだろ!」
「そんなの別にどうでもいいだろ」
「全然よくないよ! 何度も言うけど不公平だ!」
喚き散らす幹夫のことは無視して、俺たちはスパランドがあるという7号車に移動した。
「これが本当に列車の中か!?」
その場所はどこから見ても異世界ではなく、現代日本のアミューズメント複合施設だった。7号車はまさかの6階建てで、2階には受付と食堂、ちょっとした出店コーナーまである。3階には温水プール、4階と5階は温泉エリアで、6階にはリラクゼーション施設があった。入場料は2000ギルと決して安くはないが、退屈な列車の旅を考えれば妥当なところだ。むしろ、これほどの施設を乗客だけで維持できるのか、そちらのほうが気になってしまう。
「はい」
「なんだよ、その手……?」
「やだユキオったら、私に全裸でプールや温泉に浸かれって言うんじゃないでしょうね。向こうの売店で水着を買うからお金ちょうだい」
「……ああ、まあそいうことなら」
「にしし、ありがと♡」
いつの間にかフィオナに貢ぐことが当たり前になってはいないだろうか。
ハッ!?
もしやこれが男を手玉に取るというやつか。フィオナには男を転がす天賦の才があるのかもしれん。彼女と長く一緒にいることは危険かもしれない。気がついた時には夜の世界で働く女性とその客、そのような関係になってしまう可能性も考えられる。
「えぇ〜、フィオナ今日はシュワシュワ飲みたい気分〜♪ ゴールド入れてもいい?」
「ぶ、ぶひぃいいいいいっ! フィオナたんのためならシャンパンタワーだって楽勝ブヒよ!」
「ユキオと出会えたこと、神に感謝だね♡」
「ぶひぃいいいいいいいい!」
ハッ!?
な、なんだ今のビジョンはっ!?
あまりの恐ろしさに目眩がした。
「ねぇユキオ、これなんてどうかな? かわいい? それともこっちのほうが好み?」
「な、なんで俺にそんなこと聞くんだよ」
「お金払うのはユキオなんだから、せっかくだったらわたしが着る水着選ばしてあげよっかな〜って……嫌?」
ずきゅーん!
くそっ、危うく
最初はただの変わり者だと思っていたのに、なんだよその笑顔! よく見ると反則的にかわいいじゃないか。
「あの子、すげぇ可愛くないか?」
「まるで王都で見た舞台女優みたいだ」
「彼氏いるのかな? お前聞いてこいよ」
「今夜ワンチャンあるかもしれねぇぞ!」
いや、よく見なくてもフィオナはその辺の女とは比べものにならないくらい可愛い。その証拠に、ここ数分間男たちの視線がひたすら彼女に向けられている。
「ごほんっ!」
俺はハイエナたちを追い払うように、大きく咳払いをした。
「そ、そういうことなら選ばせてもらおうかな〜」
「あんまりエッチなのは嫌だからね」
「安心しろ。今の俺は賢者以上に賢者だからな」
「???」
どうだ、羨ましいだろ。
俺の一言でフィオナはあんな水着だって、こんな水着だって着用するんだ。
ああ、なんという優越感。美女を連れて銀座を闊歩する成功者たちの気持ちが、今の俺には理解できるように思えた。
「これとかシンプルでいいんじゃないか?」
選んだのはシンプルな白いビキニ。
フィオナの白い肌と金髪ツインテールとの相性を考えれば、派手な柄物よりはシンプルな方がいいと思う。
なにより、純白は男のロマンだ。
「それならこの黒いインナーショーツを合わせてもいいかも!」
なっ、ティ、Tバックじゃないかっ!
Tバックとビキニの組み合わせは完全に想定外だったが、黒のラインが見えることで清楚になり過ぎない小悪魔的な感じがたまらなくいい。黒パンツといいフィオナは黒が好きなのかもな。
「ファンシアの水着は僕が選んであげるね」
「ファンシア、御主人様のセンス信じる!」
「えへへ、ありがと。……これなんてどうかな?」
げっ!?
