第3話

 悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ、悪夢だ。


「悪夢だっ!」


 なんで!

 どうして!

 ウチのじいちゃんが異世界にいるんだよ。

 あれはもう見間違いでしたとかいう話では片付けられない。

 どこからどう見てもじいちゃんだった。


「待てって言ってるだろ、幹夫!」

「うそだろッ!?」


 ついこの間まで危篤状態でベッドに磔になっていたはずのじいちゃんが、ジャスティン・ガトリンのような走りで追いかけてくる。


 まさか死んで転生したんじゃ……。

 いや、だとしたら何でハゲ散らかしたじじいのままなんだ。転生したのなら赤ん坊のはずだろ。


 まさか!

 じいちゃんも異世界転移したのか。転移したら元気になるのか? 意味がわからない。

 いや、今はそんなことよりじいちゃんから逃げないと。じいちゃん同伴で異世界冒険とか恥ずかしすぎて絶対に嫌だ。

 こんなところをクラスの連中に見られたら一生ネタにされる。


 なによりじいちゃんに幼女を――ファンシアを買ったことを知られたくない。母ちゃんにエロ本見つけられた時なんかとは比べものにならないくらい恥ずかしい! 知られたら生きていけない。


「逃げるなって言っているだろ、幹夫!」

「ひっ、人違いですぅううううううううう! 僕は幹夫くんじゃありませぇええええん」


 とにかく今は逃げるんだ。

 捕まったら人生が終わる。


「ご、御主人様!」

「ファンシア、すまない。もう少し頑張ってくれ!」


 夢にまでみたケモ耳幼女と――ファンシアとこの世界で幸せになると誓ったんだ。

 こんなところでじいちゃんの亡霊なんかに捕まるわけにはいかない。


 走れ!

 走って、走って、走り続けるんだ。


「あっ!」

「ファンシア! ――げぇっ!?」


 転倒してしまったファンシアの背後から、亡霊がものすごい勢いで突っ込んでくる。


「やっと追いついたぞ!」

「くっ……」


 膝小僧を擦りむいたファンシアとふたり、これ以上走ることは不可能だった。

 やるしかない。

 ファンシアとの幸せを守るためにも、僕がここでじいちゃんを殺すしかない。


 ――ズバッ!


「あっぶねぇッ!? なにしやがんだテメェッ!」


 女神から授かったチート武器、レーヴァテインで一気に叩き斬ってやろうと思ったのだが、老人の割に意外とすばしっこい。


「うるさいっ! というか、なんでじいちゃんが異世界こっちにいるんだよ!」

「なんでって……そりゃお前たちを連れ帰るためだろ。というかな、お前たちのせいで俺はとんだとばっちりを受けているんだ。天国行きから地獄行きに変えられちまって、挙げ句2800万年ものあいだ地獄に行けって脅されてんだぞ。誰のせいでこんなことしてると思ってんだ! 駄々こねてないでさっさと日本に帰れ!」

「嫌だ!」

「は?」

「僕はもう日本には帰らない。ファンシアとふたり、ここで幸せになるって決めたんだ!」

「ファンシア……?」


 じいちゃんからファンシアを隠すように、僕は彼女を背後に押しやった。


「まさか自分の孫がとんでもねぇロリコンだとは……情けないッ!」

「なっ!? 元はと言えばじいちゃんのせいじゃないか! 10歳の誕生日にロリっ娘イラスト集を渡したのはそっちだろ! 僕が欲しかったのはロボットイラスト集だったんだ! 何をどう間違えたら、ロボットがロリっ娘になるんだよ! 責任取って日本に帰れっ!」

「そんなもん知るかッ! Youの歪んだ性癖を人のせいにしてんじゃねぇ!」


 孫の性癖をねじ曲げておきながら、世界的犯罪者みたいな口調でバカにしやがって……許せない!


