第一章ー11
目に入れても痛くない愛娘が連れてきた客人たちとの面会が終わり、来客用ではない、白湯の様な味わいのいつも飲んでいる茶を啜りながら一息つく。
「陛下、本当にあのような危険な輩たちを雇うのですか。下手をすれば帝国に責められる前に国が滅びますよ」
心配性で世話焼きな忠臣である源二郎が珍しく噛みついて来る。
普段はわしの思い付きや美乃の突飛で奇抜な行動に苦言を呈しながらも、なんだかんだ言って最後には賛同して手伝ってくれる彼がここまで語気を荒げて反対するのは始めてだ。
だが、彼の危惧は当然と言えば当然だ。
ガイナ殿が元の鋼鎧竜の姿へと戻りが暴れ出したらとてもではないが束になっても人間の手には負えない。
いかに海千山千の魔獣たちから民を守って来た腕自慢の
我が国最強のあの男ですら人の姿の時ならばまだしも、竜の姿相手では手も足も出まい。
それだけ生物としての格が違い過ぎるのだ。
現に過去、かの竜が暴れた時は魔狩士たちは全く歯が立たなかったと先々代の実体験を幼い頃に聞かされた覚えがあり、公式な記録として書物にも書き残されている。
当時、鋼鎧竜の目的が人や家畜の肉ではなく、人が作った金属製品だったおかげで国が亡ぶことはなかったが、王家を始めとした魔狩士たちが脈々と受け継いできた先祖伝来の武具や鎧が相当数食われたそうだ。
そのせいで今でも魔狩士にとっては鋼鎧竜は天敵であり憎むべき敵でもあり、魔狩士たちの多くが実際に鋼鎧竜と戦ったことのない世代に代替わりしてからは、いつの日か憎き鋼鎧竜を打ち取り先祖の無念を晴らすべきと息巻く者が増えた。
幾度かわしの元にも討伐の許可を求めて血の気の多い連中が来たこともあったが、民の平穏を守るのが役目の魔狩士が私怨に駆られて寝る子を起こす様な真似をするなと一喝した後、足腰が立たなくなるまで剣の稽古をつけてやったのが懐かしい。
今は誰もそんな無謀や戯言を言える程の余裕はない。
「まあそう言うな源二郎。いかに魔狩士たちが帝国の兵よりも白兵戦では強かろうと刀や弓では鋼鉄の船は沈まん。鋼鎧竜が魔狩士にとってどれだけ忌むべき危険な存在であっても、使える物はなんでも使わんとそれこそ国が亡ぶ。優先すべきは私怨でも誇りでもなく民の命だ」
源二郎とてそれ位の簡単なことが理解出来ない程に阿呆でもなければ頭が固い訳でもない。
しかし、それでもと固く拳を握りしめながら反論してくる。
「私だってそれは分かっています。私が危険だと言うのは鋼鎧竜ではなく七海と名乗る少年です。彼の能力は鋼鎧竜など比にならない程に危険なものです」
魔獣を配下にする能力。
能力については本人ですら完璧に理解しておらず、自由に発動させることすら出来ない有様らしいが、嘘偽りない言葉なのかは怪しいところだ。
源二郎の危惧はこれに起因しているのだろう。
彼を雇うということはいつ爆発するか分からない爆弾を懐にしまい込むのと同義だ。
懐に入って金品を盗んだり必要な情報を得たらどこかの国に鋼鎧竜でひとっ飛びならばいい方で、最悪の想定は彼が配下に出来るのが魔獣だけではなく人にも能力の効果が及ぶ場合だ。
国王である自分を始めとした光導王国中枢部を配下にしてしまえば一滴の血も流すことなく労せずして簡単に一国一城の主だ。
ただ、わしはその可能性はないと思っている。
そんな力があるのならば、既にわしは操り人形と化しているであろう。
そもそも帝国に絞りつくされ、出涸らしで淹れられたこの茶よりも旨味がない国を手中に収めたところで、それこそ彼になんら旨味がない。
それに彼はあの母親の血を色濃く受け継ぎ、人の嘘と本質を見抜く確かな目と、どれだけ自分にとって利用価値があるかを瞬時に弾き出す末恐ろしい頭脳を持った娘が連れてきた相手だ。
人相手に腹の探り合いをするより、魔獣の腹を掻っ捌く方が得意な自分にが口を出したところで寧ろ事態を悪くするだけだ。
幼い頃から美乃に振り回されてきたからこそ源二郎とてそれは分かっていても、言わずにいられなかったのだろう。
そこが彼の良いところであり、信頼している理由でもある。
何はともあれ、今はただ愛娘に任せるしかない。
とは言え、あの二人の主従関係には不安が残る。
ガイナ殿と七海殿のやり取りを見るに意識を奪って傀儡としている訳ではなさそうで、ある程度はガイナ殿に自由がありそうなのが恐ろしいところだ。
気まぐれでまた魔狩士たちの武具や鎧を食い散らかされては堪ったものではない。
上手く彼が手綱を操ってくれるといいのだが……
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