第24話 美人講師に人生相談?


 先生を訪ねてきた理由。


 それは単純に人生の先輩としてアドバイスが欲しかったからだ。


 授業で生物の担当ということも知っていたし、それに研究の為に大学内の研究室に居を構えているから相談しやすいと思ったんだ。



 だけど、いざ言葉にしようとすると上手く言えなかった。将来のことを相談するにあたって、親のことや家業のこと、そして家族のことをどうしても話す必要があったから。


 自分でも分かってる。

 本当はこんなこと、大学の教授に話すことなんかじゃないって。



「実は……」


 それでも話そうとしたのは、俺自身が誰かに聞いてほしかったからだと気付いたのは、全てを話し終えた後だった。


「……なるほど。それで家業を継ぐか、教師の夢を追うかで悩んでいると」


 話を聞き終えた先生は、赤縁のメガネ越しに意味ありげな視線を俺に送っていた。


 先生は決して急かすこともなく、俺の話をじっくりと聞いてくれた。俺が話に詰まることがあれば、質問で続きを促してくれたり、適度に相槌を打ってくれた。まったく、恐ろしい聞き上手だ。


 俺は妹の陽夜理にさえ言っていないような内心なんかも、洗いざらい喋ってしまった気がする。



「学内では塩対応で有名な私に、人生相談をする物好きが2人もいるなんてな。ふふっ、前に助言をしたゼミ生以来だ」


 すっかり冷えてしまったコーヒーをすすりながら、アシュフィールド先生はクツクツと小さく笑う。


 そのゼミ生というのはウオミーのことだろう。まぁあの人はちょっと変わってるから……。



「すみません、こんなつまらない話……」


「別につまらなくはないだろう? 世の中には駄作と呼ばれるフィクション創作話がごまんと溢れている。それに比べたら、堂森の経験は非常にドラマティックだ」


 「事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだよ」と溜め息交じりに言うと、先生はよいしょと立ち上がった。


 そして部屋の隅にある巨大な冷蔵庫を開け、ガサゴソと何かを取り出した。


 ――プシュッ。



「……え?」


 ちょ待っ……それって炭酸ジュース、じゃないですよね?


 先生は棚から300ccのビーカーを取り出すと、そこに黄金色の液体を注ぎ始めた。


 突然目の前で始まった奇行に、俺は思わず声を失う。


 え? あのド真面目なアシュフィールド先生が??


 驚きに固まる俺を気にも留めず、先生は白くて細い喉をゴクッゴクッと鳴らしながら黄金色の液体を胃の中へと流し込んだ。



「ほら、堂森も飲め。私の奢りだ」


「えぇ……?」


「若者のくせに頭の固いことを言うな。こういうときのための飲み物だぞ? リラックスできるだろ」


 新たにビーカーを取り出し、そこに注いでから俺に差し出してきた。


 戸惑っていると「んっ」と手を掴まれ、半ば押し付けられるように渡されてしまった。


 いやいや、アルハラ上司じゃないんだから……。


 バリキャリな仕事人間だと思っていたけど、本当は違うのか?



「ふぅ……。美味い」


 美味しそうに息をつきながら、恍惚の表情を浮かべるアシュフィールド先生。


 俺のためといいつつ、自分が飲みたくて飲んだのでは?


 そんな疑問を抱いている間にも彼女は話の続きを始めた。



「それで? 進路の話だったな」


 俺は手渡されたビーカーから目線を上げる。すると先生はビールをお代わりしてはまた呷っていた。


 さらにはデスクの引き出しからスナック菓子を取り出し、ムシャムシャと食べ始める。



「……はい。どうすればいいか、迷ってしまって。先生のことは先生に聞くのが一番良いかと」


 もはやこれじゃ研究室じゃなくて飲み屋だな。今は他に人が居ないからいいけれど、生徒や教授が入ってきたらどうするんだろう。などと少し思考がズレながら答える。



「堂森は二択だと思い込んでいるようだが、私はもっと柔軟に考えても良いと思う」


「……え?」


 ついには俺の持っていたビーカーまでかすめ取り、先生は再びゴクリと飲む。


 そしてプハッと小さく息を吐くと、俺の方へ向き直った。



「選択肢はもっと増えるということだ」


「それってどういう……」


「堂森、教師の仕事は何だか分かるか?」


 アシュフィールド先生はメガネをクイっと上げながら訊ねる。


 そんなの決まってるじゃないか。授業をすることだ。だけど改めて考え直すと答えは別にあった。俺はゆっくりと答える。


「……生徒を育てることですか? いや違うな……多くの人に知識を広めることとか?」


 ふふっと小さく笑った先生を見て、少し恥ずかしくなった俺は「難しいっすね」と頭を掻いた。



「まぁ答えなんて人の数だけあるだろうよ。こころざす先も無限だ。だが堂森が教師をしたいと思った根源はなんだ? 別に安定した収入が欲しいわけじゃないんだろ?」


「それは……」


 どうして教師になりたいと思ったのか、か。


「俺、小さい頃から動物が好きでした。実母もそうだったんです」

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