第4話

「少しはじいちゃんも手伝ってよ」


 幹夫の資金が残りわずかだったこともあり、俺は旅の資金を稼ぐため、ギルドで急遽仕事を見繕ってもらった。冒険者登録したばかりの俺のランクはF。ちなみに幹夫もFだった。

 俺より先に異世界に来ておきながら、幹夫の冒険者ランクが一番下だったのには理由がある。


 そもそも幹夫たちがこの世界にやって来た際、俺とは違って国から手厚くもてなされていたという。魔王討伐のための資金もたんまり貰っていたのだ。

 だというのに、事もあろうにこの孫は、その金を使ってロリっ娘を購入していた。

 その結果、幹夫の資金は底をつきかけていた。


「せっかくチート武器持ってるんだから、口を動かさずに手を動かせ」

「そんなこと言うならじいちゃんも手伝ってよ! 僕にばっかり働かせるなんてひどいよ」

「年功序列により俺は現場監督、お前は作業員。これも社会勉強だ」

「何が年功序列だよ。大体そういう考えが古いってわからないのかな。それに本当は僕と同じ16なんでしょ? なんで僕にだけ老人に見えて、ファンシアには若返った姿で見えるのさ。意味がわからないよ!」

「そんなもん俺だって知るか」


 文句ばかり垂れる幹夫を煙に巻きつつ、ひと仕事終えてから冒険者ギルドに戻り、報酬を受け取る。


「8600ギルになります」

「これっぽっちかよ」


 朝の10時から夕方4時まで幹夫が働いてこれだけだ。時給に換算すると1400円。パッと見悪くない数字だが、これはあくまで俺と幹夫、ふたり合わせた報酬額。つまり一人あたまの時給はわずか700円。肉体労働でこれはあまりに安い。


 しかもこの稼ぎが俺、幹夫、ファンシア、三人の生活費になる。

 ざっくり計算すると、一人あたま一日2800円しか使えない。ここから宿代も支払うとなると、どう考えても赤字だ。


 かといって報酬の高い仕事は俺たちでは引き受けられない。冒険者ランクが足りないためだ。冒険者ランクをFからEに上げるためには、最低でも同ランク帯の任務を15回は達成する必要がある。それだけやってEランクになったところで、収入が大きく変わることはない。報酬が期待できるのはCランクからだと愛想の悪い受付嬢は言っていた。今からCランクを目指すには時間がかかり過ぎる。なにより、この街のギルドは仕事が少ない。


 少ない仕事を冒険者たちで分け合っているのが現状だ。古参の連中が新参者の俺たちをよく思っていないのは、彼らの態度を見れば明らかだった。


「冒険者はダメだな」

「じいちゃん……?」


 ちんたら資金を稼ぐってのがそもそも性に合わない。稼ぐなら楽してでっかく一気にが俺のモットーだ。


「幹夫、冒険者はもうやめだ」

「え!? や、やめるって……でも資金がないとみんなを探せないんじゃ」

「あの屋敷はでかくていいな。たんまり貯め込んでそうだ」


 ギルドを出た俺は、街の北側に位置する屋敷を見つめる。


「いや、でもあそこの貴族は病んでいて滅多に街には出てこないって、今朝聞いたばかりだよね?」

「好都合だ。行くぞ、幹夫、ファンシア」

「ちょっとじいちゃん!」


 腕を掴んで止めてくる幹夫を払いのけ、俺は街一番の屋敷に向かう。

 億万長者になるのももうすぐだ。


「まさか強盗する気じゃないだろうね! いくらなんでもそれはまずいよ」

「悪いことダメ!」

「ファンシアのいう通りだ。犯罪者になれば手配書が出回って、みんなを探すどころじゃなくなってしまうよ」


 幹夫じゃあるまいし、俺がそんなことするわけないだろ。呆れてため息が出てしまう。


「俺を人殺しで小児性愛者の変態犯罪者と一緒にするな」

「なっ!? そういう言い方はやめてよ! じいちゃんはデリカシーなさすぎるんだよ!」

「人殺しがデリカシーを語るな」




 ◆◆◆




「もう、無理なのか……」


 パステル・ビスモンテは長い間、屋敷を出ることがなかった。彼がそうなったきっかけは10年前の落馬事故にあった。

 彼には溺愛していた一人娘がいた。

 名をステラ・ビスモンテという。

 ステラは幼少の頃から父の影響を受け、馬に乗ることが好きだった


 その日も、ステラは父に馬に乗せて欲しいと切望した。しかし、朝からひどい目眩と頭痛に苦しんでいたパステルは最初は娘の申し出を断った。しかし、娘が涙ながらに馬に乗りたいと懇願する姿に心を打たれ、結局は少しだけならと馬を用意することにした。


