【天使】【時間】【最弱の時の流れ】
ジャンル:純愛モノ
「ねぇ、一夫君、知ってる? 時間って流れないんだよ」そう言って和子はイタズラっぽく笑った。
「量子論の話だね。過去も未来も現在も同時に存在している。要はどのスライドに光が当てられているかということなんだけど、一般人の理解を超えているよね」と僕は言う。
「ちぇっ、やっぱり知ってたかー、つまんない。でも私は時間って流れるものだと思うの。水や電気の流れに強弱があるなら、時間の流れにも強弱がつけられたら素敵じゃない? 私は最弱の時の流れって作ってみたいな」和子は空を見上げて言う。
「最弱の時の流れ?」
「うん、ゆっくーり流れるの」和子は僕に視線を移した。
「相対性理論だね」
「そういう事なんだそれって。私にも分かるように教えてよ」
「例えばの話だけど、レーザー時計というものがあるとする。それは装置上部からレーザーを照射し、1メートル下にある受光部に届くまでを1秒とする」
「秒速1メートルのレーザーってずいぶん遅いよね」和子が意地悪な目で言う。
「例えばだよ。光速とか聞いたこともない単位使っても分かりにくいよね」
「分かってるって、それで?」
「それを乗り物に乗せて秒速1メートルで走らせる。乗客には変わらず秒速1メートルのレーザーだけど、外から見るとどうなるか?」僕は和子に問いかける。
「勿体ぶらずに教えてよ」そう言って和子は頬を膨らませた。
「受光部に到達した時、横方向にも1メートル移動しているわけだからレーザーの軌跡はその対角線になる。三平方の定理、中学で習ったよね、1:1:√2。レーザーは1.41m移動したことになる」
「お願い、もうちょっと噛み砕いて」
「要は、外の世界で1.41秒経っていても、乗客にとっては1秒なんだ。秒速√3メートル、1.73メートル位だと、乗客の1秒は外での2秒になるね」
「それは違くない?」和子は納得できないようだ。
「僕も聞き齧った程度だからよくわからない。でも、そういった理屈か人工衛星の時計は遅れていくから修正してるって聞いたよ。単純な力の合成かもしれないけど」
「話についていけないんだけど」
「中学の理科でやらなかった? 三角定規使うやつ」
「もう忘れちゃったよ、そんなの。でも、いいね時間がゆっくり流れるって。そしたら一夫君とも、もっと一緒にいられるのにね」
僕はその言葉の意味がわからずに曖昧な笑みを浮かべた。
それからまもなくだった。和子は遺伝的な病気で入院した。助かる見込みは無いと和子の母親から聞かされ、僕は泣き崩れた。天使でもいい、悪魔でもいい、どうか和子を助けてくださいと祈った。
だがそんな願いなど叶うはずもない。和子は呆気ないくらい簡単にこの世に別れを告げた。
本当に和子と過ごした過去も、和子を失った
僕は、
僕は、
僕は、
そんな未来なんか受け入れられない!
僕は量子学の道へと進んだ。もう一度和子に会いたい。確証などない。徒労に終わるかもしれない。でも僕は自分の信じた道を進む。
その先に和子の笑顔があることを願って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます