第一章ー12

 王との面会が終わった僕たちは、再び馬車に揺られて金烏城を後にした。


「父との謁見、お疲れ様でした」


「あの、そんなことよりも僕とガイナを雇うって話についてなんですけど」


 ガタガタと車輪の音が騒々しい馬車は落ち着いて重要な話をする場としては相応しくないだろうが、どうしても気になり聞いてしまう。


「勝手に話しを進めて申し訳ありませんでした。ですが、お二人共行く当てがないのなら働き口の当てもないのでは? それにこの先どうするにしても懐は温かい方がいいでしょう。詳しくは夕食のときにお話ししますから」


 先手先手を打たれて逃げ道をなくされている気がするも、確かに現状はどうあがいても美乃の元を離れるわけにはいかないのが辛いところだ。


 せめてガイナがこの世界の人間社会に詳しければと思うのだが、期待するだけ無駄なのは既に証明されている。


 当面は今向かっている彼女の屋敷で厄介になりつつ、この世界の知識を身に着け、自立を目指して頑張るしかなさそうだ。


 姫様なのだからてっきり城に王と共に住んでいるものだと思ったのだが、彼女は港近くにあるという屋敷に住んでいるらしい。


 重要な話をはぐらかし、代わりに始まった雑談の最中、なんとなく窓の外を見ると街に活気が無いように見えた。


 通りを歩く人々は痩せていたり疲れ切った顔した人が多く、殆どの店が雨戸を閉ざしていた。


 国のトップが痩せているのといい、王城のお膝元というのにこの活気の無さといい、この国はどうなっているのだろうか。


 本当にこの国で傭兵として雇われて良いものか、謝礼を受け取ったらさっさとおさらばすべきなのでは。


 ポッと浮かんできた不安を駆り立てる相反する考えを頭から追い出していると、馬車は港近くの開けた土地に建てられた西洋風の屋敷に到着した。


 江戸時代の日本に似た街並みとは打って変わった西洋風のレンガ造りの白亜の屋敷は、数世紀もすれば文化的遺産になりそうな風格がある。


 ここならば街や城では存在が浮いていた馬車の違和感も消えるだろう。


 本来は諸外国からの要人を持て成す為に建てられた迎賓館なのだが活用される機会があまりなく、普段は美乃が管理人も兼ねて住んでいるらしい。


「お帰りなさいませ姫様。客室と夕食の準備は整っております」


 城とは違い、今度は忍を筆頭とした洋装の執事やメイドたちに出迎えられた。


「ありがとう忍。まずは皆さんをお部屋にお連れして差し上げて」


「承知しました。では皆様、こちらへどうぞ」


 忍の案内で屋敷に入った僕たちは、それぞれの部屋に案内されたのだが、一つ問題が起きる。


 ガイナと僕が同じ部屋なのだ。


 一応忍に抗議はして、それぞれに部屋を用意して貰えないかと伝えてみたのだが、答えはノーだった。


 いつの間に言いつけていたのか知らないが、美乃に僕とガイナを離さない様にと厳命されたらしい。


 僕と離されたことでガイナが予想外の行動を仕出かすのではと危惧してのことだろうが、これは困った。


 美乃の危惧と対策は当然であるのは分かるが、どうしたものか。


 せめてベッドが別々ならばまだ良かったのだが、あるのはキングサイズの大きなベッドだけ。


 部屋の中には横になれるだけの大きさのソファーも無ければ忍に聞いても敷布団の類は部屋どころか屋敷内に一つも無いときた。


 かと言って、ガイナを床で寝かす訳にいかないし、僕も出来れば遠慮したい。


「まあまあ良いではないか主。今晩は楽しもうではないか」


 自分で言うのもなんだが、女性経験が一切ない初心な童貞に、積極的過ぎるガイナとの一夜はあまりにも刺激が強すぎる。


 ここでチャンスだとは思えない辺りが、彼女いない歴と年齢が比例する原因なのだろう。


 ともあれ、ガイナのこの一言で部屋代えの交渉は打ち切られてしまった。


「ガイナ様、姫様がドレッサーに入っている服は自由にしていただいて結構ですので、夕食にお呼びするまでにはお着換えくださいとのことです」


 そう言い残してシノブはテラスを部屋に案内する為に部屋から出て行った。


 目利きでない者でも分かる程に高価であろう調度品ばかりの部屋のぱたりと扉を閉められる。


 二人きりにされた途端にガイナが背後から腕を回してきた。


「さて、どうする主よ。しばらくは二人きりのようじゃが」


 なんとなくこうなるであろうことは予想がついていた僕は、完全に逞しい腕に抱きしめられる前に素早く身を屈めて逃れる。


 そのまま見ればゾッとする黒い虫もかくやいう動きでドレッサー近くまで逃げて扉をあけ放った。


「ガイナ、服を選ぼうよ。忍さんに言われたでしょ」


「なんじゃつまらん。我が主なら無理やり命令してでも手籠めにするくらいの気概を見せんか」


「それ、僕の世界だと犯罪だよ。下手したら言うだけでも捕まるかも」


「主の世界は面倒じゃの。力無き者が力ある者に食われるのはこの世の心理であろう」


 それは力がある者だからこそ言えることで、野蛮で愚かな考え方だ。


 口から出かけたそんな言葉を無理やり呑み込む。


 人知を超えた存在に行ったところできっと理解してくれないだろうから、言うだけ無駄だ。


 嫌な気分を追い払うように、ドレッサーの中を物色する。


 仕立ての良いスーツから背中がばっくりと空いた派手なドレスまで、色々とあるが、一目で分かる。


 レディースでガイナに合いそうなサイズがまるで無い。


「我は別にこれで構わんぞ」


 野生で生きてきたガイナからすると服を着ているかどうかすら気にならない、寧ろ着ている方がおかしいのかもしれない。


 だが、人間の姿でいるのならば人間の尺度で物事を考えてもらわねば困る。


 少し動けば尻が麿日出そうになる服で良い訳がないのだ。


 結局、どうでもいい、面倒くさいと言いたげな態度のガイナを呼び寄せ、あーでもない、こーでもないと僕は片っ端から服をあてがうのであった。

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