 結果、これがビスモンテ家の悲劇となる。

 パステルが体調不良から手綱を誤り、馬が屈とうした直後にステラが落馬、それ以来、彼女の下半身は麻痺してしまった。


 パステルは自分の責任で娘の体が不自由になってしまったことがショックで、以降、屋敷から一歩も外に出なくなってしまう。


「娘の脚を治せる医者は、この世のどこにもおらんのか……」


 あの日の事故以来、パステルは娘の脚を治せる医師を探し続けている。

 10年間で100人以上の医師がステラの脚を治療しようと試みたが、誰も成功しなかった。都度、その結果に対してパステルは自責の念に駆られていた。


「旦那様!」


 しかし、その吉報は雷鳴のごとく突然やって来た。


「騒々しいですよ、ムクナ」


 メイドがノックもせずに駆け込んでくると、執事のアンドリューは不快感を露にした。


「申し訳ございません。しかし、至急旦那様にお伝えしたいことがございます」

「良いでしょう、落ち着いて話しなさい」

「は、はい。それが……ステラお嬢様の脚を治せるという者が訪ねて来ているのです」

「なんだと!?」


 ――がたんっ!


「旦那様!」


 メイドの言葉を聞いた直後、絶望に頭を抱え込んでいた男は立ち上がり、部屋を飛び出してしまった。


「あんな適当なこと言って本当に大丈夫なの? やっぱり無理でしたじゃ洒落にならないよ」

「まあ見てろって」


 屋敷のエントランスホールには、三名の若者が立っていた。ひとりは悪童の笑みを浮かべた金髪の少年で、もうひとりは眼鏡をかけた、黒髪で弱々しい印象の少年だった。その少年の背後には、身を隠すように獣人の幼女が佇んでいた。


 パステルは、明らかに不審な彼らに目を細めたが、もしも先ほどの話が事実だった場合を考え、荒れ狂う鼓動を鎮めることを決意した。


「お初にお目にかかります、ビスモンテ男爵。俺の名は安斎雪夫。隣のこれは安斎幹夫です。ちなみにそっちのちっこいのはファンシア。以後、お見知りおきを……」

「して、娘の脚を治せるというのは誠か?」

「事実です……と言っても、信じられないのも無理はない。ですが、我々が異世界から来た救世主だと云えばどうです?」


 異世界の住人だと知らされた瞬間、パステルの瞳が驚きに輝きを宿した。


「王都で勇者召喚の儀が執り行われたことは聞いておる。そなた達がそうだと申すか」

「いかにも」

「しかし……」

「なぜ田舎貴族の自分の元に救世主たる俺たちがやって来たのか、その理由がわからない。そういうことですか?」


 田舎貴族との中傷に少々不快感を覚えつつも、パステルはどこかしら納得げに頷いた。


「異世界から召喚された救世主が全員で40人程いることはご存知ですか?」

「そのように聞いている」

「では話が早い。我々は一枚岩ではない」

「……!」

「つまり、我々は誰が真の救世主であり、真の勇者かを競っている。これだけ言えば、察してはもらえませんか? ビスモンテ男爵」

「なるほど。目的は資金提供か」


 雪夫はにっこりと微笑みを浮かべた。

 パステルは彼らが金を求めていることを理解し、雪夫たちへの疑念を解消した。言葉巧みに説明されるよりも、素直な金の要求の方が信頼できると感じたのだ。




「どうだ、治せそうか?」


 雪夫はステラの寝室に案内され、そこで寝台に座る少女の脚に掛かっていた布団を取り去り、痩せ細った脚をじっと見つめていた。

 そして、小さくつぶやいた。


「おい、どうだ? 女神権限で治せそうか?」

「この程度ならヒーリングオールで楽勝ですよ」


 雪夫は小さく拳を握りしめ、女神の権限を使って回復魔法を発動した。


「ヒーリングオール!」


 雪夫が呪文を唱えると、一筋のまばゆい光が少女の脚を包みこんでいった。その瞬間、ステラは何も感じなかった脚に暖かな感触が広がり始めた。驚きつつも、思わず脚を動かしてみると、それまで不自由だった脚が躍動し、立ち会っていた者たちは歓声をあげた。


