第35話 インテリ助教授と○○デート
「え? 嬉しい報告がある?」
12月も中旬となり、そろそろ雪がちらつく都市が増えてきたころ。
俺は先日の御礼を兼ねて、アシュフィールド先生の研究室を訪れていた。
「うむ。実はあの一件でトラウマが解消できたのでは、と思ってな。あらためて原因となった映画を観てみたのだ」
先生は少し照れくさそうにクッキーを齧りながらそう語る。
ちなみにこれは、俺が手土産で持ってきた陽夜理特製のチョコチップクッキーだ。
サクサク食感とほろ苦い味付けで、先生の好きなコーヒーにはピッタシなオヤツといえる。結構な量を持ってきたのだが、すでに大半はアシュフィールド先生の胃の中に入ってしまった。
前に家で食事をした時から思っていたけど、この人はかなりの大食いだ。いったいこの細い体のどこに吸い込まれていくんだと思うが……まぁ胸だろうな。栄養が全部そこに集約されていそうだし。
「……なんだ、何か言いたげな顔だな堂森ィ?」
「いえ、なんでもないです。それで? 久しぶりに観たその映画はどうだったんです?」
キリリッとした顔で睨まれるとメチャクチャ怖いので、さっさと話題を戻すことにする。先生はクッキーを口に放り込み、コーヒーをグイッと飲んでから大きくため息をつく。
「……ったく、お前も男の子というわけか。まぁいい。その映画だが、今見てみると結構面白くてな。幼き頃に感じた恐怖心は不思議と薄れていたよ」
「じゃあトラウマが解消されたってことですか?」
「あぁ……もちろん完全に怖さが消えたわけではないが、普通に楽しむことができた」
不敵な笑みでそう言うと、先生は再びクッキーを口に運んだ。
よかった、トラウマが解消されたようで。まぁ俺にできることはこれくらいしかなかったし、それで少しでも先生の心が楽になったのなら嬉しい限りだ。
「それでなんだがな堂森」
「はい?」
すると彼女はなにかを期待するような表情で俺のことを見つめてくる。俺はそれがなんだか分からず首を傾げたのだが――……。
「あの映画の続編が近々公開されるそうなんだが……そのぉー……」
少し頬を赤らめるアシュフィールド先生。その様子を不思議に思いながらも、俺は彼女の言葉の続きを待っていた。
(ん? なんでこのタイミングでモジモジするんだ?)
そうして恥ずかしそうに俯いてしまった彼女に声を掛けると、なぜかキッ!と睨みつけられてしまったので仕方なく待つことにした。
「もう、察しが悪いな! そんなんじゃ女を満足させることはできんぞ!?」
「いや、なんですかその無茶苦茶な理論は。……というか、急に怒りだしてどうしたんです?」
「うるさい! 私はただ、その……」
そこでアシュフィールド先生は言葉を詰まらせてしまう。よく見ると彼女の指先は震えているようで――……。
(もしかして……いや、もしかしなくても……)
俺が何も言わずにいると、先生はバッと顔を上げて叫ぶようにこう言ったのだ。
「い、一緒に観に行ってくれないかッ!?」
◇
そんなことがあってから数日後の日曜日。俺と先生はお目当ての映画が上映されている劇場に足を運んでいた。
なんでもこの続編となった映画は大変な人気らしく、すでに多くの客がチケット売り場に並んでいた。
あらかじめ俺がネットで席を予約し、現地集合という形を取ったのだが――。
「へぇー、すごい人気ですね」
「うむ、先行試写会での評判がネットで話題になっていたしな。席を予約していて正解だったよ」
今日の先生の恰好は、ジーパンに白いパーカーというカジュアルスタイルだった。
普段の先生はスーツに白衣を着ているから、こういう普通の恰好をしているとなんだか新鮮だな。
あとなぜかは分からないけれど、スーツケースを持っている。……映画にスーツケース?
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
あと一番気になるのが、周囲の視線だ。すれ違う人みんなが先生を見ていく。それも老若男女、問わずだ。
いや、正確に言えば女性は彼女の美貌に目を奪われ、男性は胸元に視線が吸い寄せられていく。
俺も男だから釘付けになってしまうその気持ちは分かる。俺もついつい見てしま――……。
「堂森?」
「さて、チケットを交換しに行きましょうか!」
慌てて視線を逸らすも今度は彼女からジト目で睨まれる羽目に……早くこの話題からは離れたほうが良さそうだ。
(それにしても……)
チケット売り場周辺を見渡してみると、俺と似たような年代や学生らしき子たちも多い気がする。それだけ人気があるってことなんだろうけれど、どうにも若いカップルが多い。
……と思ったら、どうやら今回見る映画とは別で人気恋愛漫画の実写化が上映開始しているらしい。うぅん、なんだか場違いな雰囲気だ。
「キョロキョロしてどうしたんだ堂森?」
「いえ……俺たちって周りからどう見られているのかなって」
「ど、どうとは?」
それはもちろん、どういう関係に思われているかってことだ。
(教師と生徒? いや、休日とはいえ外で会っているわけだしな……)
少し考えた俺はゾワゾワッという悪寒を感じ、すぐにそれを振り払う。
俺には華菜さんが居るんだ、変なことを考えちゃいけない。華菜さんは「私以外にも沢山遊んで良いのよ?」なんて言っているけど、俺は一線を越えるような不誠実はしたくない。
先生とこうして一緒に出かける機会なんてこれっきりだろうし、今日の目的は映画だ。普通に楽しんだほうが賢明だろう。
なので俺はもう余計なことを考えるのはやめにして彼女のあとをついて行くことにしたのだった。そんな俺のことを見ながら、アシュフィールド先生は含みのある笑いをこぼしていた。
「やはりカップルで観にくる客も多いな」
「みたいですね……」
おそらくはあの学生たちもカップルなのだろう。俺たちとは違って、デートに映画を選ぶあたりが高校生らしいというかなんというか……。
「なぁ堂森よ」
ブースでチケットの交換を済ませ、俺の隣を歩いていたアシュフィールド先生がニヤりと笑った。
「……私たちも手を繋いでみるか?」
彼女のその言葉に思わずドキリと心臓が跳ねた。
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