【密航】【魔空】【カーニバル】

課題は「売れない作家」


「バン!」

 2019年7月、ロンドンの閑静な住宅地に一際大きく鈍い音が響いた。

 その音に驚き、庭に飛び出た住人が目にしたものは、夏だというのにカチコチに凍った男性の死体だった。



 華々しいデビューを飾ってベストセラー作家の仲間入りを果たしたのも束の間、その後は鳴かず飛ばずで、すぐさま世間から私の名は忘れ去られた。つくづく思うことだが、書き続けるということは実に難しいものだ。同じようなことを書いていれば、すぐさま飽きられる。読者にラストを予想されないようにとこだわりすぎると気をてらった整合性のない三流小説になりさがる。とは言えそうそう目新しいネタなど浮かぶはずなどないのだ。

 他にも致命的な問題がある。当然と言えば当然なのだが、結局のところ著者の能力なのである。例えば、作中に超天才の登場人物を出したいとする。悲しいかなそれは絶対に著者の知能を超えることはないのだ。せいぜい、記憶力がよいとか、計算が速いとか、その程度だ。論理展開といった思考能力は著者のそれに依存する。経験にしてもそうだ。ネットでちょっと調べた程度の知識では、ボロが出て、鋭い読者にすぐさまメッキを剥がされてしまう。私には圧倒的に知識が不足している。一般人が経験したことのないような体験など何一つない。私は世界を巡って武者修行しようと思い立った。


 最初に訪れたのはブラジルである。本場のカーニバルと言うモノをこの目で見てみたかったという些細な動機だ。やはり百聞は一見にしかずである。ただ知識を持っているのと実際に体験するのは違う。この経験は間違いなく今後の創作活動で役にたつだろう。その後、南米を放浪し、アフリカ大陸へと飛び、しばらくケニアに根を下ろした。次はヨーロッパを周遊しようと決めた。


 一つ問題がある。旅費が潰えた。デビュー作一本当てただけで、もとより満足な蓄えなどありはしない。そこで、私は密航を決意した。なけなしの金で水と食料を買い込み、ナイロビからヒースロー空港へと渡る。密航など実際に体験した作家なんてそうはいないだろう。この体験も糧になるはずだ。私はうまいこと気づかれることなく車輪格納庫に身を潜めた。


 しかし、私は重大な問題に気付いた。寒い、凍えて指先の感覚が麻痺してきた。飛行機は上空何千メートル、時に一万メートルに達する高度を航行する。考えてみれば当然その気温はエベレスト山頂と同じという理屈になる。だが、私は生き延びて見せる。この形容しがたいほど過酷な空間を活字に残すことが私の使命だ。とは言え、いくら考えようとしても昔衛星放送でみた「宇宙刑事ギャバン」のボス、マクーのセリフが邪魔をする。

 それでも、とりあえず自分の状況に置き換えたものをメモに書き留めた。意識が遠のいてきた。眠……く、なっ……てき



 男性の死体はメモを持ったまま凍っていた。


“魔空空間に引きづりこまれた”


※実際2019年7月にロンドンの住宅地に凍った密航者の死体が飛行機から落ちてきたという事件を参考にしてます

 

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