第37話 美人助教授と隠された性癖
映画デートが終わった後、突然ウチに来たいと言い出したアシュフィールド先生。
鬼気迫る表情に押され、断ることもできなかった俺は言うとおり海猫亭へと再び案内した。
そしてやってきたのは、先日も先生が泊まった客室だ。
デート中からずっと持っていたスーツケースを部屋の隅に置くなり、先生はコタツのテーブルに両手をついて俺に迫ってきた。
「もう、決めた! お前には隠し事をしない!」
「な、なんですか急に……それに隠し事って」
急に顔を間近まで寄せられ、思わずのけ反ってしまう。
映画館で飲んでいたビールが体内に残っているのか、ほんのりとアルコールが漂ってきた。
しかしそこら辺の男よりも漢気に溢れ、ズバズバと物怖じせず言葉を発する鉄乙女に隠し事?
あぁ、いやすでに一つ隠している(?)ことはあったか。
「いや、でも恐竜恐怖症はもう克服したんじゃ……」
「そっちじゃない!」
え? 他にもまだあるってこと?
「これは……その、なんというか。とても言いづらいんだが……」
モジモジとし始めたアシュフィールド先生の口から紡がれる言葉を静かに待つこと数分。やがて彼女は意を決した様子で口を開いた。
「じ、実はだな。そのぉ~……コスプレが趣味なんだ」
「……はい?」
思わず耳を疑った。今この人なんて言った?
「こす、ぷれ??」
「あ、あぁ。だから、私はコスプレが趣味なんだと言っている!」
聞き間違いではなかったようだ。
「意外だな……とは思いましたけど、別に変だとは思いませんよ? むしろ先生みたいな美人がいろんなキャラクターの衣装を着たら、すごく似合うと思うし」
「……そ、そうか?」
俺の言葉を受けて安心したのか、強張っていた先生の肩から力が抜ける。心なしか嬉しそうだ。
「まぁなんだ……そう思ってくれるのは、堂森みたいな一部の人間なんだがな」
そう言って自嘲気味に笑う先生の横顔が少し寂し気だった。
「でもどうしてこのタイミングで打ち明けてくれたんです?」
正直言わせてもらえば、俺にその秘密をバラす理由が見当たらない。
先生だって密かに楽しんでいたんだろうし、言わなきゃ俺がそのことを知る由もなかったぞ?
「その、だな」
すると先生は途端に頬を赤く染めて、視線を泳がせ始めた。
やがて覚悟を決めるようにコホンと小さく咳ばらいをして口を開く。
「以前に日本建築を味わうのが夢だった、と言ったが」
「はい」
「あれも嘘だ。いや、嘘というのは語弊があるな。日本建築の魅力はもちろんあるが、私にとっての本命は別なんだ。――私はアニメの本場である日本でコスプレがしたい」
そう言うと先生はジッと俺の目を見つめてきた。至近距離で視線が交錯し、思わず心臓が高鳴ってしまう。そして彼女は意を決したように口を開いた。
「そもそも私が日本に興味を持ったのは、アニメがキッカケなんだ」
そう語り始めたアシュフィールド先生は、昔を思い出すかのように遠くを見つめ始めた。
「私の両親は厳格な人でな。テレビをあまり見させてもらえなかったんだ」
だけど友人の家で見た日本のアニメに、幼い頃のアシュフィールド先生は心を奪われてしまったそうだ。
その時に見たのが日本を舞台にしたファンタジーのアニメーション作品だったとか。
「私が最初に覚えた日本語は『湯屋』だったよ。主人公の少女が突然異世界に飛ばされて、家族を取り戻すために奮闘するストーリー。あれは非常にドラマティックで最高だった」
異国の文化は最初こそちょっと難しくてよく分からなかったらしいけど、当時の先生にとってはすごく魅力的に映ったそうだ。
「最初は吹き替えの映像作品ばかり見ていたんだが、原作ではどんな表現をされているのか興味を持ってな。日本マニアの友人にせがんで、いろんな作品を借りたよ」
そんな日々を過ごすうちに日本文化を学び始めた先生は、映画だけではなくあらゆる媒体に触れるようになった。
たしかにそこまでどっぷりハマれば、原作の小説や漫画にも興味を持つだろうなぁ。俺も魔法使いが学校に通う映画を観て、原作の本を買うようになったし。
あれはたしかイギリスが舞台だったっけ? なら俺は先生と逆パターンだな。
「なるほど、だからアシュフィールド先生の喋る日本語は異様に上手かったんですね」
「オタク趣味が高じて第二言語をマスターしたとは、さすがに言い出しづらくてな」
「まぁ……その気持ちは分からなくもないですけど」
実際、オタク趣味を打ち明けるって中々勇気がいるし。俺だってコスプレ趣味を誰かに知られようものなら、きっと恥ずかしさで悶絶してしまうだろう。
ひとり納得してウンウンと頷いていると、饒舌さを取り戻した先生がコタツから身を乗り出してきた。
「堂森、お前だって好きな漫画くらいあるだろう? ほら、ゴム人間とかセーラー服の少女モノとか……」
「まぁ、小さい頃から読んではいましたけど」
先生はまるで教師が生徒に授業をするかのように訊ねてくる。俺は素直に頷いた。
するとアシュフィールド先生は急に真顔になると――。
「なら一度はキャラクターになりきりたいと思うだろ」
「なんで!?」
ちょっと何言ってるのか分かんないですよ!?
「憧れのコスプレを体験してみたいと夢見る少年少女の気持ち、お前なら分かるだろ?」
「無いですよ! 理論が飛躍してますって先生!」
確かに小さい頃、ヒーローになりたいという願望はあった。
だからその気持ちは少し分かる。共感できる。だけどそれとこれとは別だ。
すると先生は突然立ち上がると、俺の隣に座ってきた。そして俺の手を取ると優しく握りしめてくる。その仕草があまりにも自然で一瞬ドキッとしてしまったのだが――次の瞬間にはゾッとした悪寒が走った。
なぜなら彼女は獲物を捕らえた肉食獣のようにギラリと眼光を輝かせていたからだ。
「堂森……頼む」
「な、何をですか」
先生は妖しい笑みを浮かべながら顔を近づけてきたかと思うと――耳元で囁いたのだ。
「……コスプレをした私を撮ってくれ!」
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