第2話

「うわぁー、マジで異世界に来ちゃったよ」


 目の前に広がる光景に興奮が抑えられない。

 どうだ! これがテンプレートだと言わんばかりの中世ヨーロッパ風の街並み。漫画家やラノベ作家の脳内妄想は正しかったことが証明された瞬間だ。


「……な、なんで」


 俺はTHE・田舎者オーラ全開で街中を見渡し、行き交う人々を観察する。


「夢にまでみた猫耳! あっちは憧れのエルフ耳じゃないか! やっぱり美形なんだな。すごいなー。今度生まれ変わるならやっぱりこういうファンタジーな世界にすべきかな。でも漫画やゲーム、アニメがないのはなぁー。コミケにも行きたいしなー。んー、迷うよなぁー」


 久しく忘れていたような胸の高鳴りに、今にもタンゴを踊りだしてしまいそうな俺のすぐ近くには、精神を患った可哀想な若者がいた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫ぶと同時に、少年は逃げるように走り出してしまった。


「どこの世界にもああいう残念な奴っているもんなんだな」


 気を取り直して街を歩き始めた直後、何もない空間が突如として強烈な光を放つ。


「ちょっと何をやっているんですかっ! 捕まえてくださいよ!」

「うわっ、びっくりしたな。てか、それどうなってるんだ?」


 突然空中に小窓が現れたかと思うと、そこから女神がひょっこり顔を出した。


「今はそんなことどうだっていいじゃないですか! それより早く彼を捕まえてください!」


 彼というのは、先程の可哀想な少年のことだろうか。だとしたら嫌だ。あの手の狂人とは関わらないに越したことはない。


「関わらないなんて無理に決まっているじゃないですか!」

「どうして?」

「あれがあなたの孫――幹夫さんなんですから!」

「……まじか」


 街中で突然発狂する少年が俺の孫……。

 ハァ……できれば一生知りたくなかった。


「俺の孫はどこかで頭でも打ったのか?」

「いいえ、健康体そのものですよ」

「なら聞くが、突然街中で叫ぶ男がまともだと思うか?」

「そりゃ突然異世界に祖父が現れたら誰だって驚いちゃうんじゃないですか?」


 そう言われるとそんな気もするのだが、そもそも今の俺は16歳。この姿の俺を見て自分の祖父だと気づくものなのか?


「あ、それでしたら異世界転移した彼らにだけは、あなたの元の年齢の姿が見えるようになっているんですよ」


 つまり、俺のことが76歳の老人として見えているのか。そりゃ確かに驚くかもな。


「なんでわざわざそんなオプション付けるんだよ」

「説得するにはそっちの方がいいかと思ったんです」


 なるほど、理解した。

 確かに同年代の見た目の俺に説得されるより、じじぃな俺が説得したほうが説得力は増すだろう。

 しかし、今の俺は心身ともに16歳。

 やはり複雑だ。


「とりあえず追いかけるか」

「その意気です! サルゲッチュです!」


 なぜ女神がサルゲッチュを知っているのかとツッコミを入れたいところではあるが、今は逃走した精神患者――ではなく、孫の幹夫のあとを追いかけるとしよう。




 ◆◆◆




 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえないッ!


「絶対にありえないッ!!」


 なんでこっちの世界にじいちゃんがいるんだよ。そんなバカなことあるはずがない。


「そうだ! あれはきっと見間違いだ。そうに決まっている」


 最近疲れていたからくだらない幻覚を見てしまったんだ。


「今日はもう休もう」




「御主人様!」


 宿に戻ると、笑顔で迎え入れてくれるのは、キュートなケモ耳ともふもふの尻尾を持つ6歳の幼女だ。


「ただいま、ファンシア」


 僕は漫画やゲーム好きだったじいちゃんの影響で、昔からアニメに出てくるような美少女が好きだった。その中でも特に一番好きだったキャラクターが、イヌネコ娘に出てくるレアリちゃん。彼女は作中で唯一にして貴重な幼女枠、小さくてもふもふした女の子が大好きな僕が好きにならないわけがなかった。


 そんな僕が異世界に来て出会ったのが、奴隷として売られていたファンシアだ。奴隷街で彼女をはじめて見たとき、僕は運命だと思った。この幼女に出会うため、僕は異世界転移をしたのだと。

 彼女を助け出し、幸せにすることこそが僕の使命、そして僕たちはいずれ結婚する。

 日本では16歳と6歳の結婚は許されないけど、この世界だと6歳の幼女と40のおっさんが婚約をすることも珍しくない。(貴族の話だけど)※例え貴族でも6歳児との婚約はかなり稀なケースです。


