第一章ー10

「陛下、姫様がお客様をお連れになって戻られました」


 王様が待つという部屋の前まで案内された僕はいよいよその時が来たと覚悟した。


 だが、源二郎が部屋の中へと到着の声を掛けた途端、金烏が描かれた豪華絢爛な襖が勢いよく開き、大男が飛び出してきた。


 身の丈はテラスと大差ないが、体格が良いせいか細身のテラスよりも大きく見える大男は満面の笑みを浮かべていた。


「おお、よくぞ戻った美乃。変わりないようで何よりだ」


 愛娘を抱きしめようと広げた両手をひらりと美乃に躱され、大男は悲しそうな顔をする。


「父上こそお元気そうで……また瘦せられたのですね」


「何、どうということはない。民が飢えているのにわしだけがブクブクと太る訳にいかんからな。して、結果はどうだった?」


 頬がこけ、肌に張りのない父親からの問いに美乃は顔を曇らせながら頭を下げる。


「軍艦はやはりどこの国も売ってくれず、旧式のシュードライフシステムを積んだ客船が精一杯でした。私の力不足です。申し訳ありません」


「そうか。いや、美乃よ、お前が気に病むことはない。元々望みが薄いことは百も承知でお前を送り出したのだからな」


「ですが父上、代わりに最高の技術者と軍艦一隻など目ではない戦力を手に入れて参りました」


 頭を上げた美乃は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「ほう、それはどういうことだ」


 目的の物を手に入れられず落胆した様子だった娘の表情の変わりように王様は目を丸くした。


「順を追って話しますのでまずは座りませんか。お客様をいつまでも立たせておくのは失礼ですし」


 娘との久方ぶりの再開だったらしい王様はようやく僕たちの存在を思い出したのか、恥ずかしそうに短く切りそろえれた頭をポリポリと掻く。


 どうでもいいが、髪型がちょんまげではないのに僕はがっかりしてしまう。


 そこまで江戸時代位の日本と瓜二つならば、それはそれで気味が悪い気もするのだが、少し期待していたが故に落胆してしまったのだ。


「これは失礼した。ささ、どうぞお入りくだされ。誰か、客人に座布団を用意してくれ。外国の方に畳は辛いだろうからな」


「もう用意しておりますよ陛下。姫様が無事に御戻りなられて嬉しいのは分かりますが、少し落ち着いてください」


「すまん源二郎、年甲斐もなくはしゃいでしまった」


 家臣に溜息交じりに窘められ、顔を赤らめ恥ずかしそうにしながら素直に謝る辺りに人の良さがにじみ出ている様に思えた。


 この人相手ならば、少しは胃が口から成層圏まで飛び出そうな程の緊張がマシになるような気がした。


 流石は王城にあるだけあってか、座るように勧められた座布団は僕の部屋のベッドに敷いてある安物の薄いマットレスよりもよっぽどフカフカだ。


 昔見た時代劇の戦国武将が座る時は胡坐だった気がするが、現代では正座の方が畏まった座り方だ。


 どう座るのが正しいのかと悩んでいると、美乃が正座で座ったのでそれに倣うことにした。


「おっほん、改めて我が国にようこそ御客人方。わしは光導王国国王、徳田望家とくだもちいえだ。遠路はるばるよくぞ参られた」


 咳払い一つで戻る程、威厳は近場には落ちていない気もするが、それでも風格が感じられるのは、流石は国王と言うべきだろう。


「では私からお三方を紹介いたしますね。こちらは技術指導者としてお招きしたエジン・テラス様です」


 美乃や僕の真似をしてか、長い足を窮屈そうに折り曲げて正座をしていたテラスは立ち上がると右手を胸に当てながらお辞儀をした。


「お目にかかれて光栄です陛下。精一杯この国にシュードライフシステムを初めとした様々な技術を伝え、広められるよう尽力する所存です」


「有難いことだテラス殿。我が国は長きにわたる鎖国で技術面において相当な遅れを取っている。貴殿には大変な苦労を掛けると思うが、どうかよろしく頼む」


