第30話 金髪と金言


「この調子なら、なんだかイケる気がするぞ?」


 先生はすっかり爬虫類に慣れたようで、元のテンションに戻ってきた。


 アシュフィールド先生の右手と左手には、亀のステイサムとロック様がそれぞれ大人しく鎮座している。ついに2匹揃って夢のスーパーコンボだ。



「それじゃあ次はフトアゴヒゲトカゲのマドレーヌを触ってみますか?」


 そう言って俺は先ほどエサをやり終えたトカゲをゲージから取り出した。


 オレンジ色の体躯のフトアゴヒゲトカゲ――通称フトアゴは愛嬌のあるクリクリとした黒眼で先生を見つめる。


「うっ、それはまだちょっと……今日のところは眺めるだけにしておくよ」


「そうですか? まぁ少しずつ慣れれば良いと思いますよ」


 それに今日だけでも亀に触れるようになったんだ。大きな進歩だと言えると思う。



「キミは優しいな……」


 少し寂しげに笑いながら、先生は言った。


「え? いや別に優しくはないですよ? 俺は単純に生き物の豆知識を布教するのが好きなだけですから」


 そんな俺の言葉に、先生はチッチッチと指を振ってみせる。そして得意げに言い放つ。


「それは優しいんだよ。小さな生き物を慈しむことは心を穏やかにするからね」


 ……なるほど? そう言われるとそんな気もしてきたぞ。



「そういえば堂森」


「はい?」


 大事そうに2匹の亀を抱えた先生がトカゲたちをジッと見つめながら訊いてきた。


 何か気になることでもあるのか?

 そう思っていると――……。



「さっきは敢えて言葉を濁したんだが……。妹の陽夜理くん……だったか?」


「ヒヨリがどうしました?」


 てっきり生き物の話だと思っていた俺は、予想外の名前が挙がったことに少し驚きながら答えた。


「あの子にこの宿での接客を教えたのはキミか?」


 接客? あぁ、さっき陽夜理がお茶を運んできたことを言っているのか。

 何か思うところでもあったのだろうか?


 少し考えたものの、別に隠すようなことでもないので正直に返答する。



「いえ、俺は特に。ヒヨリの接客がどうかしたんですか?」


「うん、まぁ……そうだな。なんて言えばいいだろうか」


 先生は何やら歯切れが悪そうだ。なんだろう?そんな俺の疑問をよそに先生は続ける。


「堂森は私の研究室に相談しに来たとき、言っていたよな。自分は民宿を継ぐか、教職を目指すかで悩んでいると」


 それはたしかに言った。

 授業以外で話したことはほとんどなかったはずなのに、ズバズバと俺の問題点を指摘してもらったっけ。


 おかげでだいぶ悩みは解消された気がするけれど……それが妹とどう関係が?



「なら教えて欲しいんだ。なぜキミの妹は誰も教えていないのに、あそこまで自然な接客ができるんだ? 聞けばまだ小学生だと言うじゃないか。……堂森は不思議に思わなかったのか?」


「…………」


 たしかに言われてみればそうだ。


 まだ営業を再開していないから実際に接客した経験はないが、それなのに陽夜理はさぞ当たり前のように接客していた。



「私もそこまで日本の細かいマナーに詳しいわけじゃないが、少なくとも不快感を与えるような仕草はしていなかったぞ。彼女、相当勉強したんじゃないか?」


 他にも先生は家の中を案内されている間に、細かい気遣いを受けたらしい。歩くスピードや話のテンポ、男の俺ではうといアメニティの説明など、どれもが一朝一夕では身に付かないスキルだそうだ。


 キミは気づいていないかもしれないが、根底には相手を思いやる心がなければ成り立たないものばかりだ……と先生は言う。そしてそれは俺が居たからこそ身に付いたのだと。自己犠牲だらけでボロボロになっていく兄の背中を見て、何か思うところがあったはずなのだと。


 先生はそう言って首を傾げながら俺に視線を向けてくる。まるで俺の胸の内を探るかのように。



「あの子だって自分なりにお前を支えようと考えて、努力をしてきたんだと思う」


「ヒヨリがそんなことを……」


「……堂森。お前はお前で悩みを溜め込んで苦しんでいただろうけどな。妹がどんな想いを抱いているのかキチンと聞いてやれ。たったひとりの残された家族なんだろう?」


 頭をハンマーでガツンと殴られたような気分だった。俺は自分の将来に悩むばっかりで、大事な家族のことを何も考えていなかったのだ。


 いや、むしろ心配を掛けるようなことばかりをしていたように思う。



「あとで少し……妹と話してみます」


「あぁ、絶対にそうした方が良い。先生との約束だぞ?」


「ははは、分かりました」


 なんて情けない兄貴なんだ。妹のためだなんだとクヨクヨ悩んで、自分だけが可哀想な境遇の人間みたいに思いこんでいた。あの子だって小さい体で立派に考えて生きている。もっと兄として――……。



「それともうひとつ」


 まだあったのか? これ以上俺のダメ兄貴ぶりを暴かれるのは勘弁なんだが……。


「ずっと扉の隙間から私を睨んでいる人物が非常に気になっているのだが……」


「……え?」


 慌てて振り返ると、部屋の扉が僅かに数センチ開いていた。


「華菜さん、なにやってるんですか」


 ドアを開けると――……そこに居たのは華菜さんだった。


 彼女はなにやら気まずそうにモジモジしている。耳まで赤くなっているのが可愛らしい。なんだか初恋相手の男の子の部屋に初めて遊びに来ましたみたいな初々しい反応だ。


 そんな彼女の様子を不思議に思っていると、やがて意を決したように話し始めた。


「だ、だってソーゴくんが悪いんだよ? いくらお客さんだとはいえ、女性と二人っきりで密室に入っていくから……その、なにしているのか気になっちゃって」


 え、まさかそれって。思わずゴクリと唾を飲み込む。もしかして俺たちを盗み見していたのか? しかもそんな理由だけで!? この人も大概、マジメっていうか恋愛に免疫がないっていうか……。


 華菜さんは少し怒ったように続ける。


「私より美人だし、若いし、胸だって大きいし。ソーゴくんはそういう人の方が好みなのかなって思ったら、居ても立っても居られなくって……」


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