第一章ー22

 海賊船団の一隻が哀れにも爆ぜる少し前、どうにか翔琉たちが乗る船はその姿を肉眼で遠くに捕らえられるまでに追いついていた。


「まだ港は襲われていないようですね。時間の問題でしょうが」


 単眼の望遠鏡を覗き状況を観察していた美乃は、港が未だ平穏無事なのを確認したらしく胸を撫でおろしたようだ。


 側に控えていた忍に望遠鏡を渡すとこちらを見てきた。


 彼女の言いたいことは分かる。


 今こそ僕たちの、いや、ガイナの出番だ。


「ガイナ、判別出来るのならあの中にいると思う似顔絵に似た男とその周りにいる人間を何人か捕まえて。後、港と帝国の船には絶対被害を出さない様にして欲しい」


「分かっとる。善処はしてやるが保証はせんぞ」


 本当に保証する気が一切なさそうな悪い笑みを浮かべたガイナに僕は呆れてしまうが、美乃は違うらしくいつもの貼り付けた笑顔のままだ。


 こんな非常事態でも笑顔を保ち続ける彼女に、出会った時に覚えた警戒心は間違っていなかったと確信する。


「それで十分です。但し、港にほんの少しでも被害が出たら報酬は減らしますし、追加なんて論外ですからご留意ください」


 ぐっさりと美乃に釘を刺され、ぐぬぬと唸ったガイナは翼を広げると思い切り甲板を蹴って空高く舞い上がる。


 人間の貨幣なんか絶対に興味がないだろうガイナは、追加の報酬に何を求める気なのだろうか。


 些細な疑問を持ちながらも高速で飛び去ったガイナの余波で揺れる船の欄干に掴まり、彼女を見送った僕は切に願った。


 初仕事が上手く行く様に、そして必要以上に被害が出ない様にと。


 だが、直にその願いは叶いそうにないことを悟る。


 ガイナの火球で吹き飛ぶ海賊船を見てしまったからだ。


 再び美乃たちを救った時の様な惨状を見る羽目になるかと思うと、胃の中から苦い物がこみ上げて来る。


 今日一日で僕の食道はきっと壊滅的なダメージを追ったに違いない。


 ガイナではないが、追加の報酬をねだれるのならば、僕はこのダメージを癒せる薬が欲しい。


 一方、海賊たちの顔には困惑の色が浮かんでいた。


 なにせ突然の爆発音に驚き振り返ると、最後尾にいた船が爆発四散している上に、その上空には翼が生えた女が飛んでいれば誰だってそうなるのは必然だろう。


「お、お、お、お頭! 女が! でっかいおっぱいの羽が生えた女が飛んでる!」


「お、お、お、落ち着けお前ら! 羽が生えているだけで所詮は人間だ! あの距離なら帝国製の銃なら射程範囲内だ! うち落とした奴にはあの女を一番に好き放題していい権利をやる。だから撃って撃って撃ちまくれ!」


 流石は長年裏稼業で生き抜き自分の一味を持つまでになった首魁。


 悪酔いした時にでも見る夢の様な状況にパニックになる部下たちをどやしつけ、どうにか統率を取り戻した。


 部下たちは真面に照準も合わせずに、銃口だけガイナに向けるとやたら滅多らに撃ちまくる。


 傍から見れば世紀末なヒャッハーな奴らがふざけている様にしか見えないが、本人たちは至って真面目に引き金を引いている。


 そんな雑な使い方をされているとはいえ流石は世界で最も進んだテクノロジーを持つ国で作られた武器。


 上空で制止するガイナにまで弾丸が届き、数発が命中する。


 しかし当たったのは予め袖を捲って纏っておいた籠手。


 鋼鎧竜の鱗とほぼ同等の硬度を持つ籠手の防御力には敵わず、命中した弾はあらぬ方向へと弾き飛ばされてしまう。


 別段、人間形態の艶めかしい柔肌に弾を受けたとてガイナは痛くもかゆくもない。


「うーむ、一応防御に回っておくべきなのか?」


 濡れても小言を言われる気がしたのだから、海賊共のせいとは言え、服に穴を空けるのもまた同じ結果を生み出すのではないだろうかという気がしてきた。


 仕方なく我は籠手で体を守る様な構えを取る。


 更に腰や足を折り曲げ、なるべく体を小さくして被弾する可能性がある面積を狭める。


 我程の強者がなんとも情けない有様だ。


 こんなことなら服なんぞ脱いでくればよかった。


 今さら言っても仕方がないと諦め、しばらくの間、チュンチュンチュンチュン鬱陶しいなと思いながら海賊たちからの攻撃を無視して観察する。


 海賊たちの首魁を見つけ出し、捕まえる為だ。


 別に完璧に仕事をこなして美乃から追加で報酬をせしめようと思ってのことではない。


 あくまで主への忠義を示す為だ。


 だが、慣れないことはするものではなかった。


 段々と思考が苛立ちに負け始める。


 この状況にそろそろ我の堪忍袋の緒が切れかかっているようだ。


 例えれば小さな羽虫が何匹も纏わりついてくる感覚に近い。


 そこに食い物を粗末にする狼藉を見せつけられては、炎に油を掛けたが如く我の怒りも燃え上がる。


 耐えろ、耐えるのだ我。


「……チマチマと鬱陶しい。それに食い物を無駄にするのは魔物だろうが人間だろうがやってはいかんことだろうに」


 堪忍袋の緒が切れた我は再び火球を放つ。


 無駄だと分かっているだろうに、飛んで来る火球に海賊たちは銃を向ける。


 悲しいかな、弾丸は火球を破壊すること敵わず溶けるのみ。


 泣き叫ぶ船員諸共に船は爆ぜた。


 もちろん怒りに任せての攻撃ではあるが、一応首魁と思しき似顔絵に似ている——気がする——男が乗っている船は堪忍袋が切れる寸前に見つけたので避けて攻撃した。


 恐らく我の見立ては当たっているはずだから、後で主と美乃に小言を言われないだろう。


 火球の熱波により蒸発した水蒸気で、薄っすらとだが霧が発生していた。


 それを見た我はシメシメと言わんばかりに舌なめずりをする。


 霧を見て我ながらナイスな作戦を思いついたからだ。


 この作戦ならば大した手間も掛からないし、阿呆な人間が食い物を無駄にすることもない。


 あまり小細工を弄するのは性に合わないが、そこは我慢我慢だ。


 あの繊細というか小心者というかの主と今後やっていく為にはこういった我慢は必須のものだろう。


 この年でまだ学ばなければならないことがあるとは驚きだ。


「さてと、もうひと暴れと行こうか。……暴れ過ぎてもいかんか」


 つい、癖で乱射しそうになった自分を諫めつつ、的をきっちりと絞って火球を放つ。


 狙いは当たり前だが首魁の男が乗った船以外の残りだ。


 船を瞬く間に焼き尽くした火球はそれだけでは満足出来ないとばかりに海面を激しく蒸発させる。


 蒸発した海水によって首魁の乗った船は磯臭い霧に包まれ視界を奪われる。


 狙い通りに切りに包まれた船を上空から眺めていると、自然と笑みが浮かんできた。


 初めてこんな小細工を弄したが、自分の思い通りに行くと小細工も案外気持ちの良いものだ。


「さて、仕上げと参ろうか」


 縮こめていたせいで凝り固まった体を軽く解してから、最後の一隻に向かって一直線に突っ込む。

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