第27話 冬のコタツで丸くなる


「ここが先生の宿泊する部屋になります」


「ほぅ……これは素晴らしいな!」


 我が海猫亭を訪れたアシュフィールド先生。さっそく俺は先生を客室へと案内した。部屋の中では和服姿の陽夜理が出迎えてくれる。



「おぉ、これがジャパニーズ侘び寂わびさび!」


「いや、なんで日本語ペラペラなのにそこだけ変なカタコトなんですか」


 コートを俺に預けた先生は、さっそく畳張りの部屋に腰を下ろす。


「何を言うか。それとこれとは別だろう? あえて国境という壁を意識してこそ、こんなに素晴らしい異国情緒を堪能できるのだ!」


「は、はぁ……そうですか」


 そんなことを熱く言われても。ていうか、日本に慣れ過ぎて本当に外国育ちなのか疑わしいほどなんだけど。


 そしてアシュフィールド先生は客室の中央にあるコタツで寛ぎ始めた。


 彼女のリクエストで、コートから赤いちゃんちゃんこ姿へ。さらにテーブルにはミカンと、濃い目のお茶が並べられ。そして猫のオハギを膝の上に乗せて愛でている。


 なんでもこの古き良き日本のシチュエーションに憧れがあったんだとか。



「日本に来て、各地の温泉地を巡ってみたんだけどな。どこも格式というか、良い意味で緊張感のあるところばかりだったんだ」


「あぁ、たしかに。女将さんとかもいるし、マナーとか気にしちゃうかも?」


「それに比べると、猫と一緒に和室で寛げる宿なんて最高じゃないか」


 ニコニコしながら猫のオハギのお腹をスリスリする先生。心なしか、オハギもゴロゴロと鳴いて嬉しそうだ。


 ていうかアシュフィールド先生の見た目は全然日本人じゃないのに、妙にサマになっているんだよな……。



「あぁ。ここの宿の居心地は最高だ。まるでイギリスの実家に居るような安心感がある」


「そう言ってもらえると嬉しいですけど、さすがに大げさですよ?」


「いや、実際に寛げる空間になっているよ。施設や動物たちのおかげもあるが、これは間違いなく……キミの人徳だろうな。なぜだか人を安心させるオーラがある」


 コタツ越しに俺を見つめる先生の青い瞳はなんだか優しかった。


 俺は照れを隠すようにお茶を飲むと、ふぅと息を吐いた。



「……俺の人徳じゃないですよ。きっと民宿のみんなが協力してくれたおかげでしょうね」


「それもあるかもしれないが……やっぱり一番は君自身の魅力だよ。堂森は凄いぞ?」


 そう言って微笑む先生を見て、俺は思わず視線を逸らした。


 ……褒められるっていうのはちょっと慣れないな。



「あの、一つ訊いてもいいですか?」


 この際なので、気になっていたことを訊ねてみることにした。


「そういえば先生って日本に住んで長いんですか?」


 さっきは全国の温泉を巡っていたって言ってたけど、今までそんな話を聞いたことがなかったからな……。


「ん? 来年で3年目だな」


「3年ですか」


 ってことはこの国に来てたった数年!?



「よくそれだけ話せるようになりましたね。俺なんて小学生から英語をやっているのに、全然喋れませんよ」


 授業レベルの英会話と読み書き、それだけだ。そもそもイギリスじゃ日本語の授業なんてやらないだろうに。


「……ん、まぁ日本の文化が好きだったからな。夢中になって触れている内に、自然と覚えてしまったよ」


 えぇ……そういうものなのか?



「でも専攻は生物ですよね? 別に文系というわけでもなさそうですけど」


「あー、うん。それも趣味が高じた結果だ。それよりもこのミカン、すごい甘いな!」


 先生はパクパクとミカンを口の中へと放り込むと、カゴの中にある新しいミカンに手を付けた。


 あやしい。なんだか何かを隠しているのがバレバレだ。


 とはいえ、人には聞かれたくないこともある。むしろ己の過去の話題ならなおさらだ。俺だって根掘り葉掘り聞かれたら嫌だし……。



「さ、さてと! そろそろ動物たちが待っているんじゃないか? 見に行ってみるか」


「……ですね!」


 これ以上詮索するのは止めよう。先生には先生の事情があるんだから……。


 そんな俺の気持ちを察してか、先生は話題を変えるようにコタツから立ち上がった。そして猫のオハギを抱きかかえると「行くぞ」と声をかけて庭へ続くふすまを開ける。すると――……。


「おわっ!? なんだこれ?」

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