第一章ー19

 どうにかこうにか立ち上がってガクガクと大笑いする膝を懸命に宥めていると、美乃たちが乗ったボートが砂浜に到着した。


 とりあえず、誰かに見られる前に吐いてしまった物の上に急いで砂をかけて見苦しい物を人目に付かない様にする。


 美乃は足元が濡れるのも気にせず一目散にボートから降りり、颯爽と砂浜を歩く。


 その後ろを、同じく濡れることを厭わず忍が付き従う。


 低いとはいえ、ヒールの付いたブーツでビーチのサラサラな砂と違う砂利と砂に漂流物が混じった歩きにくい砂浜をよくあんなに早く歩けるものだと感心してしまう。


 言動から分かっていたこととはいえ、美乃は自分がイメージしている姫という概念——絵本やゲームに出てくるような白馬の王子様や勇者を待つ、か弱くも美しい人——からかなり逸脱している存在だ。


 彼女はお転婆の範疇を超えた、行動力の塊みたいな人物だと改めて認識し直す。


 美乃は忍やボートを流れない様に陸に引き上げた船員たちを引き連れて漁師小屋を調べ始めた。


 僕も更にその後ろに続いて小屋に入るが、異臭のせいで再び吐き気を模様してしまいすぐに外へと出た。


 まさか異世界にもゴミ屋敷があるとは思わなかった


 しかし、ガイナばかりに仕事をさせるわけにもいかない、自分も少しは役に立たねばと気合を入れ直して再び小屋の中へと入る。


 小屋の中では服が汚れると静止する忍を宥めながら、美乃は小屋中を調べ回っていた。


 それに倣って自分も口呼吸で無駄な抵抗をしながら小屋の中を見て回る。


 だが、いくら探せど海賊たちの居場所や銃の出所に繋がるような物は全くなく、あるのはゴミだけだ。


 探すだけ無駄なのではと少し気が緩み、口ではなく鼻で呼吸をしてしまい、鼻孔が転がった酒瓶から溢れた数種類の酒が混ざった匂いに占拠された。


 船酔いが治りきっていないところにこの強烈な匂いは相当不味かったらしく、三度吐き気が限界を迎えた僕は大急ぎで外に出て深呼吸する。


 自然豊かで全く汚れていない空気で肺を満たすと、少し気分が良くなった。


 波の音と海鳥の鳴き声のハーモニーが耳に心地良い。


 老後は田舎で暮らしたいなんて言う人の気持ちが良く分かる。


 しかし、何度か深呼吸を繰り返すうちに潮の香りにほんのり焦げた匂いが混ざっているのに気付く。


 昔から嗅覚には少しばかり自信がある僕は匂いの元を追ってみることにした。


 海賊云々の前に、自分たち以外誰もいないこの島で火でも燻ぶっていたら火事の元になって折角の豊かな自然が失われるかもしれない。


 大事になる前に消火せねば。


 匂いを辿りながら歩ていると、いつの間にかガイナが背後にいた。


「主よ、獣の様に鼻を引く突かせてどうしたと言うのだ。腹でも減ったのか? どれ、適当な鳥でも丸焼きにしてやろう」


 真上を飛ぶ海鳥に向けて手を向けるガイナを慌てて止める。


 人間形態の時は口ではなく手で火球を撃つようだ。


 火球を放つ姿をイメージするとバトル漫画の登場人物みたいでカッコいい。


 かなり見てみたいところだが、食欲は全くないので無駄な殺生は止めなければ。


「ガイナストップ! お腹空いてるんじゃなくてなんかだか焦げ臭いがしたのが気になっただけだよ」


「そういうことなら我に言わんか。主の鼻なんぞよりよっぽど早く正確に匂いの元を見つけてやれるというのに」


 人の鼻をつまんでぐりぐりしながら二、三度鼻を引くつかせたガイナは本人の言った通り、立ちどころに匂いの原因を見つけ出したのか僕にお構いなしにスタスタ歩いて行く。


 行き先は砂浜から直ぐの林。


 綺麗に並んで植えられているので、恐らくは防風林としてかつての島民が植樹したのだろう。


 奥の方には家らしき建物も見える。


 そんな防風林の一本の木の下で固まっている枝から煙が細く立ち上っていた。


 この量の煙では船や砂浜から分からなかったのは仕方ない。


 明らかに枝を積んだ形跡があり、自然に発火したのではなく誰かが焚火でもしたのだろう。


 しかし生木を使ったのが悪かった様で上手く燃えなかったしく、燃え残りが多い。


 まだ少し日が燻ぶっているので漁師小屋から桶かバケツでも探してきて消火しようかと考えていると、ガイナが突然袖を捲り上げ、手を光らせ城で見せた様に籠手で覆うと焚火の中にそのまま突っ込んだ。


 何事かとあっけに取られていると、ガイナは引き抜いた手に握っている物を顔に押し付ける様に見せてきた。


 焦げ臭さに思わずその場を飛びのく。


「何するんだよ!」


「ククク、本当にいい反応をするな主は。まあそんなことよりもほれ、あのいけ好かん女が必死こいて探しているのはこいつではないのか」


 ガイナが握っている物を受け取って見てみると、それは指示書の様なものだった。


 ところどころ焦げていて詳細までは分からないが、今の僕たちに必要な情報は十分に読み取れた。


「ガイナ、この焚火をきちんと消しておいて! 僕はこれを皆のところに!」


 焦げたところから崩れてこれ以上書類が読めなくならない様、慎重に持ちながら走り出す。


 背後からの恐らくガイナが消すの意味を間違えたのであろう爆発音を聞こえないフリをしながら。


「ちょっと待ってください、お見せしたいものがあります!」


 タイミングの良いことに、美乃たちはさらなる調査の為に防風林の奥にある廃村へと向かおうとしているところだった。


「どうしたんですか七海様。何やら爆発音が聞こえましたがまたガイナ様ですか?」


 またと言われる辺り、ガイナの行動は見透かされているらしい。


「そんなことよりもこれを見てください!」


 酷く慌てている様に見えたのか、宥めてくる美乃に書類を渡す。


 内容を読めば慌てている理由を理解してくれるはずだ。


 案の定、最初はまあまあと言いながら片目で読んでいた美乃の顔が強張り、僕を放って書類に夢中になる。


「あの小物、いつかはやらかすと思っていましたが、いよいよ一線を越えましたね。皆さん、船に戻りますよ。急いで!」


 突然の撤収命令に船員はおろか忍までも驚く。


 だが、いつもの貼り付けた笑顔が消え、険しい表情の美乃を見て自体が急を要しているのを理解した彼女たちは急いでボートへと戻っていく。


「七海様、よく見つけてくれました。貴方もガイナ様と早く船へ」


 頷くとガイナの元へと走る。


 案の定焚火跡が小さなクレーターになっているのを見ない振りして、船へ運ぶように頼む。


 急いでいたので気付かなかった自分が悪いのだが、大声でガイナを読んだ後にボートに乗せて貰えば再び絶叫せずに良かったと後悔しながら、ガイナの高速飛行を味わう羽目になるであった。


 当然ボートを追い越して先に船に着いた僕は、またも調子に乗ったガイナの空中三回転のせいで立っていられずに甲板に横たわる。


 程なく戻って来た美乃の号令で出港準備に取り掛かった船員たちに邪魔そうにされるが、動けずに小声ですみませんと言うことしか出来ないのであった。

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