第一章ー24
海賊たちがホームランボールよろしく見事なアーチを描き、宙を舞う少し前に時間を遡る。
「な、急に霧で真っ白に! どうなってやがんだ」
続けざまの爆音で配下が乗った船が爆発したかと思えば、凄まじい熱波と共に辺り一面に霧が立ち込めたことに海賊たちとその首魁は困惑していた。
そんな中、数年を掛けてかき集めた船と部下を数分の内に全て失ってしまったことにショックを受けている暇もなく、首魁は必死に状況を整理してどう動くのが最適解なのかを考え始める。
ほんの少し前は10隻はいた筈の船の内、9隻は爆発四散。
乗っていた配下は全員死んだか、生きていたとしても負傷で使い物にならない筈だ。
それにこちらに数の有利があったとしてもあんな威力の攻撃を馬鹿すか撃ってくる相手に対抗できる気がしない。
唯一対抗出来るであろう手段である帝国製の銃とて、突然空飛ぶ巨乳女が現れたかと思えば船が一隻爆発し、慌てて銃を配下と共に撃ちまくった時、相手は体を守る様な姿勢を取りはしたが、一切効いている様子がなかった。
そのこと自体は希望的観測をすれば、上空へ向けて使い慣れない得物を乱雑に撃ちまくっただけなので、効いていないというより当たっていないが正しいのかもしれない。
状況を整理し、相手を分析すればする程に一体アイツは何者なんだと疑問符が頭を蝕み思考を邪魔する。
最初見た時は、人間かと思ったがよくよく考えれば——どう考えたとて——人間である訳がない。
魔狩士共の化け物じみた身体能力でも流石に空を飛ぶのは無理だ。
そもそも、どれだけ鍛えたところで人間に羽は生えない。
では一体、自分たちは何と戦っているのか。
分からない。
唯一分かることがあるとすれば、自分の知識や経験からでは正体が分からないと言う事実のみだ。
「クソ! 分からねえわ熱いわ磯くせえわで嫌になって来る」
周囲を取り巻く霧は高温で磯臭く、ただ立っているだけで全身から汗が噴き出し、えらく喉が渇いてくる。
酒でも水でもなんでもいい、とにかく腹がパンパンに膨れるくらいたらふく飲みたい。
「もうこれじゃあ仕事どころじゃねえですよ! お頭、とんずらこきましょう!」
誰もが思いながらも口にしなかったことを、この船で一番若い根性無しが遂に言ってしまう。
周りの奴らもこれ幸いにと、賛同の声を上げる。
「馬鹿野郎! そんなことすればあの髭野郎に殺されるだけだ。ここで腹括ってどうにかするしか俺たちが生き残れる可能性はねえんだ」
書類を燃やせだなんだと、やたら自分たちが関与した証拠を隠したがった髭親父のことだ。
計画が失敗すれば、真っ先に一番の証拠である俺たちを処分するのは目に見えている。
いくら帝国製の銃を持っていても、大砲でズドンとされればそれまで。
抵抗して生き残れる可能性は0に等しい。
だから俺たちに退路なんてものは端から無い。
仕事を持ち掛けられた時にはこんなことになるとは想像出来なかった。
いや、いつもなら空飛ぶ巨乳女の乱入はともかくとして、失敗した時のリスクくらい簡単に予測出来た筈だ。
しかしあの時は破格の前金と報酬、簡単過ぎる仕事内容に目が眩んで冷静さを失っていた。
この稼業は常に命綱無しの綱渡り。
足を踏み出す先を僅かにでも間違えれば待っているのは転落死。
肝に銘じて生きてきた筈なのにこの体たらく。
悔やんでも悔やみきれないこの状況では、最早他の船同様の末路を迎えるしかないのか。
深い後悔と絶望の中、首魁の中で何かが弾ける音がした。
「俺たちだけが犬死なんざやってられるか! お前ら、そんな役に立たねえもん捨てて櫂を持て!」
追い詰められた獣は何をしでかすか分かったものではない。
これは人間にも言えることで、瞳に狂気を宿した首魁が下した命令は生き残るためのものではない。
常人ならば従うべきではない片道切符だと誰でも分かるその命令に、海賊たちは従いだし、売れば一財産、使えば無慈悲に獲物を蜂の巣に出来る大事な帝国製の銃を放り出して皆我先にと櫂を海に突っ込み漕ぎ始める。
櫂を持て以上の命令は下されていないのにも関わらず、彼らは息を合わせてとある方向へと船を進め始めた。
皆追い詰められたこの状況で同じことを考えたのか、それとも単純に舵を握った首魁の視線で目的を察したのか。
理由はどうあれ、海賊たちの船は進む。
海賊たちが目指す先にあるのは街でも、後方にいるライヒアンス号でもない。
自分たちをこんな目に合わせた相手が乗る船。
帝国の駐在艦である。
海賊たちは腕が千切れても構わないとばかりに一切力を出し惜しむことなく櫂を漕ぐ。
少しでも前に、少しでも早く——火球が飛んでくる前に——駐在艦へ辿り着く為に。
彼らが何をしたいのかは一目瞭然である。
死なば諸共。
遅かれ早かれ自分たち目掛けて飛んで来るであろう火球に駐在艦を巻き込む為、海賊たちは船を進める。
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