『21gをふりかけ続ける男』

小田舵木

『21gをふりかけ続ける男』

 眼の前をベルトコンベアが流れていく。その上にはヒトの頭蓋骨がズラリ。

 俺は。流れてくるヒトの頭蓋骨にネバネバした物体をふりかけるのが仕事で。

 コイツはいわゆる流れ作業ってヤツだ。

 お前らヒトは。生物学上の奇跡で成されるのではなく。ただ。俺達の流れ作業に依って出来ているのだ。

 

 俺の担当は組み立てられた頭蓋骨に神経科学上、心理学上の最大の謎とされる『意識』の素をふりかけることだ。

 ネバネバした液体をきっかり21g。それが俺の仕事の全てだ。

 これは重要な仕事らしいが。一日8時間も同じ作業を続けていれば飽きる。

 だから俺はたまに…いや、結構な頻度でミスをしている。

 21gネバネバをかけるのではなく。22gや23gかけてしまうことはザラだ。

 この些細なミスが人間社会にどういう影響を与えているかは分からない。

 だが、まだ品質管理から文句を言われた事はない。

 と言うか。品質管理が機能しているかは大いなる謎だ。

 なにせ。地球の人口は減る気配はないからだ。

 それに。阿呆がコンドームなしでセックスしまくっているから、このヒト製造工場はフル回転をしている。夜勤を回しても全く生産が追いついてない。

 

 今日も俺は。流れるベルトコンベアの前に立ち。

 かたわらにあるネバネバのそうから頭蓋骨にネバネバをふりかける。

 これを一日8時間、下手したら残業さえある。

 まったく。流れ作業を考えた阿呆…フォード社の誰かに浣腸カンチョーでもかましてやりたい。

 

 朝の8時半に出勤して。9時からラインは回り始め。

 俺は18時まで流れるベルトコンベアの前で同じ姿勢を保ち続けなくてはならない。

 これは案外にキツイ。その上、ラインは一定速で動き続けるから、自分のペースで仕事をすることは叶わない。

 これほど存在の尊厳を奪う仕事があるだろうか?

 まったく。他の仕事をしたいのだが。俺のようなボンクラはせいぜいこのようなラインに配属されるの関の山だ。

 

 一定速で流れてくる頭蓋骨に。

 スプーンですくったネバネバをふりかける…ふりかける…ふりかける…

 俺の一日はこの作業だけで終わっていく。

 これでなけなしのカネを稼いでなんとか命を繋いでいる。

 いい加減、辞めてやろうかと思うこともあるのだが。

 この世界は不況の嵐が吹き荒れており。

 職にあぶれるのは確実である。

 

                  ◆

 

 俺は今日も詰らない仕事を終えて。

 工場のロッカーで着替えて。工場を後にする。

 今日は残業がなかったし、明日は休みだ。

 ああ、やっと一週間の労働が終わった。

 一週間の大半を頭蓋骨と過ごす俺は。メンタルがヤられてしまいそうである。

 

 俺は工場から歩いて電車の駅に向かい。

 そして満員電車に揺られて帰る。

 この工場は俺ん家から近いから良い。通勤が長いのはストレスの素だ。

 

 地元の駅で降りると。

 俺は家にさっさと帰る。帰りに店に寄って晩飯と酒を調達し。

 家に帰って飯と酒をかっ喰らう。

 この瞬間だけを待ち望みながら生きている。

 ああ。実りのない生を生きているな、そう思うのだが。

 ま、そんなものである。貴様らヒトと変わらない。

 なにせ、俺達はお前たちヒトの想像力の産物なのだから。

 

 酒で酔ってないと。

 自らの存在の詰らなさを実感して俺は死んでしまいたくなる。

 素面で生きていけるほどこの生は甘くない。

 だから酒という麻酔薬を摂取しなくてはならない。

 麻酔を効かせて。俺は自分の仕事を忘れる。

 スプーンでネバネバを掬って21g頭蓋骨にふりかける仕事…

 こんな職業をやっているのは。俺が不真面目に生きてきたから。

 分かっちゃいるが。ああ、仕事が詰らない。

 ボイコットでもしてやりたくなるが。別に俺が休んだところで別の存在がライン作業に入るだけだ。つまり。代替可能な存在な訳だ、俺は。

 マスプロで作られるヒトを馬鹿にする権利はないのだろう。

 

