第一章ー21
この港は全国を結ぶ交易用海路の中心地であり、王城のお膝元ということもあってか王国随一の大きさと賑わいを誇っていた。
時折、商人たちが示し合わせて各地の名産品や倉で眠っている余り物を格安で放出する市が開かれることがあり、ちょっとしたお祭りと化すその市は港の名物であった。
儲け時とばかりに的屋はもちろんのこと、農民に漁師、工芸品を作る職人までも便乗して店を出していたものだ。
格安の品を真剣な面持ちで選ぶ親に的屋のお菓子をねだる子供。
賑わいと商人の口車に乗せられ財布の紐が緩んで無用な買い物で散財する若者。
喧騒をぼんやりと、だが楽しそうに眺める老人たち。
それは今の光導王国からは失われた他愛なくもこの上ない平和な光景だ。
そんな平和であった頃の象徴と言っても過言ではない朝耀港は、鎖国が解かれてから一月も経たぬ内に大規模な工事が行われることが決まった。
大型の船が出入りすることは想定されずに作られた為に帝国の軍艦が出入り、停泊するには手狭で、帝国から港を広げる様に要望と言う名の命令が下されたからだ。
急ピッチでの完成が求められた為に通常よりも余計に人件費や資材への経費が掛かり、当初の予算の二倍近くにまで費用が膨れ上がったが、どうにか帝国から要求された期日以内に港の改築は完了した。
無論金銭的な一切の負担は光導王国が負ったのは言うまでなく、王家は先祖代々の宝物の一部を欲深い阿漕な金持ちの商人たちに売り飛ばす結果になった。
その商人たちとて、今の光導王国ではどうなっているのやら、なのだが。
宝物で腹は膨れない。
こうして帝国の駐在艦が鎮座する様になった朝輝港からは徐々に賑わいが失われていった。
そんな朝輝港には、港として致命的な欠点がある。
国の首都たる街に直結しているにも関わらず、ただの一門も砲台が設置されていないのだ。
無論、工事開始前には帝国の物に比べれば遥かに性能が劣る自国製の砲台を防衛に効果的な位置複数カ所に設置する予定であり、砲台を利用した非常時の防衛計画も検討が進められていた。
しかし、その計画に帝国が待ったをかけたのだ。
理由は不埒な輩が砲台を占拠した場合、駐在艦に危険が及ぶ可能性が高く、安全保障の観点から容認できないと通告してきた。
無論光導王国側はささやかながらも抵抗したが、非常時には民間人が巻き込まれるのも辞さず反撃すると言われては受け入れざるを得なかった。
帝国からすれば、不満が爆発して反旗を翻してきた時に備え、相手に少しでも戦力を持たせない様に動くのは当然のことなのだろう。
自分たちの圧倒的有利を理解しながらも、決して油断せず、相手の力を的確に削ぎ落す。
帝国が繁栄するのも頷ける。
そんな攻められれば意図も容易く城下町、延いては金烏城にまで刃を突きつけることが出来る朝輝港に黒塗りの小型船で構成された船団が迫っていた。
夜ならば目立つことなく襲撃対象に近づけるのだろうが、青く晴れ渡った空の元では寧ろ目立つ。
張られた帆には髑髏が描かれており、100人に聞けば100人ともがあれは海賊船だと答える様な絵に描いた海賊船であった。
甲板で叫び吼えている海賊たちもまた、典型的で古典的な海の荒くれ共と言ったところだ。
手には真面に手入れをしていないのであろう錆や刃こぼれだらけの刀や帝国軍で正式採用されている銃。
装備に統一性は無いが、これから何をしようとしているのかは一目瞭然である。
「いいか! 絶対に帝国の船には弾当てんじゃないぞ! じゃないと折角の武器が取り上げられて報酬も無くなっちまうからな!」
海賊たちの首魁は金や女に纏わること以外は言うことをろくすっぽ聞かない部下たちに厳命する。
あの人を舐め腐った態度のむかつく髭親父との契約があるからだ。
普段は勝手気ままに商人の船を襲っていて、誰かの下に着いたり、ましてや指示に従うことなど絶対に無いのだが、今回は特別だ。
なんせあの髭親父は自分が王国の実権を掌握した暁には、馬鹿みたいな量の金に帝国の軍艦、更にはいくつかの島を所領として与えてくれると言うのだから。
おまけに大量の帝国製の武器と前金を気前よく与えてくれた。
これさえあれば、あの王城のお膝元で仕事なんてした日にはすっ飛んで来るであろう魔狩士に首と胴体が永遠に離ればなれにされることも無い。
懐にさえ入られなければの話ではあるが。
まあ、今回の仕事内容自体は酷くシンプルで、陸に上がることはないのだから関係ないだろう。
適当に港を襲い、帝国の軍艦と噓っぱちのドンパチをして追い払われたフリをすればいいだけなのだ。
何がどう繋がってあの髭親父が王国の実権を握ることになるのかはさっぱり分からないが、報酬さえきっちり貰えるのならば細かいことはどうでもいい。
ただ、王国に襲撃を気取られぬ様にと口煩く言われたのでわざわざ遠回りのルートを使ったせいで、真っ直ぐに来るよりも大分時間が掛かったのは少し苛ついた。
この臭い馬鹿共と狭い船に長時間乗るのは不快でしかないからだ。
耐えられたのは手に握る銃の重みのお陰だ。
さて、ようやくコイツをぶっ放して髭親父の命令のせいで溜まった鬱憤を晴らす時が来た。
引き金を指をかけながら、もう一度喝を部下たちに入れようと口を開いた瞬間、船団の最後尾にいた船が爆ぜた。
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