ありゃスクール水着じゃねぇか! なんであんなもんが異世界にあるんだよ。
まさか賢者も変態だったってオチじゃないだろうな。
……う〜ん、幹夫のクラスメイトだからそういう話もありそうでイヤだな。
「ファンシアこれにするー!」
「ファンシアなら気に入ってくれると思っていたよ!」
……止めたほうがいいのだろうか。
いや、本人も気に入っているみたいだし、今回は見なかったことにしよう。
「じゃあ、わたし達はこっちだから、また後でね、ユキオ。行くわよ、ファンシア」
「ファンシア、プールはじめて」
「行かないでくれファンシアァアアア!!」
「……置いてくぞ」
フィオナたちと別れた後、俺は女子更衣室前で泣きわめく変態を引き連れて、男子更衣室に移動した。売店で購入した水着にすぐに着替え、その後3階の温水プールに向かった。
「あー緊張するなぁー」
ふたりを待っている間、幹夫がずっとそわそわしているのでこっちまで緊張してくる。
「うざいからその貧乏ゆすりやめろよ」
「だってもうすぐ限定スク水バージョンのファンシアが来るんだよ!」
「だからって水着で正座待機をするなよ! ったく、お前と血縁関係があると思うだけで頭が痛くなる」
いつかこいつが現代日本で性犯罪を犯すんじゃないかと、今から心配で仕方がない。
「おまたせ、どう?」
「うっ、天使……!?」
俺の不安を一瞬でかき消すほどの天使が現れた。天使という言葉は比喩だが、彼女の水着姿は冗談ではなく美しく、優雅だった。煩悩は消えたが、その代わりに興奮がこみ上げ、顔が熱くなった。まるで施設内に人工太陽があるのではないかと疑うほどだ。
「てんし……?」
「あっ、いや、じゃなくて、すげぇー似合っているんじゃないか!」
「やっぱり? 自分でいうのもなんだけどさ、さっき鏡で見たら結構イケてるかもって思ってたんだよねー。ユキオって意外とファッション系センスあるんじゃない?」
「そ、そうかな?」
にしても、でかい!
出会った時から巨乳だとは思っていたが、まさかここまで見事なマンゴーをお持ちだとは思わなかった。水着の上からでも分かるハリと弾力、なにより形が素晴らしい。いや、胸だけではない。全体的なプロポーションが完璧なのだ。すっと伸びた手脚に女性的なくびれ、小ぶりでありながらも丸みを帯びたヒップラインは男女問わず憧れの対象になること間違いなしだ。
もしもここが現代日本なら、彼女は超売れっ子グラビアアイドルか、あるいはモデルとして活動しており、将来的には女優に転身、やがて世界を熱狂させるオスカー女優になっていたことだろう。彼女がスポットライトを浴び、オスカー像を手にする姿が目に浮かぶ。
俺はしばらくフィオナに見惚れていた。
「あああああああファンシア! 君はまさに僕の理想! 水辺に舞い降りたリトルエンジェルだよ! ワンダフォー! ビューティフォー!! エクセレントッ!!!」
フィオナの水着姿に見惚れる俺の隣で、孫がどっかのサーカス団みたいに紙吹雪を降らせている。
その光景を目にして、途端に現実に引き戻されていく。
「ユキオ、泳ぐわよ!」
しかし、彼女が無邪気に腕を絡めてくると、再び俺の胸が高鳴る。
これはもしかして……!?
当たっている。
ぷにぷにと柔らかな感触が俺の腕に当たっていた。
まさかこいつ……わざとやってるわけじゃないだろうな。
いや待てよ。行倒れて死にかけていたところを助けた俺は、言ってしまえばフィオナにとっての救世主だ。ピンチに颯爽と現れるヒーローを好きにならない女はいないだろう。
ゆえに惜しい。
なぜこんな時に俺のジャスティスボーイは生死の淵を彷徨っているのだ。
立て、立つんだジャスティィイイイイスッ!