「うそっ!?」

「信じられん!」

「奇跡だ!」

「お嬢様!」

「なんでじいちゃんだけチート能力が何個もあるんだよ! こんなの不公平だ!」


 ステラの表情は喜びに満ち、泣きながら感謝の言葉を何度も雪夫に伝えるパステルがそばにいた。


「ありがとう、ありがとう雪夫殿」




 この日、あれ程までに陰鬱で湿った雰囲気だったビスモンテ家がまるで嘘のように、屋敷内は笑顔に包まれていた。




「さあ雪夫殿、遠慮せずにどんどん食べてくだされ! 今宵は雪夫殿たちのための宴なのです」


 絶望に青ざめていた顔が嘘のように、パステルは満面の笑みを浮かべ、使用人たちに次々と料理を運ぶように指示を出していた。


「それはそうとビスモンテ卿……金のことなんだけど」

「そのことなら心配はいらん。ビスモンテ家が出来る限りの資金援助をさせていただく」

「おおっ、それは助かる!」


 雪夫が旅の資金について心配しなくて良くなったことに喜ぶ一方で、幹夫はその様子に疑問を感じ、祖父を不満そうに睨みつけていた。


「魔剣ストームブリンガーに操り人形マリオネット、それにヒーリングオール……チートは武器か能力のどちらか一つしかもらえなかったはず。仮に操り人形マリオネットがチート能力じゃなかったとしても、ヒーリングオール、あれは疑いようもなくチートだ。だとしたらやっぱり納得がいかない。不公平だ!」


 幹夫が不満を口にする隣で、幼いファンシアは初めて食べるごちそうに目を輝かせていた。


「御主人様、このお肉すっごくおいしい!」

「わぁー、本当だ! ファンシアと食べるともっとおいしいね」

「御主人様、あーん♡」

「あーん♡」


 その幼い少女の笑顔は、幹夫の嫉妬と不満を瞬時に吹き飛ばすほどの力を持っていた。


「雪夫様、わたくしにできることがありましたらなんでも仰ってください」

「そう? でもエッチなのとかはさすがにダメだよね?」

「まあ雪夫様ったら……少しなら」

「本当に!?」

「いいわけないじゃないですか! 女神が見てる前で破廉恥な要求は許しません!」


 小さな窓から顔を出した女神が戒めを言うものの、乱れた少年はその言葉に耳を貸そうとはしない。


「どうかなされたんですか? 雪夫様」

「ううん、お言葉に甘えて、後でステラとムクナに背中を流してもらっちゃおうかなってさ。ムフフ」

「是非、流させてください。ムクナもいいわよね? ……お父様も」

「もちろんでございます」

「いや、それは流石に……」


 満面の笑顔で答えるメイド少女とは異なり、これに対してはさすがのパステルの表情からも笑顔が消えた。主の異変に気がついたメイドが、すかさず雪夫の耳元で何かを囁いている。


「雪夫様、お嬢様はまだ少女にございます。お嬢様には申し訳ありませんが、わたくし達が大人な関係を築くためにも、ふたりきりの方がよろしいかと……」

「!!!」


 猫のように大きく目を見開き、雪夫は熱風のような鼻息を吹き出した。顔は興奮し、冷静さがないように窺える。


「あは、あははははは――」

「そのようないかがわしい行為、女神として許すわけにはいきません!」

「聞こえなーい」

「っ!? 女神の力をそのような事に利用するなど、最高神に知られれば私の立場が――」

「バレなきゃ無問題モウマンタイ!」

「ダメに決まっているじゃないですかっ!」



 雪夫は窓から覗く月に杯をかかげ、満足そうに微笑みながら一気に飲み干した。

 彼の眼差しには今夜の戦いへの覚悟が宿っていた。

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