第一章ー23
「……ああ、やっぱりこうなるのか」
爆音と共に白い煙に包まれ、恐らくは船員諸共木っ端微塵となった船を見ながら、うっかり朝食と大量に分泌された胃酸が一緒に飛び出ない様に気を付けて溜息を吐き、ついでに甲板へ膝を付く。
きちんとガイナは命令を守っているらしく、港と帝国の船には被害が出ていないのは喜ばしいことだ。
海中の生態系にはかなりの被害がありそうだが、そこまで守れと言われていないので気にしないことにする。
しょっぱなから火球を撃った時にはどうなるかと思ったが、竜の姿の時よりもサイズが小さく、威力も低そうに見えた。
人間の姿だと本気がだせないとか、そんな理由なのか、それとも言いつけを守って威力を抑えてくれたのか、後で聞いておくべきだろう。
ガイナとは今後も一蓮托生で生きて行かなければならない。
ならばお互いに出来ること、出来ないことをきちんと把握するのは大切だ。
このまま立て続けに火球を放つのかと思ったが、予想に反してガイナは攻撃を手を止めた。
それどころか体を小さくして、まるで守りは言っている様にすら見える。
爆発音の後を追うように聞こえて来た止まない銃声が関係しているのだろうか。
いくら人間状態と言えど、元はあの鋼鉄の塊様な存在である彼女に銃なぞ効くわけがないと思いつつ、今朝全身で感じた彼女の肉体の柔らかさを思い出した僕は一抹の不安を覚えた。
その直後である。
ガイナが火球を再び放ったのは。
どうやら心配するだけ無駄だったらしい。
更に一拍の間を挟み、ガイナは火球を連射する。
力で蹂躙する気だったのであろう海賊たちは、自分たちが蹂躙される側だとは夢にも思っていなかっただろう。
彼らからすれば相当理不尽な目にあっているのかもしれないが、真っ当に生きて来なかったらツケが今になって回ってきただけのこと。
僕にはそう思えた。
「随分派手にやってくれましたね。予想通りではありますが」
頬に手を当てる美乃の笑顔がいつも以上に恐ろしいのは、自分の罪悪感がそう見せているのか、怒っているからなのかは結論を下さない方が良さそうだ。
美乃から目を背けて襲う側が襲われる側にすり替わった海賊船団の方を見やると、小さな点がこちらに飛んでくるのが視界に映る。
悪寒に近い嫌な予感がビンビンした。
長いとは言えないが彼女のやりそうなことが頭に浮かんでしまったからだ。
案の定、風に乗って野太い悲鳴が聞こえた気がする。
気のせいにしておきたいところだったのだが、悲鳴の主がこちらに向かって綺麗な放物線を描きながら飛んできてはそうもいかない。
人間はかくも見事に空を舞うものなのかと思わず関心し、見惚れてしまう。
「七海様、そこにいると危ないですよ」
「え……」
美乃の忠告に我に返った僕は慌ててその場から飛びのく。
「ギャップリ!」
ほんの1、2秒前まで僕がいた場所に、髭面の小汚い男が降って来た。
真面に受け身を取れなかったのか、着地の際にした嫌な音が示す通り、片手がおよそ人類の可動域を超えた方向に曲がっている。
美乃が声を掛けてくれなかったら彼の着地に巻き込まれていただろうと想像すると、背中を嫌な汗が伝う。
元々汗っかきではないのだが、この世界に来てからはじっとりとした嫌な汗をかいてばかりでそろそろ汗疹でも出来そうだ。
「彼、生きてますか?」
「はい、意識はありませんが呼吸はしています。如何いたしますか」
「とりあえず応急手当をした後は船倉にでも放り込んでおいて。もちろん拘束はした状態で」
「畏まりました姫様」
美乃に指示を仰いだ忍は、降って来た男の首根っこを掴むとずるずると引き摺っていく。
流石に忍一人に全てを任せるのは如何なものかと思ったらしい数人の船員が顔を見合わせると、一人が代表してその後を追った。
「あの、僕も何か手伝うことありませんか? 僕だけ何もしないの訳には……」
皆がそれぞれに出来ることを懸命にしている中、ただ一人ボケっとつっ立っているか、慌てふためくことしか出来ない自分が急に情けなくなってきてしまう。
非力な僕にこの船でやれることなどたかが知れているだろうが、何もしていないことが辛いのだから、大したことのない仕事でもやりたい。
「七海様、貴方はここにいてくださるだけで十分です」
どうやら僕に出来ることはないらしい。
そんなこと、始めから分かり切っていたが、やんわりと自分を否定された気がして少し落ち込んでしまう。
「何も七海様がなんの役に立たないから言っているのではありません。配下の働きぶりを確かめ、場面に応じた適切な指示と仕事が終わってからの報酬について考えるのが上に立つ者の務め。だから七海様にはガイナ様を見守ること以上に重要なことはないのです」
「そういうものなんでしょうか」
「そういうものです。一国の姫が言っているのだから間違いありませんよ」
真面に会社勤めをした経験すらない僕には自分の下に誰かいるというのは初めてこと。
だから美乃の言葉が正しく、今後参考にすべき先達者からのアドバイスとして受け取るべきものなのだろうか。
それともガイナを制御する為の手綱としてこの場に留まらせたいが故の言葉なのか判断がつかない。
恐らく両方なのだろう。
「随分深く悩まれていますが、こういうのは慣れですよ慣れ。経験の積み重ねが大切なのです。だから悩みこんで視界を狭めるよりも、周りを見た方が良いですよ。それに……」
うんうん唸りながら思考の迷宮に入り込んでいると突然美乃に突き飛ばされる。
華奢な体からは想像できない力で突き飛ばされた僕は死んだ時と同じようにボールよろしく転がり、船の欄干に強かに背中を打ち付けた。
美乃の奇行と痛みで呆然としながら美乃の方を見ると、丁度僕が立っていた場所に痩せた男が降って来たところだった。
あのままあそこにいたら、彼とくんずほぐれつしながら転がり、仲良く四肢をあらぬ方向へ曲げることになるところだ。
どうやら悩み過ぎで周りが見えていなかった僕を美乃が少し手荒に助けてくれたらしい。
「戦場では常に周りに目を向けておかないと、人間、あっさり死にますよ。七海様に死なれたら国が亡ぶのですから気を付けてくださいね」
美乃の行動が純粋に僕の身を案じてのことであればむず痒い嬉しさがあったろうに、現実は甘くない。
過去に何度か似たような勘違いで酷い目に合っているのに、淡い期待抱くとは、我ながら情けない話だ。
それにしても自分が飛ばした海賊に巻き込まれて僕が死ねばガイナが荒ぶり国が亡ぶとは、美乃からすればとんでもない八つ当たりだろう。
「七海様、私の忠告、聞いていましたか」
また考え事で周りが見えなくなっていた僕は慌てて港の方を見ると、また海賊が一人飛んで来るところだった。
幸いにも今度は海賊の着地予想地点から離れていたので避けるまでもなかった。
だが、注意されて直ぐにこの体たらく。
戦場と言う非日常にいるせいで、もしかすると頭が上手く働いていないのかもしれない。
自分の頬を両手で力一杯叩いて、頭を再起動する。
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