第10話 女賢しくて新たな性癖開発なう


「よし、こんなもんか」


 リビングのテーブルに食器がズラッと並び、中央の大皿にはハンバーグが山のように積まれている。人数が多い分、普段よりも随分と豪華な夕飯となった。


 そこへ頬をほんのりと赤く染めた風呂上がりの陽夜理が、完成した料理の匂いに誘われてやってきた。



「ごっはん! ごっはん! んん〜、いい匂い! 今日のご飯はハンバーグ~!」


 先程まで兄をクズを見るような目で睨んでいたはずなのだが、すっかり機嫌が直ったようだ。


 ハンバーグで釣られてしまう小学生。単純でかわいい。


 と、そこへ更に人影が。



「あら、相護さんがお料理をなさったんですか?? ふふふ、とても美味しそう」


 ――ゴクリ。

 そんな生唾を飲み込む音が、自分の喉から鳴った。


「どうしたの? そんなに私をジロジロ見て」


「え? あ、いや何でも……」


 陽夜理の後に入ってきたのは、華菜さんと美愛ちゃんだった。


 華菜さんには、Tシャツとデニムのショートパンツを着てもらっている。


 これは捨てられずにタンスの底で眠っていた、ウチの母さんのものだ。だけど母さんはスレンダーだったから……。



「あはは。この服、私にはちょっと小さかったみたいで」


 シャツを盛り上げるように膨らんだ双丘に、細過ぎず程よくムッチリとした色白な太もも。


 そして俺の脳を直接刺激するような未体験の甘い香りが、湯上りの華菜さんから漂ってくる。


 おかしいな、いつもウチに置いてある石鹸を使ったと思うんだけど。

 食虫植物に誘われた羽虫のように、フラフラと惹きつけられてしまいそうだ。



「それにこういう格好は久々で……オバさんにはちょっと恥ずかしいかも?」


 華菜さんはもじもじしている。

 頬を赤らめてイヤイヤする年上の美女、最高に可愛いです。それに三十代はオバさんじゃない、お姉様だ。



「ちょっと、人のお母さんをジロジロと見ないでよ」


 鼻の下が伸びていたのか、美愛ちゃんに怒られてしまった。


 淡々とした言葉遣いに、まるで氷水でも背中に入れられたかのような、ゾクリとした感覚が走る。


「お母さんに手を出したら……絶対に許さないんだから」

「そ、そんなことしないってば」


 ちなみに美愛ちゃんも、お母さんとほぼ同じ格好だ。だが少しサイズが大きいのか、肩の部分がずり落ちて華奢な鎖骨が見えてしまっている。


 シャツのすそも長いし、ショートパンツはほとんど隠れてしまっている。正直、下手な下着姿よりもエロい。目のやり場に困ってしまう。



「…………」


 逃げるようにサッと視線を逸らすと、陽夜理と目が合った。


「ひ、陽夜理さん?」


「……お兄ちゃん、さいてー」


 まるで道端に落ちているゴミを見るような、虚無の瞳。



「まったくもう……そんなんじゃ、結婚どころか彼女もできないよ?」


「いいんだ、陽夜理。お兄ちゃんにはお前さえ居てくれたら、それで」


「うぐっ、また都合の良いことを……仕方ないなぁ。そうなったら老後の面倒くらいはヒヨがみてあげる」


「陽夜理……!」


 やっぱり俺には陽夜理しかいない……!


 天使のような優しさに感動していると、今度はミアちゃんが驚いた表情でこちらを見つめていた。



「ヒヨちゃんって、意外にブラコン?」


「ちょっ、ミアお姉ちゃん!? ちがうよ、これはあの……」


「そりゃまあ、かけがえのない家族だからな。あぁ、それと俺のことはソーゴでいいよ。同じ家に住むんだから気軽に、な」


 あんまり年下に気を遣われても俺が疲れる。


 そう思って言ってみたのだが、当の美愛ちゃんは少し照れくさそうに「ソーゴ……。なら私はソーゴ兄さん?」と口をモニョモニョさせていた。


 ……ツンデレなのかな、この子。

 まぁ、仲良くしてくれれば呼び方は何だって良いけどな。



「同じ家に住むといえば、お兄ちゃん」


「ん、なんだ陽夜理」


「ふたりのこと……ヒヨも聞いた」


 そうだった。

 さっきはキチンと説明し終わる前に、怒って去られちゃったからな。


 するとススス、と華菜さんが横から来て、俺の耳元に顔を寄せた。


「厚かましいかとは思ったのですが。お風呂に入っている間に、私の方から大まかな説明とお願いをしておきました」


「え? あぁ、そうだったんですね」


「もちろん、ドロドロとした大人の汚い部分は省いてですが」


 ヒソヒソ声で話しながら、自嘲じみた苦笑いをこぼす華菜さん。



「ヒヨちゃんも何かを察してくれたのか、部屋をお借りすることを承諾してくれました。小学6年生とは思えない、とてもさとい子ですね」


 さすが俺の陽夜理。本当にできた子だわ。


 ていうか華菜さんも上手いこと説明してくれたんだな。おかげで説得する手間が省けた。



「ありがとうございます、華菜さん。気を遣っていただいて助かりました」


「いえ、私どもの為ですもの。これぐらいはしなくっちゃね?」


 それでも陽夜理を説得するのは骨が折れるからなぁ。


 さっきは土下座までしていたし。しかもそれを他人に見られて恥ずかしかったなぁ、と後頭部をポリポリ掻いた。



「もちろん、他にお礼もしますからね」

「……えっ?」


 驚きに顔を上げると、ニコニコとしている華菜さんと目が合った。


 そしてワザとらしく右手を頬に当て、チロリと舌舐めずりをする。赤い舌がエロティックだ……。


 ――って、これ。完全に華菜さんに揶揄からかわれてるよな!? まだ知り合ったばかりだけど、完全に俺を手玉に取っている。



 うぅむ、やっぱり計算高いんじゃなかろうかこの人。


 元旦那に騙され裏切られたとか言っていたけど、ぜんぶ嘘じゃないかと思うほどに。


 とはいえ――


「さて、そろそろ夕飯にしましょうか」


「ふふっ。そうね、もうお腹がペコペコ」


 不思議と嫌な感覚は無い。


 悪意を感じないというか、彼女はそうやって居場所を作ろうとしているだけなのだろう。すべては、娘である美愛ちゃんの為に。



 しかもその打算や目的を、華菜さんはまったく隠そうとしない。


 むしろ堂々と胸を張っているし、ある意味で清々しさすら感じられる。


 だから俺は受け入れよう。

 何故なら俺も逆の立場陽夜理の為ならば、他人をいくらでも利用するだろうから。いわば俺も華菜さんも、同族なのだ。



『お互いに協力し合いましょう』


『えぇ、自分の守るべき者のためにね――』


 これはある種の見えない契約だ。

 俺たちは笑顔で頷くと、視線で握手を交わすのであった。



――――――――――――――――――――

【ラノベでことわざコーナー】

女賢しくて牛売り損なう:女は賢くても目先に利にとらわれて大局を逃す、という意味。


今の時代にそんなこと言ったら大炎上ですけどね。


作者「インテリ美女に手の平で転がされるなんてご褒美なのに……(だらしのない顔)」


続きは1/21の19時過ぎを予定!


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