「葬式には行けそうにないからさ、今ここで、孫の手で火葬してあげるよ!」


 レーヴァテインに力を込めると、夕闇を切り裂くように火柱がのぼる。

 その圧倒的強者感漂う光景は、いつ見ても惚れ惚れするほどだ。まるで自分がいにしえの神にでもなったような錯覚を引き起こしてしまう。


「魔剣レーヴァテイン、こいつはありとあらゆるモノを灰にする魔界の炎さ」


 決まった。

 さすがのじいちゃんもこれには驚きを隠せないようだ。


「はぁ……お前恥ずかしくないわけ? 声作って、そんなアホみたいなポーズ決めて。さすがに痛すぎるわ」


 ……むっ!


「――だゃまれぇッ!」


 田中くん同様、ひと思いに灰にしてやる。


「死ね、クソじじい!」


 スカッ!


「なに!?」


 力みすぎて大振りになり過ぎてしまったようで、簡単に避けられてしまった。


「女神権限でステータスをちょっと上げただけなのに、こりゃ凄いわ。まるでパワードスーツを着たみたいだ」


 さっきから良くわからない独り言を言ってるみたいだけど、遂にボケたか。

 そういえば、ばあちゃんがじいちゃんの認知症を疑っていたっけ。時々夜の街を徘徊してるって言ってたのを思い出す。


「下手に避ければ苦しみが長引くだけだぞ!」

「幹夫、大人しく日本に帰るつもりはないんだな?」

「ここが僕のユートピアだ! 死んでも帰るものか!」

「そうか」




 ◆◆◆




 そういうことならひと思いに殺してやるか。どうせ殺したって強制送還されるだけだもんな。


「だよな?」


 ちらっと小窓から顔をのぞかせる女神に確認をとる。


「それはそうですが、お孫さんを手にかけるとなると、やはり思うところがあるのでは?」

「ない」

「……そ、そうですか。このお孫さんにこの祖父あり、ですね」

「ん……なんか言ったか?」

「いえ、女神言です」

「そっか」


 女神の言質も取ったことだし、後で人殺しは地獄行きだの言われても俺は知らん。そもそも記憶障害により、こいつが俺の孫だと言われてもピンとこないんだよな。


「さっきからぶつぶつと何を言ってるんだ、このボケ老人!」

「誰がボケ老人だこのクソガキがァッ!」

「本性を現したな、この妖怪ピアノじじい!」


 このガキ。

 後悔させてやる。


「死ねぇえええッ!」

「女神権限発動、テレポーテーション!」

「なっ!? 消えた!?」


 幹夫の背後に瞬間移動した俺は、彼が庇うように隠していた幼女の頭に手を置く。

 そして、再び女神権限を発動する。


操り人形マリオネット発動!」

「ファンシア!?」


 さらに、女神権限によって神々の宝物庫から魔剣ストームブリンガーを拝借する。

 魔剣ストームブリンガーは魂を吸収する魔剣であり、吸い取った生命力を持ち主に与えてパワーアップさせる。

 女神権限を駆使すれば、最強の幼女兵がいとも簡単にできあがる。


「幹夫、お前にこの幼女を斬れるか?」

「……っ、卑怯だぞ!」

「黙れ! 元はと言えば魔王退治を名目に召喚されたくせに、幼女と駆け落ちしようとしたお前の自業自得だろ!」

「うぅ……く、くそ……っ」


 ゆっくりと迫りくる幼女に、幹夫はジリジリと後退。その顔には脂汗が浮かび上がっていた。


「ぼ、ぼくの……負けだ」


 さすがロリコン。

 幼女と対峙した途端に顔を歪めて膝から崩れ落ちた。

 どうやら幼女は斬れないようだ。


「ある意味見事だ」


 ロリコンもここまでくると少しかっこよく見えるのが不思議だ。まるで俺のほうが悪者になった気分だ。


「僕を、殺すのか……」

「安心しろ、こっちで死んだところで日本に強制送還されるだけだ。実際に死ぬわけじゃない」

「ぐぅっ……」


 長引かせるのは酷だな。

 さっさと殺させよう。


「幼女、そいつを殺せ」


 ……。

 ………。

 ……あれ、聞こえなかったのかな?


