第29話 スーパーコンボ
俺の趣味であるアクアリウムが、まさかそんな評価を貰うなんて。
「そうだな。芸術に興味が無くとも本当に生物の道に進むのなら、キミは自然や植物……あらゆる生物にも詳しくなるべきだ」
「あ~……それは、ちょっと考えてなかったですね」
たしかに幅広い視野を持っていた方が良いのは理解できる。
「そうだぞ。生物を極めようというのなら、探求する対象で好き嫌いをしてはいけない。むしろ人生のすべてが学びとなると考えておけ」
そんなアシュフィールド先生の言葉を受けながら、今度はとある生物の部屋へと向かった。
「こっちは爬虫類がメインですけど、それぞれ種類ごとに部屋を作ってあります……先生?」
部屋には爬虫類や両生類用のゲージがある。温度管理が必要なので、他の部屋よりも少し温度が高く、湿度も少し高めだ。ペットとして人気の高いフトアゴヒゲトカゲをゲージから取り出しながら後ろを振り返ると、目を見開いたまま硬直している先生の姿があった。どうしたんだ? なんか顔色もヤバいんだけど!?
「と、とととっととととと」
「え? どうしたんですか動画再生中にバグったパソコンみたいな音が出てますよ先生」
「む、むむむむり! 無理なんだ!」
「いや、何がですか?」
全長50センチほどのトカゲを抱いたまま近寄ると、先生の口から聞いたこともない「ひぃ!?」という変な悲鳴が出た。
先生は部屋から出ようとふらふらと歩いていくと、ふと足を止めた。そこには体長15cmほどの亀が入れられているケージだ。
「こ、これは……?」
「あ、それはミドリガメです。今じゃ規制でアレコレ厳しいですけど、昔からペットとして人気ですよ」
今度は手のひらサイズの亀をゲージから取り出しながら言う。すると先生がヒョイと勢いよく後ろに飛びずさった。
え、これも駄目なの?
「先生、ついさっきまで好き嫌いはダメって……」
「それとこれとは別! 本当に怖いんだって!」
こわい? どこが?
こんなに可愛いのに……。
「そんな怖がらなくても、指でも差し出さなきゃ噛んだりしませんって」
「……ぬぅん!」
変な呻き声と共に、先生は両手で大きくバッテンを作る。断固拒否の姿勢らしい。
「もう、大声出さないでくださいよ先生。亀がビビッて頭を引っ込めちゃったじゃないですか」
「む、むぅ……すまない」
先生は申し訳なさそうに眉を下げる。爬虫類はどうやら本気で苦手らしい……。
いや俺も別に苦手な人に無理やり勧めるようなことはしないけども。
「なぁ堂森……この亀にも名前を付けているのか?」
先生は真剣な面持ちでそんなことを訊いてきた。いきなりどうしたんだろう?
「ええ、もちろん付けてますよ? ステイサムです」
「え?」
「ステイサム。もう一匹はロック様です」
「なんだその筋肉ムキムキでむさ苦しそうなネーミングは」
先生の目が点になる。あ、やっぱり映画俳優のイケてるハゲたちから取ったってバレたか。
「他の子たちはオハギやチョコなのに……」
「あぁ、それらは全部ヒヨリが考えましたからね。だけどこの亀たちは元々の飼い主がそう名付けていたので」
映画好きの人が致し方ない理由で手放したので、引き取った後もそのままの名前で飼っているのだ。
「それにしても、どうして先生は爬虫類が苦手に?」
ステイサムの甲羅を撫でながら先生に訊ねてみた。
「……んだ」
「え? なんですか?」
俯いてボソボソと喋っているせいで、全く聞こえてこない。
心なしか声も震えている。
「小さい頃に観た恐竜映画で、鱗がある生き物が苦手になったんだよ……!!」
「えぇ……まさかの理由……」
そんな可愛らしい原因でトラウマになっていたとは。
「人が次々と喰われていく姿に、わんわん泣いてな……私はそれ以来、爬虫類がダメになったんだ!」
「恐竜映画って……それはトラウマになりますね……」
というか、先生って実は意外とお子様? そんなことを考えていると――……。
「堂森には分かるまい! 逃げ惑おうとどこまでも執拗に追いかけ、あのギザギザの牙にガブリと貫かれてしまう恐怖を……」
ガオー、と手で引っ掻くようなポーズでこちらに襲い掛かるアシュフィールド先生。
その顔は子供のようで、とても可愛らしい表情だったので、思わず笑ってしまった。
「いや、ちょっと分からないです……すみません」
「コホンッ!……失礼した」
先生は少し気まずそうに咳払いすると、「だが……」と前置きをしつつ再び話し始めた。
「その、なんだ……。こうしてキミが可愛がる光景を見ていると、興味が湧かないと言えばウソになる」
先生は照れくさそうにそっぽを向きながら言った。
「あぁ、なるほど……ならトラウマの治療を兼ねて、少しずつ慣れないか試してみます?」
本当に駄目ならすぐに止めることにして、俺はステイサムとロック様をケージから取り出した。
トカゲは恐竜っぽい見た目だし、動きも機敏だ。全然違うフォルムで、逃げ足以外の動きは遅い亀から慣らしていこう。
「ほら、この子たちって可愛い顔してるじゃないですか」
「む……。だがやはり怖いな……」
先生はステイサムたちと目が合わないようにチラチラと視線を逸らしながら言う。
ちなみに亀の瞳孔は長方形だ。これによって広い視野を得ているんだとか。
「ほら。頭は俺の方に向けているので、後ろからなら安全に触れますよ」
「うぅ~……」
しばらく手を出したり引っ込めたりする時間があったが、そのうち勇気を出して人差し指をちょん、と触れさせた。
「や、やはりヒンヤリしているな」
まぁ変温動物だしね。周囲の気温に合わせて体温が変わる。
うちではゲージの中にある温かい水辺の中で泳がせているが、川とかに居る野生の亀は冬眠したりする。
温度管理を気を付けないと、冬眠したまま起きてこなくなってしまう場合もあるので注意が必要だ。
「ちなみに冬眠ではなく、夏眠する亀もいるらしいぞ」
「へぇ、そうなんですか?」
「あぁ、暑すぎると逆に代謝を落とすために休眠するんだ。まぁ日本ではあまり見ないかもしれないが、ここ数年の夏は異様に暑いからな。飼育するなら堂森も気を付けた方が良い」
さすがはアシュフィールド先生助教授だ。苦手な爬虫類でも、知識はちゃんと身に付けているらしい。好き嫌いをしないというのは有言実行していたんだな。
背後に何者かが居ると気付いたんだろう。ステイサムのツルツルな頭がうにょ~と後ろを向き、ドヤ顔をしていた先生の顔が再び引きつった。
「こっ、こら! こっちを見るな!」
先生はビクッと体を硬直させると、小さな声で言った。指先はステイサムの甲羅をツンツンと突いている状態だ。決して強く触れようとはしない様子は見ていて微笑ましいものがあるな……。
しかし美女に体を突かれるってどんな感覚なんだろう。
すると先生は指先を離さぬままじっと動かなくなり――……次の瞬間、突然顔を上げたと思ったらこう言ったのだ。
「ところで日本では男性器のことを亀の頭に例えると聞いたが」
「緊張感を紛らわすために、いきなり下ネタをぶっ込んでくるの止めてくれます?」
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