第36話 映画館デート①


 彼女のその言葉に思わずドキリと心臓を跳ねさせてしまう。


 だけど平静を装いながら、俺は呆れた口調でこう言った。


「教師と生徒がそんなことするわけないでしょう」


「えー? ケチだなー堂森は。外国じゃ男がエスコートするのが当然だぞ?」


「ここは日本ですから。それに俺たちの身長差も考えてくださいよ。同じくらいの背格好なのにイキってエスコートなんてしたら、俺がダサく見えちゃうじゃないですか」


「私は背なんて気にしないがなー。ま、ここは堂森を立てるとするか」


 そう言ってぷぅーっと頬を膨らませるアシュフィールド先生。その仕草が子供っぽくて可愛らしいのだが、素直に褒めると調子に乗りそうだから言わないでおこう。



 その後俺たちは売店で飲み物や軽食を買い込むことに。


 映画と言えばやはり、定番のポップコーンだ。俺はバター醤油味が好きなので、カップで購入。勿論、相棒はコーラだ。


「そういえば先生は何味が好きですか……えっ?」


 商品を受け取りながら、アシュフィールド先生にそんな質問をする。


 だが隣の列で会計をしていた先生を見て、俺は唖然としてしまった。



「ん? 私はキャラメルだな! あとホットドッグも外せないし、〆のチュロスも絶対に買っている。……なんだ、その顔は」


「いえ、そのバケツに入ったポップコーン。ファミリーじゃなく一人用で買ってる人を初めて見ました」


 ていうかそれ全部買ったんですか先生。両手に抱えきれないほどの食べ物を持った姿は、周囲の注目をかなり浴びている。


「それにビールまで……」


「何を言うか。今日は完全なプライベートだぞ。休日に好きに酒を飲んで何が悪い」


 それはそうなんですけど……この人も大概自由だな。



 その後俺たちは劇場に足を運び、指定の席に着くことに。


 俺たちが取った席は中列の真ん中……ではなく、通路側の席にした。


 なぜかって? 長身の先生が座ると、どうやっても頭が飛びぬけて後ろの人が見えなくなるからだ。


 もちろん、これは俺が言いだしたのではなく、先生からのオーダーで。実際、周囲は家族連れが多く、俺たちはかなり目立つ。あらかじめ言ってもらえて助かった。


 (先生って本当に周囲に気が回るタイプなのか、そうじゃないんだかよく分からない人だな……)


 そしてこの劇場はカップルシートなるものが導入されているらしく、隣同士の肘掛けが収納できるようになっているようだ。



「ふむ……これがカップルシートというやつか。思ったよりも狭いな」


 そう呟くと先生は俺が肘掛けに置いた腕を掴み上げると、さっさと肘掛けを収納してしまった。しかもグイグイとこっちの領域に迫ってくる。


 いや狭っ!? しかも胸が腕に当たりまくってるんですけど!?


「なななな、なにしてんですか!?」


「ふふん♪ いちいち反応するな、童貞じゃあるまいし」


「俺が童貞かどうか、なんで先生に分かるんですか……あ、いや弁明はやめときます。なんだか墓穴を掘りそうなんで」


 あんまり自分のことを話すと、要らんことまで言ってしまいそうだ。



 気を取り直して上映開始前の予告に集中する。……のだが、隣の人がどうしても気になる。


 なぜなら、その人物がずっとポップコーンをモシャモシャ食べているのが視界に入ってくるのだ。


 しかも彼女が買った食べ物の半分は、なぜか俺が持たされている。ペアシートにして肘掛けを収納したのも、俺に荷物持ちをさせるためだったらしい。ぐぬぅ。


 そんな心のモヤモヤを必死に抑え込みながら、上映開始を待つこと十数分後。いよいよ映画本編が始まったのだが――。



(えっ!?)


 開始してすぐに映し出されたのは、大きなスクリーンいっぱいに広がるベッドシーン。それも結構ディープなやつ。


(れ、恋愛映画と間違えたのか? いや違う、ちゃんとタイトルは恐竜映画の続編になってるし……)


 暗がりの中、こっそり映画のチケットを見直す……が、合っている。上映ホールも間違っていない。だがこれではまるで、ポルノ映画のような展開だ。


 グイグイっと腕を押された気がする……?


 ちらっと視線を横に向けると、真っ赤になった先生の顔が視界に入った。それは鼻の穴が膨らんでフスフス言っている。え、なにしてるのこの人?



「あ、あのー。アシュフィールド先生?」


 小声でそう問いかけるも先生はスクリーンに夢中なようで返事が無い。それどころかホットドッグを大きく頬張った瞬間、何かに気付いたのかゴフッとむせ始めた。

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