「早く殺せ」

「ご、ごしゅじん……さま、に、げて……」

「!?」


 っなバカなッ!

 操り人形マリオネットの効果により、肉体の権限はこちらにあるはず。自力で解除するなんて不可能だ。


「おい、どうなってる!」

「どうやら操り人形マリオネットと魔剣ストームブリンガーは相性最悪のようですね」

「なに!?」


 ハッ!?

 そうか!

 魔剣ストームブリンガーに自らの魂を吸収させることで、操り人形マリオネットの効果を打ち破るほどの力を一時的に手に入れているのか。

 なんちゅう幼女だ。


「ファンシア、もういい……やめるんだ! 君の体が危険だ!」

「ごしゅじん、さま……いじめる、わふいひと、ファンシア……ゆるさない」


 おいおい、これじゃあ本当に俺が悪者みたいじゃないか。


「じいちゃん! お願いだ、見逃してくれ! この通りだよ!」

「うぅっ……」


 孫に関する記憶なんてこれっぽっちもないはずなのに、どうしてだろう……必死に額を地面に擦りつける幹夫を見ていると、胸の奥がざわざわする。


「……」


 困ったことに、なんとなくだけど実感してしまった。こいつは俺の孫なんだと。


「はぁ……」


 やれやれと頭を掻き、小さく丸まった孫を見下ろす。

 しょうがない。


「……幹夫、金持ってるか?」

「え……少しなら」

「なら、とりあえず飯を食おう。んっで、食いながら今後のことを考えよう」

「じいちゃん……」


 どうやら俺は相当、孫に甘い爺さんのようだ。


「ちょっと雪夫さん、何を考えているんですか!」

「どうせ幹夫のクラスメイト全員送還するまで続くんだろ? なら、少し孫と話をするくらいいいだろ」

「それは、そうですけど……」


 俺は幼女にかけた操り人形マリオネットを解き、魔剣ストームブリンガーを回収した。


「悪かったな」


 一応謝ってはみたが、幼女の俺に対する不信感は消えないようで、犬歯をむき出しに喉を鳴らしていた。まるで犬だな。






「それじゃあ、じいちゃん本当に死んじゃったんだ」


 幹夫の奢りで異世界料理に舌鼓を打ちながら、ここに至るまでの経緯を説明する。俺が死んだと知った瞬間、幹夫はしおらしくも涙を浮かべていた。

 こいつにとって俺はどんな祖父だったのか、少しだけ興味が湧いた。


「じいちゃんは僕たち全員を元の世界に帰さないと、地獄行きが確定しちゃうってことか」

「俺だけじゃない。お前の両親も、お前自身もだ」


 やっと事の重大性が理解できたようで、幹夫は食事を中断し、頭を抱え込んでしまった。


「また御主人様いじめる!」

「勘違いだ。これはいじめてるんじゃないからな」


 どうやら幼女改めファンシアの俺に対する信頼はゼロのようだ。

 ま、無理もないか。


「それなら、僕も手伝うってのはダメかな? みんなを見つけて日本に帰すの」

「何だよ、急に」

「その代わりと言ってはなんだけど、僕の強制送還は一番最後にしてほしいんだ」


 なるほど、そうきたか。

 少しでもファンシアと一緒に居るために、俺のサポートをするってわけか。


「俺は別に構わないけど……どうする?」


 女神に問いかけると、窓越しに幹夫の顔を凝視していた。


「とりあえずはそれで構いませんけど、もしも幹夫さんが逃げ出した場合は、ファンシアを殺します。さらに、死後は彼女も第1級、阿鼻叫喚地獄行きです。と、お伝え下さい」


 ……なんちゅう恐ろしい女神だ。

 血も涙もねぇ。


「だそうだ」


 俺は女神の言葉を一語一句違わずに伝えた。幹夫は青ざめていたが、これを了承する。



 俺は相変わらず無一文なので、この日は宿の支払いも幹夫に任せることにした。


 翌朝、俺はギルドで冒険者登録を行った。もちろん、登録料の500ギルは幹夫持ちだ。

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