第43話 その心に火をつけろ


 聞こえてきた華菜さんの「アナタ」という言葉。

 つまりそれは会話しているあの男が“元”旦那ってことか!?


「……華菜さんが呼んだのか?」


「お兄ちゃん、少し様子を見てみようよ」



 駆け寄ろうとしたところで陽夜理に引き留められた。たしかに彼女の言うとおりか。とにかく事情を聴いてみよう。あの男が本当に例の元旦那だったとしても、ちゃんとした理由があれば無闇に警察を呼んだりするわけにもいかないしな。


 華菜さんも、俺たち兄妹が居ない間に話したいことがあったのかもしれないし……。


 声が聞こえるところまで近づいてみると、ちょうど男が華菜さんの腕を強引に掴んだところだった。



「ちょ、ちょっと! 離してよ!」


「おいおい、なにをそんなに怒っているんだ? せっかく再会できたというのに……。ほら見ろ、お前のおかげで新しい車が買えるようになったんだぜ?」


 男は宿の前にあった派手な赤いオープンカーを指差した。なるほど、車種までは分からないがかなり立派なものだということが分かる。しかしこんな目立つ車で宿の前まで来てどういうつもりだ?


 それに後部座席に座っている女性は?

 まさか新しい彼女か!?


 サングラスとマスクをしているせいで顔は分からないが随分と派手な恰好で、清楚な見た目の華菜さんとは真逆のタイプだ。



「車なんてどうだっていいわよ! なんでここに来たの! もう私に関わらないでって言ったでしょ」


「あん? クレームだよクレーム」


 クレーム? どうしてだ?


 あの男の人がウチの宿を利用した記憶なんて無いのだが……。



「前にココが人気の宿だっつーから予約してやったのに、オーナーが行方不明とかで当日にドタキャンしやがってよぉ。風の噂でクソ宿が営業を再開したって聞いたから、クレームのひとつでも入れてやろうと思ったんだよ……まさかこんなボロ宿でお前と会えるとは思ってなかったぜ」


 ――なんだって?


 この男がクリスマス直前に予約していた?

 コイツが予約なんてしなければ、父さんたちは……。


 ポケットの中にあったライターを握り締めながら、俺は男を睨む。


 しかし華菜さんが何か言おうとした瞬間、男は彼女に向かって怒鳴りつけた。



「っ!?」


「だいたいお前は昔からそうだよな! オレのやることにいちいち文句ばっか言いやがってよぉ……。オレはテメェの操り人形じゃねぇんだぞ!?」


 そう言って今度は彼女の胸倉を掴んだ。その光景を見た俺は思わず飛び出そうとするが、陽夜理に止められてしまう。


「だめっ、お兄ちゃんが殴られちゃう……!」


 くっ! 戸惑っている間に、華菜さんは男の腕を振り払った。



「そんな言い方ってないわ!! 勝手なのはどっちよ! 私や美愛を捨てて自分のやりたいことばっかりで、こっちの話なんて一度も聞いてくれなかったじゃない!」


 初めて聞いた彼女の怒鳴り声。思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声量に驚いたのか、男は怯んだ様子を見せるがすぐに唾を飛ばしながら怒り出す。



「なんだとぉ!? その口の利き方はなんだぁ!? もういっぺん言ってみろや!!」


「何度だって言ってやるわよ! アナタはいつも自分勝手で周りに迷惑ばかりかけて、子供のことも放ったらかしにして! よくそんな態度で私に文句を言えたわね!」


「……ッ、クソが!! もう関係ねぇ!! てめぇら母娘を再教育してやるよ」


「ちょっ、どうする気よ!」


「ミアもいるんだろ! 引き摺ってでも連れて帰ってやるよ! おらっ、来い!!」


「離しなさいよ! 美愛に触らないで!!」


 男が華菜さんの肩を掴み、押しのけて宿の中に無理やり入ろうとする。


 華菜さんも抵抗しようとするが、男の力には敵わない。



 その刹那、隠れていた俺と華菜さんの視線が交わった気がした。


「たすけて」


 彼女の潤んだ瞳がそう言った気がした。


 だけどこんな状況だってのに、俺の足は動かない。



 俺は彼女を守れるのか?

 彼女は俺を心の底から必要としてくれているのか?

 俺は彼女を本当に愛しているのか??


 何もかも諦めて、人生に絶望して、他人を嫌いになって、自分はもっと大嫌いになって。


 そんな俺が人を好きになって良いのか?



『行け、相護。大事な人なんだろ?』


 掌の中にある父さんの形見のライターがそう言った気がした。


『心が弱くたっていい、悩んでもいい。……だが、俺みたいに後悔だけはするなよ』


 冷え切った心に、小さな炎が灯る。



「ごめんヒヨリ。兄ちゃん、行ってくる」


 我慢の限界を迎えた俺は、拳を握り締めながら飛び出す。


 そして華菜さんと男の間に割り込むように立ち、男を睨みつけた。だが俺は絶対に退くつもりは無い。



「あ!? なんだてめぇは! そこをどけぇ!!」


 俺はもう迷わない。

 海猫亭、陽夜理、動物たち。

 そして華菜さんたちを守るために。



「……俺が誰かなんてどうでもいいだろ? そんなことよりもアンタにひとつ言いたいことがある」


 だから見ていてくれ、天国の父さん母さんたち。

 これが、俺の選択だ。



「華菜さんは誰にも渡さない。一生をかけて幸せにするって決めたからな!!」


 そう言い放つと同時に右拳を振りかぶった。



――――――――――――――――――――

今回で第一部完となります!


自分の人生を諦めてばかりだった主人公がやりたい事を見つけ、もう一度一歩を踏み出せる――までを描きたかったので、そこまで書ききることができてとても満足です。


え? エッチなヒロインを書きたかっただけじゃないのかって?

ぐへへへ、目一杯セイヘキを込められて楽しかったです。


また、私事なのですが。

実は作中に出てきた動物たちの大半は、私が実際に飼育していた子たちでした。


その中でもたびたび登場していた愛兎が執筆期間中に亡くなりました。

長年共に過ごしてきた子が居なくなってしまったのは、執筆に影響を及ぼすほど悲しい出来事でした。


でもここで書くのを止めてはダメだと思いました。

それに動物と生きるテーマを描くにあたって、楽しいことだけではなく、死についても書くのが当然だと考えていたからです。


もちろんエンタメ作品ですので、頭の中空っぽで主人公たちのドタバタを楽しんでいただけるようコメディを前面に出しております。


ただそれだけではなく、読んでくださった方の心に何か残るようなシーンも書きたかった。


合間にシリアスな場面があったのは、そういうわけなのです。


作者の勝手な我が儘ではございますが、少しでも伝わっていたら作者冥利に尽きます。


最後にですが、お願いです。

☆評価を頂けますと、中間選考を突破できる可能性が上がります!

どうか読者様のお力をお貸しいただけますと幸いです!


ここまでご覧くださった皆様に心より感謝を。

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【第1部完】黒猫娘の恩返し~廃業寸前の民宿オーナーですが、黒髪美女を拾ったら美少女の客が集まるようになりました。だけど嫉妬深めな義妹に殺されそうです〜 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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