最強の勇者殺しはクラス転移した勇者たちを日本に強制送還させるため、異世界に派遣されました。

🎈パンサー葉月🎈

第1話

「ようこそ輪廻の門へ。私は、あなたに素晴らしい来世を案内する女神。安斎雪夫あんざいゆきおさん、あなたは本日午前2時32分に亡くなりました。とりあえずと言ってはなんですが、お疲れさまでした」


 目が覚めると、そこは真っ白な空間だった。

 そこに俺は立っている。

 目の前にはバブリーだった時代を彷彿とさせるような、ハイレグ水着みたいな服(?)を着用した女神が満面の笑みで立っていた。


 なぜこの胡散臭い笑顔を張り付けた相手が女神だとすんなり受け入れたかというと、無駄にキラキラと後光の様なものが射していたのと、頭の上に土星の輪みたいなピカピカしたやつが浮いているのだ。


「え……と、ちなみに俺なんで死んだんですか?」

「寿命、老衰ですね」

「……老衰」


 え……老衰?

 老衰ってのはあの、年をとって、心身が衰えることで合ってるんだよな。

 つーかさっきから頭がぽわぽわしており、いまいち死ぬ前のことが思い出せない。


「一時的な記憶障害ですかね? たまにあるみたいなんですよね。それとも、やっぱり無理矢理連れてきたのが良くなかったんですかね?」


 なんだか今、すごい事をさらっとカミングアウトされたような気がするのだけど、気のせいだろうか。あの世にも誘拐とかってあるんだろうか。


「女神聞き悪いですよ。それに、私が天国行きだった雪夫さんを連れてきたのにはちゃんと理由があるんです」

「というか、さっきから俺の心読んでるよね?」

「そりゃまあ、私、女神ですから」


 いや、そういう事を言っているんじゃないのだが……。

 あの世にはプライバシーというものはないのか。仮に俺が今、すごくすけべな事を考えていたらどうするつもりなんだ。すごく恥ずかしいじゃないか。


「あ、慣れてるんで」

「いや、そういう問題じゃないんだよ!」

「では、どういう問題なんです?」

「いや、それは……その」


 説明するのがすごく嫌だ。

 女神なら察してほしいものだ。


「それよりその、何か用があるから俺はここに連れてこられたって事でいいのか?」

「そうでした。雪夫さんには責任をとってもらいたいんです」

「責任?」


 はて、女神に責任取れと言われるようなことはしていないと思うのだが、生前の記憶がいまいちはっきりしないので、絶対にないと言えないところが何とも歯がゆい。


安斎幹夫あんざいみきおさん、覚えておられませんか?」

「安斎幹夫……」


 誰だそれ。

 安斎という苗字が同じことから、俺の知らない親戚だろうか。父方のほうは8人兄弟で親戚が多かったので、そのような親戚がいても不思議ではない。

 しかし、数年に一回会うか会わないかわからない親戚の事で、死んでから女神に呼び出されるとか、とんだとばっちりだ。


「親戚というか、幹夫さんは雪夫さんのお孫さんですね」

「なんだ、俺の孫か」


 ん………?

 孫……?

 孫!?


「はい。お孫さんです」

「孫ぉおおおおおおおおおっ!? ちょっ、ちょっと待て! 孫? 俺の孫だと! 息子や娘ではなくて孫!? いやいや、息子でも娘でもおかしいだろ! 俺はまだ16なんだぞ!」

「確かに今の雪夫さんの肉体は16歳当時の状態ですけど、本来の雪夫さんは76歳ですよ。覚えておられませんか?」

「なっ、76歳だと!?」


 そんな馬鹿なっ!

 ありえない!

 女神の言葉を否定するように生前の記憶を思い出そうとするが、駄目だ。まったく思い出せない。それどころか、無理に思い出そうとすると頭が痛む。


「やっぱりこっそり連れてきたのがまずかったんですかね?」

「こっそりってなんだよ! 今あきらかにやっちまったって顔しただろ!」

「いえいえ、ミスしたことを最高神に知られる前にどうにかしようとか、雪夫さんの魂を無理矢理引っこ抜いた時にちょっと魂を傷つけてしまったとか、そんな事は絶対にありませんよ。私、完璧主義な女神ですから。きらーん☆」

「うそつけッ! 絶対にそれが原因だろ! 何が完璧主義な女神だ! ポンコツ女神じゃねぇかよ!」

「ポ、ポンコツ女神!? 失礼ですね。私はこう見えても天界ではエリートで通っているんです」

「エリートがミスしたりするもんか! つーか、お前のミスなのにどうして俺が呼ばれているんだよ!」

「それはですね……私のミスが最高神にバレてしまえば、雪夫さんの天国行きが取り消されてしまうからです。ちなみに雪夫さんは地獄の中でも最も罪が重い第1級、阿鼻叫喚地獄行きが確定してしまいます。そうなれば、魂の浄化にかかる年数は、ざっと2800万年ですね。つまり、2800万年後に雪夫さんは晴れて自由の身となり、輪廻の門にて生まれ変われるというわけです」

「冗談じゃない!」


 この俺が2800万年もの間、地獄行きだと。

 この女神はなんちゅうことをさらっと言ってくれているのだ。


「どうして俺がお前のミスで天国から地獄に突き落とされなきゃいけないんだ! ふざけるなっ!」

「文句があるなら孫の幹夫さんに直接言ってください」

「は?」

「そもそも雪夫さんの血を引く孫の幹夫さんがちゃんとしていれば、私だってこんなことしていないんです」

「孫だかなんだか知らないけど、俺は関係ないだろ!」

「雪夫さんが息子の文夫さんを作らなければ、文夫さんが幹夫さんを作ることだってなかったんです。元を正せば幹夫さんが悪いということになるじゃないですか」

「理不尽だ! それにそんなこと言い出したら先祖は皆悪になってしまうだろ! そんな無茶苦茶な話があってたまるかッ!」

「現世での罪は三世代までというのが天界のルールなんです」

「そんなルール認められるわけないだろ! 変更しろ!」

「無理です」

「無理なことあるかっ! お前女神なんだろ! なら、なんとかしろよ!」


 無茶苦茶言わないでくださいよと頬をふくらませる女神だが、むっとしたいのは俺の方だ。


「少しは落ち着きました?」

「落ち着けるわけないだろ! こっちは2800万年も地獄に行けって言われてんだぞ! 死んだ方がマシだ!」

「あははは――今のジョークは中々センスありますね」

「あ?」

「だってほら、雪夫さんとっくに死んでますから。死んだ方がマシって面白すぎます」


 腹抱えてゲラゲラ笑うこの女神が憎たらしく思えてくる。

 俺は一度深呼吸をして、心を落ち着かせることにした。


「で、俺の孫だってやつが何したんだよ」

「別世界を救う勇者として異世界転移してもらったんです」

「俺の孫は世界を救う英雄になったってことか。良いことじゃないか」

「本来ならそうでした。幹夫さんたちが私利私欲のために好き勝手しなければ」

「私利私欲って、一体孫は何をしたんだ?」

「そりゃまーいろいろやらかしてくれちゃっていますね。魔王に加担したり、国を乗っ取ろうと画策したり、まーやりたい放題ですよ」

「……っ」


 女神の話を黙って聞いていた俺は、あることが気になった。


「俺の孫だけじゃないのか?」

「はい、クラス転移でしたから」

「なら、何で俺だけここに連れてこられたんだよ」

「タイミング良く雪夫さんがお亡くなりになられたからです。ラッキーでした」

「ラッキーって……」


 人の死をなんだと思っているんだこの女神は……。


「亡くなっていない人をここに連れてくることは不可能なんで。それと、すでに天国or地獄に行っちゃった人も無理です。勝手に連れ出せば最高神に私が怒られてしまうので」

「なら、生きてるやつ、そいつ等の親を異世界転移させればいいだろ」


 至極真っ当な俺の意見を、女神がふっと鼻で笑った。

 この野郎。


「おっさんおばさんですよ? 異世界転移させたところで、適用能力が著しく落ちてしまった彼らでは、子供たちの元にたどり着くことすら不可能です。その点、雪夫さんは死んだことで肉体という縛りから解放されています。今の若々しい姿だって、私が設定したものなんです」