 女神からは魔王を倒してほしいと頼まれた。元の世界に帰るためにも魔王を倒すように言われたけど、そんなことをすればファンシアと結婚できなくなってしまう。

 ファンシアと幸せになるためには、魔王を倒そうとする愚かなクラスメイトを密かに暗殺しなければならない。


「まだ田中君しか殺せていないんだよなー」


 真面目に魔王討伐をしようとしていた田中君を真っ先に殺せたことは幸運だったけど、他のクラスメイトたちがどこに行ったのかは皆目見当もつかない。できればこっちの世界でのし上がるためのムーブも取りたいし、クラスメイトばかりに気を使っているわけにもいかない。


「御主人様、どうかした?」

「ファンシア、僕は絶対に君を幸せにするからね」

「うん! 御主人様。ちゅっ♡」

 

 ああ、幸せだ。

 異世界ってなんて幸せなところなんだろう。

 こちらの世界での出世は、ひとまず女神から貰ったチートがあれば余裕だろう。

 となると、やはり問題はクラスメイトか……。




 ◆◆◆




「くそっ、どこにもいないじゃないか」


 日が暮れるまで幹夫の捜索を行ったが、手掛かりは何もつかめなかった。


「おい、女神! どうせ見てるんだろ?」

「雪夫さん、私、一応女神なんですよ? もう少し敬意を持って呼んでもらってもいいですか?」


 ピカッと現れては、女神は窓越しに不機嫌な表情を覗かせる。ちなみに、この状態の女神は俺にしか見えていない。


「そんなことより、幹夫の居場所がわかったりしないのか?」

「それが分かるならとっくに教えていますよ」


 女神ってのは思っていたよりも万能ではないようだ。正直全然使えない。

 あ……!


 どうやら心を読まれたらしい。

 女神様がご立腹だ。


「それはそうと、腹が減ったな」


 舗装されていない道を数時間歩きまわったせいで、16歳の肉体とはいえかなり疲労していた。おまけにこの身体は食べ盛りなのだ。


「悪いけどさ、ちょっと金貰ってもいいか? とりあえずこっちの貨幣で一万くらいあれば余裕だと思うんだけど」

「は?」

「いや、だから、金だよ、金。金がないと飯も食えないし、宿にも泊まれないだろ。女神のくせにそんなこともわからないのか」


 女神は窓枠に頬杖をつき、ぼんやりと遠くの景色を眺めている。


「おい、無視するなよ。こっちは腹減って気が立ってんだかんなっ」

「あのですね、私たち女神は幾つもの世界の管理を任されているんです。それに、女神は原則外界に赴くことはありません」

「だからなんだよ?」

「ですから、お金なんて持ってません。必要ありませんから、以上っ!」


 は……? 持ってない。1円も……?


「いやいやいや、なら俺はどうやって飯を食えばいいんだよ? どうやって空腹を凌げばいいんだよ!」

「……さあ?」

「さあって……じゃあ今日泊まる場所は?」

「だから知りませんよ」

「知りませんじゃねぇだろ! 無責任だっつてんだよ! 何とかしろ! 今すぐにビフテキとふかふかのベッドを用意しろ!」

「無茶言わないでくださいよ!」


 女神と口論を繰り広げていると、何やら周囲から冷たい視線が突き刺さる。


「あまり見るんじゃないぞ」

「あの若さで可哀想にな」

「相当辛いことがあったんだろうな」

「ああ、あそこまで心が壊れたら手の施しようがねぇよ」


 傍から見ると、俺が一人で喚き散らかしている痛いやつに見えてしまっているようだ。

 さすがにちょっと恥ずかしいな。

 腹は減っているが羞恥心には勝てず、俺は足早に移動することにした。


 移動中、

「なら、何かアドバイスしろ」

「そうですね、お金を稼ぎたいならギルドに行くのがいいんじゃないですか?」

「じゃあ、ナビしてくれ」


 また女神がフッと鼻で笑った。

 いちいち癇に障る女神だな。


「知るわけないじゃないですか」


 こいつマジで使えね……。


「女神様は一体何のために小窓から顔を出していらっしゃるんですかね!」


 むきーっとマントヒヒのようにキレ散らかす女神をよそ目に、俺は通りすがりのおばさんに尋ねることにした。

 こちらの世界の男の人は体が大きくて怖いし、若い女性に話しかけるのはまだ少し勇気がいる。徐々に慣らしていかなければ……。


「すみませーん、ギルドに行きたいんですけど、道がわからなくて」

「それならここをまっすぐ行って右に曲がると、看板が見えてくるわ。ところであなた、旅人さん?」


 ここからギルドまでは比較的近いようだ。


「ええ、まあそんなところです。この街には今日到着したばかりで。……ありがとうございました」


 おばさんに礼を言い、教えてもらった道を歩いていくと、冒険者ギルドっぽい施設が見えてきた。


「あれか」


 冒険者ギルドといえば、RPGゲームやファンタジー物のラノベなどでは定番の施設だ。現代風にいうとハローワーク、もしくは派遣会社みたいなものなのかな? そう考えると、なんだか夢も希望もない場所に見えてくる。