「雪夫さん、心の声が私にだだ漏れだってこと忘れていませんよね?」
「だから人の心の声を勝手に聞くな――――ってバカなぁああああっ!! 何でお前がここに居るんだよ!?」
常に光の小窓から顔を覗かせるだけの存在となっていた女神が、浮輪にケツを突っ込み、どんぶらこどんぶらこと流れるプールから現れた。
しかも、ハートのサングラスを頭にかけ、トロピカルジュースを飲みながらだ。
イタい、これはあまりにイタ過ぎる!!
「雪夫さん、聞こえていますよ?」
微笑む女神からはぶちぶちと奇妙な音が漏れ聞こえてくる。
「この綺麗な人、ユキオの知り合い?」
「あら、あらあら、キレイだなんて……うふふ。フィオナさんは本当にいい子なんですね。」
「……? どうしてわたしの名前知ってるの?」
「そんな細かいことはいいじゃないですか」
「よかねぇよっ! 大体なんでお前が
「雪夫さん、女神にだって休暇は必要なんです。ちなみに現在は溜まっていた有給を消化中です。前回有給休暇を申請したのが10万年程前でしたので、ざっと15年間分程有給がたまっていました」
「繰り越しえぐっ!! つーかそんだけ有給あってこっちに来れるなら、自分でなんとかしろよ」
あっ、この野郎。
またフッと鼻で笑いやがった。
「女神たる私が外界で力を行使することは、天界条約で禁止されているって言いましたよね? もう忘れたんですか? 雪夫さんって案外記憶力ないんですね。ぷーくすくす」
相変わらず絶妙にムカつく女神だな。
「ねえユキオったら、さっきからコソコソ話してないでわたしにも紹介してよ! それともわたしに紹介できない相手なの?」
これはまずい。
フィオナが頬をぷくっと膨らませて怒っている。
「むかし我が家で雇っていた使用人だ」
「だ、誰が使用人なんですか! 私は天界きってのエリート女神なんですよ!」
「ばかっ、おまっ――」
「女神……? ユキオ、どういうこと?」
実は俺もこの施設を作った賢者と同じ異世界人で、この女神によってこちらの世界に送り込まれたエージェントなのだ。そんなことを馬鹿正直に言って信じてもらえるだろうか。最悪頭のおかしな奴と思われるだけなのでは? それに、もしも俺の目的が召喚された勇者たちの暗殺だと知ったら、フィオナはどう思うのだろう。
できればフィオナには知られたくなかった。
「だから解雇したんだよ」
「……?」
「分かるだろ? あいつちょっと頭おかしいんだよ。自分のことを本気で女神だって信じているんだ。まあ、その……言いたくないけどちょっと可哀想なやつなんだ」
納得したように、フィオナは女神に憐れむような視線を送った。
「ちょっと雪夫さんっ! 訂正してくださいよ! これじゃあ私が本当にイタい女神みたいじゃないですか!」
「や、やめろっ! 暴力反対! あーもう、わかった、わかったよ、悪かった。でも仕方ないだろ? 本物の女神様ですなんて言えるわけないんだから」
俺の首を絞めようとする女神の手を振り払い、面倒臭そうにシッシと手で追い払う。
すると、女神はぐすんと鼻をすすった。
「わかりました。でも信者に頭がおかしくて可哀想な奴だって思われるのは嫌っ! そんなの絶対に嫌です! 私のプライドが許さないの! ねぇ雪夫さん、わかるでしょ? わかってくれるわよね?」
うわぁ、めんどくさ。
フィオナは別にこいつの信者ではないと思うのだが、さらに面倒なことになりそうなので、特に訂正はしないことにした。
「でも驚いたわ。ユキオって貴族だったのね。てっきり平民だと思ってたわ」
「……どういう意味だよ?」
「いや、まぁ……ね?」
にししと笑って誤魔化しやがった。
いいよいいよ、どうせ俺には品性の欠片もありませんよ。
「もー拗ねないの。何事も普通が一番なんだから、ね?」
「普通じゃない人に言われてもなー」
「ん……? ってどこ見て言っているのよ!」
たぶんGカップはある。
なにより赤くなって胸を隠す姿がエロかわいい。グッジョブ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
ようやく女神の存在に気づいたようで、スク水幼女を心のフィルムに収めていたロリ勇者が、まるで闘牛のように突っ込んできた。
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