第25話 黄金色の光明


 俺は自分の母親のことを話した。


 昔から生き物と触れ合うのが好きだったこと。よく図鑑なんかを眺めていたこと。


 病弱で余り外に出れなかった母と、庭先に来ていた虫や猫と一緒に遊んでいたこと。


 そんな母親は人に動物の知識を広めるのが好きで、小学校の先生に憧れていたこと……。



「……へぇ、堂森のお母さんがねぇ?」


「当時の俺は『じゃあ僕が母さんの代わりに先生になる』なんて言っていたんです」


 そうしたら母さんは喜んでくれて……死の間際も、そのことを言ったら楽しみにしてるって言ってくれて……。


「だから自然と、将来は動物に関する仕事に就きたいって思ってました」


「なるほどな」


 先生は腕組みをして小さく唸った。


 その姿を見て、俺の心臓はバクバクと鼓動する。そういえば1人で勝手に話し続けてしまったけれど……大丈夫だったろうか?


 そんな心配をする俺を余所に、先生は話を続けた。



「堂森が教師になるのは母親の影響か。それも全然アリだと思う。だがな――……」


「は、はい」


「なぁ堂森。キミは何か大切なことを見落としているんじゃないか?」


「……え?」


 俺が見落としていること? そんなのあるはずがないと思うけれど……。そもそも大事なことってなんだ?



「堂森の……いや、お前たち家族のこれからについて、だよ」


「俺たちの……」


 どういう意味なのか分からずに首を傾げると、先生は言った。


「私はお前の恩師として忠告しよう。今のままじゃお前はきっと後悔するぞ」


「……え?」


「それは本当に教師じゃないとダメなのか? 母親の夢を引き継がなきゃいけない、父親の民宿を残さなきゃいけない……そんな強迫観念に囚われていやしないか?」


 先生の言葉に思わず驚きの声が漏れた。


「教師……じゃ、ない?」


「そうだ。教師になるのは、数ある選択肢の一つだってことだ。別に動物と関わる仕事なんて、いくらでもあるだろう」


 あ、れ……? 確かにそれは考えなかった。


 将来のことを考えるたびに、母さんや父さんとの思い出がチラついていた。そのせいで、教師か民宿かの二択でしか考えられていなかった。


 俺は不安そうな顔でアシュフィールド先生のことを見た。先生はそんな俺に微笑んで続ける。



「堂森のお母さんがお前の夢を聞いて喜んだのは、息子が立派な大人になることを想像したからだと思うぞ」


 あくまでも私の想像だがな、と付け加えてから、さらに言葉を続けた。


「堂森の人生は堂森自身が決めるべきだと私は思う。勿論、天国にいる堂森の両親はそれを応援するだろうさ」


 その言葉に思わずホッとする自分がいた。


 何を思い悩んでいたんだろう。俺は今まで敷かれた道を歩いてきたけれど、そこに俺の意志は無かったから……。



「だがまぁ、私にはどっちも叶える方法があると思うけどな」


「本当ですか!?」


 思わず前のめりになる俺。


 「あぁ、本当だ」と先生は得意げに頷いた。


「堂森の民宿には動物が沢山居て、触れ合うこともできるんだろう? だったら客にお前が紹介してやればいい」


 俺が動物の紹介……たしかにそれなら教師じゃなくてもできる。



「ふふっ。面白い宿じゃないか。そうだ、今度の土曜日に私も一度そこへお邪魔しよう」


 あっけらかんと言ってのけたアシュフィールド先生に俺は目を白黒させた。


 いや、たしかにそれは可能かもしれないけど……えぇっ良いのかそれで!?


 そんな俺の反応を見て楽しそうに笑うと、先生はビーカーに残っていた最後のビールをグイッと呷った。



「実際に見てみないと、実現可能かどうか分からんだろう? 私は責任感の強い人間なんだ。提案しておいて無理でしたー、では格好がつかない」


 先生は缶をグシャッと潰し、ゴミ箱に投げ入れた。


 そうしてデスクまで戻ると、引き出しから何枚かの用紙を取り出し、ペンを走らせていく。


 どうやら連絡先を教えてくれるらしい。先生好きのコータがこの事を聞いたら嫉妬で怒り狂いそうだな。



 ……ていうか何で俺に許可を取らずに勝手にスケジュールを組んでいるんだ?


 もし無理だったらどうするんだよ……いやまぁ別にダメってわけじゃないけど。



「さぁ、もうだいぶ時間を食ってしまったな。私はこれから会議がある。あとはそこへメールしておいてくれ」


 そんな俺の気持ちはお構いなしに、先生は机の書類をまとめて席を立つと、そのまま出口へと歩き始めた。


 部屋の外へ出る間際に俺は慌てて立ち上がり、その背中へ声をかけた。


「ま、待ってください。これから会議ですか!? お酒を飲んだのに!?」


 アシュフィールド先生の背中がピタリと止まる。そしてクルリと俺の方へ向き直ったかと思うと、まるでいたずらっ子のように微笑みながらウィンクした。


「ばかもの。あれはノンアルコールだ。仕事中に酒を飲む奴がいるか」


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