第28話 ふわふわもふもふタイム


 客室の襖を開けると、縁側の向こうに人だかりが出来ていた。いや、正確には中庭に集まった動物たちだ。犬や兎、鶏などのモフモフがあふれ返っている。


 そして中心には砂霧親子が慌てた様子で立っていた。



「あ、騒がしくしちゃってすみません。この子たちにオヤツをあげていた所でして――」


「ヒヨちゃんが居ないと、みんな言うことを聞いてくれないの! あっ、駄目よチョコ! 私のスカートの中覗かないで!」


 みんな興奮した様子で、2人の持っているオヤツを奪い取ろうとしている。


 たしかに陽夜理が居れば大人しく待っていられるのだが、今日はアシュフィールド先生の接待をしてくれていたから……。



「な、なぁ堂森……」


「あぁ、どうぞ先生。触ってあげてください。シロミたち……鶏は興奮するとつついてくるので、それだけ注意してくださいね」


 アシュフィールド先生は腕に抱いていたオハギを地面に下ろすと、手をワキワキさせながら縁側から庭へと出た。


 そして思いっきりシロミをモフり始める。



「おおぉー! これが噂のもふもふか! 鶏を触るのは初めてだが、想像以上にすごいふわっふわなんだな!」


「ふふっ、手触りは滑らかなのに柔らかいんですよね。先生、こちらの野菜の切れ端をどうぞ」


「おぉ、お気遣いありがとう。これは大根の葉っぱか? おおおっ、つつき始めた!」


「こっちのサークルゲージにはウサちゃんたちもいますよー!」


 女3人でワイワイとモフモフタイムが始まった。


 いや分かるよ? 俺も動物好きだけど、特に毛のある動物はたまらないからな……。



「……ふふっ」


 そんな様子を眺めながら、俺は思わず笑みをこぼした。なんだか仲が良い家族みたいだなぁ……と、そんなことを思いながら。



 ◇


「もうこんな時間か……。楽しい時間はあっという間だな」


 窓から見える空が茜色に染まる頃、アシュフィールド先生は名残惜しそうに言った。


 けれど彼女の表情は晴れやかで、心なしか表情が柔らかくなった気がする。楽しんでくれたんだな……と俺は心の中でホッとした。



「今日は海猫亭に泊まるんですよね?」


「あぁ、宿の女将さん直々の料理も楽しみだしな」


 女将、というのは陽夜理のことを言っているのだろう。というか板長兼、女将だ。


 実際には華菜さんたちも手伝うし、正式なリニューアルオープンはまだなので、先生もお客というわけじゃないんだけども。



「ウオミー……先生もご存知の魚住から紹介してもらった魚屋がありまして。そこの新鮮な魚介類です。もちろん、それ以外の食材も美味しいですよ」


 もうすでに受け入れ態勢は整っていることを伝える。


 するとアシュフィールド先生は嬉しそうに頷いたかと思うと――……。


「そういえばモフモフ以外にも動物が居るんだろ? せっかくだから全部の生き物を堪能しておきたいな」


「もちろん良いですよ! じゃあ夕飯の支度が済むまでそちらに行きますか」


 さすが生物学の助教授なだけあって、動物に興味津々みたいだ。


 授業では解剖なんかもするんだけど、基本的には可愛がる方が好きと言っていた。


 兎のキナコたちを部屋に戻しつつ、ウオミーも気に入っていた水槽の部屋へと案内する。



「うおっ!? これは凄いな」


 部屋に入ってまず驚いたのは、部屋の半分以上を占める水槽だった。


 彼女の周囲には大型の熱帯魚が数匹泳いでおり、水草や流木で作られた岩場では色とりどりのネオンテトラたちがキラキラと輝いていた。


 まるで宝石箱の様な空間の中央にはサンゴも置かれているせいで、より一層水族館めいた雰囲気になっている。



「水槽はそんなに大きくないですけど、熱帯魚が中心に入っています。中には俺が釣ってきた魚なんかもいますが」


「これだけの水槽を維持するのも大変だろ? エアレーションにエサの管理。あとは温度か。淡水魚ならまだしも、塩分濃度の管理が必要なのもいるだろう?」


 アシュフィールド先生が興味津々で訊いてきた。


 彼女はさっきもそうだけど、生物学的な観点から生態を知りたがる傾向にあるからな……。俺は愛想笑いで誤魔化しつつ答える。


「そうっすね。まぁ海の魚はあくまで釣ってきた魚を一時的に入れているだけですけど」


 分類的には汽水魚ってのもいる。これは川の淡水と海水が混ざり合う領域に住んでいる魚たちのことで、一定の塩分濃度があった方が良い。


 そんな答えに満足したのか、先生は子供のように目をキラキラさせていた。


 そんな様子を見て思わず苦笑しつつ、俺は部屋の照明を消した。そして今度は水槽の照明を付けてやると――……。



「おお! キレイだな……」


 魚たちが反射する青や銀の光が部屋を幻想的に染め上げた。


「はぁ~、癒されるぅ~」


 隣でアシュフィールド先生が蕩けきった表情をしていた。クールな見た目の彼女がそんな顔をするものだから、なんだか見てはイケナイものを見てしまった気分だ……。



「アクアリウムやテラリウムといった、魚以外の部分でこだわるのが流行なんですよ。俺も水草とか小石で海を表現したり、滝みたいに水を流したりして作ってますけど」


「そうだな。確かにこういった鑑賞用の水槽は華やかで綺麗だ。絵画を描くような芸術性がある……」


 アシュフィールド先生はスゥーっと肺に空気を入れると、一気に吐き出した。


「堂森……キミはアートの道もありなんじゃないのか? 感性が良いというか、自然の美しさを忠実に再現している」


「えっ?」


 予想外の言葉に驚いてしまった。

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