 富士山みたいな胸を突き出して偉そうに言っているが、そのせいで俺に記憶障害が発生している。


「クラス転移ってことは結構な人数がいるんだろ? しかもそいつらチート持ちじゃないのか? 俺一人じゃどう考えてもキツイだろ」

「お歳の割に詳しいですね」

「ラノベやアニメは好きだったからな」


 ってあれ、なんでラノベとかアニメの記憶はあるんだろ。


「すべての記憶を失ったわけじゃなさそうですね」

「みたいだな。だけど1対30とか、1対40とか無理だからな」

「その点は問題ありません。彼らのクラス仲はあまり良くないので、個々に好き勝手やっている状況です。雪夫さんはただ彼らを見つけ出し、元の世界に帰るよう言ってくれればいいんです」

「帰りたくないと駄々をこねられたらどうする?」

「その場合はぶっ殺しちゃって構いません」

「ぶっ……」


 こいつ本当に女神か? 悪魔の間違いなんじゃないだろうな。


「殺すと言っても、もちろん実際に死ぬわけではありませんよ? あちらの世界での存在が消滅するということです」


 つまり異世界転移者は死ぬことで強制送還させられるというわけか。


「断ればどうなる?」

「天界ルールに従い、雪夫さんは2800万年間の地獄行きが確定します」

「メリットは無しか?」

「天国に行けます」

「俺は元々天国行きだったんだろ。元に戻っただけじゃないか」

「来世は望む世界に転生可です。しかも前世の記憶を引き継いだ状態で。お得でしょ?」

「もう一声」

「……雪夫さん、中々強欲ですね」


 生前は何かと苦労したような気がする。もしも来世があるのなら、楽して生きたいと願うのは当然だ。


「他になにが欲しいんですか? 私ができることには限界があるんですよ」

「そうだな。来世もイケメンがいい。それと大金持ちの息子でスポーツは万能、学問面に関しても天才ってのがいい。それと俺のことが大好きな可愛い幼馴染も付けてくれ。これは絶対だ! あとは――」

「まだあるんですか!?」


 ここぞとばかりにありとあらゆる要求を突きつけてやる。成功報酬が高ければ高いほど、やる気が出るというものだ。


「……わ、わかりました。すべて叶えましょう」


 よし!

 交渉成立だ。


「なら、そこの魔法陣の上に立ってください」

「ちょっと待て!」


 まだ何かあるのかと、嫌そうな顔の女神が眉間にシワを寄せる。


「異世界の言葉ってどうなっているんだ? 俺は喋れるのか?」


 重要なことなので、事前に確認しておく。

 行ったはいいが、現地人とコミュニケーションが取れないとなったら大問題だ。


「その辺は問題ありません。女神パワーでサクッと解決です。もちろん文字だって読めるし向こうの貨幣なんかも、日本円に脳内で換算されてくれる分かり易い便利システムを採用中です」