 胡坐で座り、頭を下げるその姿はやはり王様ではなく殿様と呼ぶべきなのではと思える姿であった。


「手紙では技師は一人と書いてあったが、そちらのお二人も技師なのか」


 望家からの問いに、美乃は首を横に振る。


「彼らは国への帰路で偶然出会ったのですが……」


 美乃は予め原稿でも作って暗記していたのかと言う程に、スラスラと淀みなく簡潔に分かりやすく僕たちとの出会いを語りだした。


 海賊に襲われあわやというところに駆け付けた鋼鎧竜によって救われ、その人知を超えた力を持つ竜を従える異世界から転生した少年と出会った。


 こんな話を聞かされて、そう簡単に信じられないのか望家の側に控える源二郎はあんぐりと開いた口が塞がらないようだ。


 だが、望家は違った。


 愛娘の話を真摯に聞き、何一つ疑う素振りを見せない。


「そうであったか。ガイナ殿、七海殿、娘の大事を救っていただき、なんと礼をいえば良いか」


「き、気にしないでください! 僕もこの世界でどうすればいいか分からなくて、下心もあって助けたんですから」


 深々と殿様、もとい王様に頭を下げられてしまい対応に困り、言わなくていい余計なことまで口走った気がする。


 偉い人というのは、もっとその地位に合った尊大な態度を取るものだと思っていた。


 一国を背負う者が簡単に頭を下げるのは本当は良くないのだろうが、それでも誠実な態度で感謝を表す望家への印象が僕の中で右肩上がりうなぎ登りで良くなっていく。


「しかし美乃の言葉を疑う気はないが、素直にそうかと呑み込めないのも又事実。とてもではないがそこのご婦人があの鋼鎧竜とは信じられん」


 我関せずで、つまらなさそうにしているガイナは自分のことが言われているのに気付いたらしく、望家に向き直るとにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「なんならここで元に戻って城を吹き飛ばしてやろうか」


「おっと、それは困る。先祖代々受け継いできた大事な城ですからな。それに王が家なき子では笑い話にもならない」


 ガハハと豪快に笑う望家に比べて、僕の背中は嫌な汗でぐっしょりと濡れる。


 今のやり取りだけでも不敬罪だなんだと言われて処刑される理由に十分成り兼ねないからだ。


「ガ、ガイナ、なにか陛下に竜だって証拠を見せて差し上げて。何も壊さない方法で」


 面倒臭そうな顔をしながらガイナはパーカーの袖を捲る。


 何をするのかとひやひやしながら見ていると、ガイナの手が淡く光り、鋭い爪が着いた銀色の籠手で覆われた。


「ほれ、これならどうじゃ。人間にこんな芸当は出来んじゃろ」


 これには源二郎だけではなく流石の望家も驚きの余り真顔になる。


 どれだけ疑り深い人間でも、こんなものを見せられればガイナのことを信じる外ないだろう。


「御覧の通りです父上。そこで提案があるのですが、七海様とガイナ様を傭兵として雇いませんか」


「成るほど、そういうことか。確かにガイナ殿ならば軍艦の一隻どころか十隻百隻も目ではない戦力だな」


「そうです。とりあえずはお二人のことについては船とテラス様のことも含めて私に任せていただけないでしょうか。現状、父上も五人衆も国内のことで手一杯でしょうし、私が雇っていることにした方が武官、文官双方に余計な感情を抱かせないで済むかと」


「分かった、全てお前に任せよう。ただし、何かやるのなら皆に予め話を通すのは忘れるな。僅かの波紋も今は大津波と成り兼ねないからな」


「心得ております」


 勝手に話が進んでいく中、どうにか自分の中で状況を整理する。


 ガイナと僕は承諾の有無関係なく光導王国に雇われたらしい。


 そして身柄は美乃に引き渡されると。


 一先ずは職を得られたことに喜ぶべきなのだろうか。


 だが、僕にはどうにも面倒ごとの大渦に巻き込まれていっているようにしか思えないのであった。

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