第38話 1回で良いからやらせて
「…………」
「…………」
しばし無言の時間が流れていく。俺は先生の言葉の処理が追い付かず、フリーズしてしまっていた。
しかし先生はそんな俺を置き去りにし、畳の上で仁王立ちになっている。
「『私と契約しましょ? そうすればどんな願いも叶ってよ?』」
「……っ!?」
それは俺が陽夜理と一緒に見たことのある魔法少女アニメのセリフだった。
まさか先生の口からそんなセリフを聞くことになるとは夢にも思わなかったよ。いや、むしろ夢であってくれ。
しかしこれは紛れもない現実であり――しかも先生は本気らしかった。
「ちなみにコスプレの衣装は用意してあるぞ? ほら」
そう言いながらアシュフィールド先生は客室の隅へ向かうと、そこにあったスーツケースのロックを外し、口をパカリと開けた。
「こ、これは……!」
「これぞ私による、日本のアニメ文化に向けた愛の結晶だ! どうだ? 凄いだろう!」
目の前に現れたのは、大量のコスプレ衣装だった。魔法のステッキやマスコットのぬいぐるみといった、小道具まで用意されている。
しかもほとんどが手作りらしく、細部にまで拘っているのが分かる。そのクオリティの高さには思わず目を奪われるほどだったが、ここで流されてはダメだ。俺の本能がそう告げている!!
「か、勘弁してくださいアシュフィールド先生! コスプレを撮ってくれって言われても、ド素人の俺じゃ無理ですってば!」
「そんなことは分かっている! だがこんなことを頼めるのはお前しかいないんだ! お願いだ、ヤラせてくれ!」
「いや良い方ァ!」
俺は先生の手を振り払うと慌てて後ずさった。しかし彼女は逃がさないとばかりに迫ってくる。このままではまずい……そう思った俺は扉の方へと駆け出したのだが――。
「ソーゴ君? なんだかとんでもないワードが廊下に聞こえてきたんだけど」
「その声は華菜さん!?」
扉の向こう側から聞こえてくる華菜さんの心配する声。しかもガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえてきた。良かった、一応鍵を閉めておいたんだった。
ていうか以前にもこんなことあったな!?
「まさか華菜さん、また盗み聞きを……」
「ち、違うわよ! 今回
「ともかく! 何も無いですから、大丈夫ですって」
「嘘よ! だったら何で鍵を開けてくれないの!?」
さらに音を立ててガタガタと扉を開けようとする華菜さん。俺は全身を使って扉を死守するが、彼女は物凄い力でこじ開けようと試みる。
いや一応お客様の部屋だからね!?
プライバシーも何もないじゃないか!
「別にいかがわしい真似をするわけじゃないですって! そういうことをするのは、華菜さん相手だけっすから!」
「そ、そう? ホントに? 私、信じてるからね?」
まるで信じてなさそうなセリフを吐くものの、どうにか信じてくれたようだ。
スタスタと部屋の前から遠ざかっていく音を聞きながら、俺は扉を背にしてホッと胸をなでおろす。
「相変わらずお前の恋人は情熱的だな……」
「恋人……というより、俺はただの被捕食者って感じですけどね」
まぁそれだけ求められるってのは男冥利に尽きますけど。でももう少し手加減はしてほしいなぁ……。
「で、話を戻すが堂森」
「え? 今の会話から何で戻す必要があるんです!?」
もうこれ以上話を聞く必要なんて無いだろ!? しかし先生は諦めないとばかりに俺の前に再び立ちふさがった。そして何やら覚悟を決めた表情で俺のことを見つめてくる。
「一度だけでいいんだ! 一回だけやらせてくれたら、もう我が儘なんて言わないから!」
そう言って俺の手を取ると、なぜか自分の胸に押し付け始める先生。
「アシュフィールド先生! 胸が当たってます!」
「構わん!!」
おいやめてくれ。また華菜さんが何かを察知して戻ってきたら、今度こそ俺は殺される。
「先生が良くても俺が良くないんですってば!」
必死に先生を引き剥がそうとするのだが……先生の力が強くて離れない。ていうか力強いなこの人!? いや今はそんなことよりも……!
「わ、分かりましたから! でも本当に今回きりですからね!?」
だがいくら俺が逃げも隠れもできない性分とはいえ、さすがにコスプレ撮影は無理がある。こっちの理性がもたない。だから二度目は無い。
俺はコホンと咳払いをすると、改めて先生に向き直る。
「改めて言っておきますけど。俺の一番の推しは華菜さんなんですよ。誤解を生じさせるような真似はなるべくしたくないんで」
「……ほぉ? それはつまり『推し変』させれば問題ないということか?」
いやなんでそうなるんですか!?
もしかしてこの人もヤンデレ属性を持ってるのか!?
「ともかく。撮るなら早くしましょう。着替えはここで。終わったらスマホに連絡をください……良いですね!?」
まくしたてるようにそう告げると、俺は急いで部屋を出た。
もちろん先生の着替えなんか見たら理性が崩壊するので、俺は廊下で待機である。
「堂森! もういいぞ!」
そんな先生の元気な呼び声が聞こえてきたので、俺は部屋のドアを開け放った。するとそこには――……あれ?
「……アシュフィールド先生?」
「い、いかがだろうか?」
おずおずと恥ずかしそうにそう訊ねてくる先生は、
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