「へぇー」


 つくづくなんでもありだな。

 ま、楽できるならそれに越したことはないか。


「では、そちら――」

「まだだ!」

「え………まだ何かあるの?」


 俺を見る女神の目が、どんどん汚いものをみるような目に変わっているのは気のせいだろうか。


「まだチートをもらってないだろ」

「あー、そうでしたね。装備系にします? それとも能力系? 先に言っときますけどふたつは無理ですから」


 めちゃくちゃ投げやりな態度だな。

 最初に出会った時のイメージが崩壊しつつある。


「エクスカリバーにグングニル、ゲームによく出てくるやつだな。こっちは鑑定にステータス変更系か」


 正直どれもぱっとしない。

 武器は盗まれたら終わりだし、ステ振りは元々の能力値を振り直すだけ、鑑定系に関しては論外。目的はあくまで孫たちの強制送還なのだ。


「あの、まだ決まらないんですか? こっちは最高神にバレないように極秘で動いているんです。早くしてもらえませんか? ねえ聞いてる?」


 うるさい女神だな。

 自分のミスを人に押しつけておいて、満足に選ぶ時間すらくれないのかよ。


「そんなこと言うならお前が選べ!」

「え、私がですか?」

「お前、神様なんだろ? なら俺に最適なチートとかわかるんじゃないの? 仮にお前が選んだチートで失敗したら、それは全部お前のせいだ。最高神にはお前から俺の地獄行きはなくなったことを伝えろ」

「無茶苦茶ですよ!」

「どっちがだ! 天国行きだった俺が地獄行きになったのだって、元を正せばお前が俺の孫を異世界転移させたのが原因じゃないのか!」

「いや、それは、その……ですね」


 やっぱり図星なんじゃないか。

 こいつのミスで俺が地獄行きになるとか絶対に嫌だ。


「孫たちを連れ戻しには行ってやる。ただし、失敗しても地獄行きはなしだ!」

「だからそれは無理なんですよ!」

「お前も神様の端くれなら、それくらいの奇跡を起こしてみろ!」

「……っ」


 今にも泣き出してしまいそうな女神に、この辺りで救いの手を差し伸べてやることにする。


「早い話、俺が失敗しなければいいだけのことだ、違うか?」

「それは、そうですが……。大丈夫なんですか?」

「ここにあるチートでは無理だろうな」

「そ、そんな……」


 この世の終わりみたいな顔でへたり込む女神に、俺はとっておきの提案をする。


「ここにあるチートでは無理だと言ったが、俺の望むチートをお前がくれるなら、何とかしてやる」

「本当ですか! 雪夫さんはどんなチートがお望みなんですか!」

「お前だ!」


 俺はビシッと女神を指さした。


「は?」


 当然、女神は驚きに睫毛をぱちくり鳴らしていた。


「勘違いするなよ。異世界にお前もついて来いとか、俺はそんな無茶は言わない。ただし! お前の力、神様の権限を俺によこせ!」


 ギョッと固まる女神に、俺はニヤリと微笑んだ。


「無理ですよ! そんなの絶対にダメです! 私にだって天界で仕事があるんです。女神の力がなくなれば業務に支障をきたします! それに、神が直接外界で力を振るうことは天界条約によって禁止されています。違反すれば降格、最悪存在の消滅だってあり得るんです!」

「バカだな。誰もずっと力を寄越せって言ってるわけじゃないだろ。俺が必要だと判断した時にだけ、一時的にお前の力を俺に譲渡すればいい。それに神であるお前が直接手を下すわけじゃない、俺がやるんだよ」

「そんなのはただの屁理屈です!」

「バレなきゃ問題ない」

「バレたらどうするんですか!」

「お前はどうするんだ?」

「へ……?」

「この事が最高神とやらにバレたら、お前はどうするつもりだったんだよ」


 自分のことを棚に上げておいて、俺の提案を否定するとか言語道断だ。


「そ、それは……」


 ほら見ろ。バレた時のことなんて考えてないんだ。


「大丈夫、バレなきゃいいんだよ」

「そう、でしょうか……?」

「そうでしょうとも。仮にバレてしまったとして、世界をより良くするために精いっぱい動いた結果だ。それを咎めるなんて神のすることじゃない! 神は努力する者の味方なのです」

「おお、神よ!」


 立場逆転だな。

 この女神、思った以上にチョロかったな。


「では、契約成立だな」

「はい! ふたりで世界を救いましょう、雪夫さん!」



 こうして、俺は孫たちを連れ戻すために異世界に渡ったのだった。

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