 冒険者ギルドの中は意外と活気に満ちている。イメージとしてはならず者たちが集まる辛気臭い場所だったのだが、実際は居酒屋の雰囲気に近いと思う。

 受付は四人。

 南海ホークスの野村〇也似の兄ちゃんは対応中なので、空いている席は三つ。ラノベでは基本的に女性が受付をしていることが普通だったのだけど、実際には半々のようだ。


「雪夫さん、一番右側狙っているでしょ」


 すべてを見透かしたような女神の声に、ドキッとしてしまう。


「さっきは勇気がなんだ言ってた割に、結局顔で選ぶんですね」

「勘違いするな。これは勇気を得るための修行みたいなものだ。それに冒険者ってのは基本的に男が多い。男ってのは美人が好きだろ? 受付嬢を口説こうとする男ってのは何かと武勇伝を語りたがる。そういうところから受付嬢ってのは情報を得るものなんだよ。つまり、美人な受付嬢と親しくなることができれば、有益な情報が得られるか――」

「あーもうハイハイ、もうわかりました。わかったからさっさと登録済ませちゃってください。男の人のそういう言い訳は聞きたくないんです」

「……なんかごめん」


 たぶん過去に男で相当苦労したんだろうな。神々の世界でも色恋沙汰は人間と大差ないのかもしれない。あまり刺激しないように気をつけないと。


「チッ」


 おっと、またしても心を読まれてしまったようだ。睨むくらいなら人の心の声に耳を傾けないで頂きたいものだが、そんなことを面と向かって言ってしまえばまたヒステリックばばあが発動するのでやめておこう。


「言ってんのと同じなんですよ! というか誰がヒステリックばばあなんですかっ!」

 

 触らぬ神に祟りなし、ここはスルーして受付に向かう。


「見ない顔ですね。本日はどのような御用で?」


 受付の女の人は正統派美人タイプ。毛先を遊ばせた髪とグラマラスな体が大人の色香を漂わせている。

 正直に言ってエロい。


「冒険者になってお金を稼ぎたいんですけど、田舎から出てきたばかりで何もわからなくて」


 悲壮感漂う少年を演じることにより、この手の大人な女性は放っておけなくなる。名付けて捨てられた仔犬に餌付けしたくなる作戦だ。


「そうですか。それでは登録手数料、500ギルになります」


 こうすることで大抵の場合上位のサービスが受けられるように……。

 ん……登録手数料?

 このお姉さん、俺の話聞いていたのかな?


「……えーと、登録ってお金掛かるんですか?」

「はい、500ギルです」

「俺、田舎から出てきたばかりで、その上歩きっぱなしで今朝から何も食べてなくて……」

「そうなんですね。……登録、どうされます?」


 it'sクール!

 バカなっ! この女捨てられた仔犬作戦が一切通じないだと!?


「今はその、ちょっとお金がなくて……」

「ハァ……では、登録はできませんね」


 あっ! 今めっちゃ蔑んだ目で俺を見た。捨てられた仔犬を拾うどころか、仔犬を捨てる側の人間の目だ!

 この受付嬢には鋼鉄の女の称号をくれてやろう。


「どうするんです? 幹夫さんも見つけられない、冒険者登録すらできない。こんな状況で子供たちを送還することなんて可能なんですか?」

「元はと言えばこっちの金を用意していなかったお前のせいだろ。なんで俺がそんな風に責められにゃいかんのだ」

「なんか言いました? 言いたいことがあるなら大きな声でおっしゃってください」


 腹立つな。

 思いっきり言い返してやりたいところだが、腹が減ってそれどころではない。少しでもカロリー消費を抑えるために、今は無視だ。

 しかし、500円すら持ってないとか……泣けてくる。

 本当にこの先天国へのパスポートを手に入れることは可能なのだろうか。不安だ。


 重たい足取りで冒険者ギルドを出たところで、

「あっ!」

 まさかの再会を果たすことになる。


「げぇっ!?」

「待て、幹夫っ!」


 今度は絶対に逃さん。

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