                  ◆

 

 仕事のない日は。

 俺はもっぱら海へ行く。

 とりもあえず海を眺める為だし、趣味の釣りをする為でもある。

 俺は電車に乗って、堤防の近くまで行き。

 歩いてポイントまで向かい。ポイントに着いたら糸を垂らす。

 海。ヒトの世界とは違う雲の海。だが、その実態は海水の海に似ている。

 うねる雲。その中に向かって俺は竿を振る。そして糸の先につけたウキが沈むのを待つ。

 この時間だけは譲れない。

 この時間だけは俺のペースで動けるから。

 眼の前にベルトコンベアがないのが、なんと痛快な事か。

 これは経験者にしか分かるまい。

 決まった速度で流れるベルトコンベアは存在の尊厳を奪う。

 カチカチに固まった姿勢で8時間。うん。拷問みたいなもんだ。

 

 俺は沈まないウキを眺めながら煙草を吸う。

 煙草を吸えないのも工場の難点だ。工場内には喫煙所がないのだ。

 あれだけストレスの溜まる仕事をしていながら、休憩に煙草一本吸うことさえ叶わない。

 

 短くなっていく煙草。沈まないウキ。

 生産性のない時間を送っているが。

 この何者にも縛られない時間は心地良い。

 

                  ◆

 

 マスプロで創られていく人間ども。

 コイツらはどんな人生を歩むのだろうか?

 仕事中にこういう事を考える事がある。

 まあ。ベルトコンベアに追われながらだが。

 

 コイツらはマスプロで適当に創られているが。

 完成してしまえば、勝手に自我を持ち出し。

 人生を問うようになるのだ。不思議な事だが。

 ま、その自我をふりかけているのは俺なのだけど。

 

 いっその事。余計な自我など持たせない方が都合が良いのではなかろうか?

 そう思わないでもない。自我など。あってそこまで便利なものではない。

 自我があるからこそ存在は苦しむ事になる。

 例えば、今ベルトコンベアの前で詰らない仕事にさいなまされている俺のように。

 

 俺も。自我など持たずに。ただ、眼の前の仕事に邁進まいしん出来れば、少しはまともな生を送れるような気がするのだが。

 そうは問屋が卸さない。

 俺は神とやらに自我を持つように創られてしまったのだ。

 製造責任を問うてやりたくなるが。

 今更、遅いのである。

 俺はもう存在し始めて、数十年になってしまい。

 この存在する苦しみから開放されるには死ぬしかないが。

 死ぬのは死ぬので結構に苦しい。

 それもこれも自我を持ったが故の苦しみである。

 

 俺は今日もベルトコンベアを流れてくる頭蓋骨に自我の素をふりかけ続ける。

 意味のない仕事だとは思う。

 だが、それをしないとおまんまの食い上げであり。

 ただ。少ない賃金の為に自我の素をふりかけ続ける。

 ああ。腰と肩が痛い。同じ姿勢をし続けているせいだ。

 

 なあ。人間。

 お前たちが後生大事にしている『意識』とやらは。

 俺の適当な仕事で創られているまやかしみたいなモノだ。

 そんなに大事にしなくても良いぜ。

 そんなモノ、大したモノじゃないのだ。

 もっと適当に生きてくれ。

 その方がお互い気楽になれる気がしないか?

 うん?そうでもない?

 だが。実態はこんなモノで。

 俺のようなしょうもないプアワーカーが安い賃金の為にやってる適当な仕事なんだぜ?

 あんま『意識』に誇りをもつなよ?

 こっちの適当な仕事が恥ずかしくなるからよ。


 

 


 

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『21gをふりかけ続ける男』 小田舵木 @odakajiki

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