第一章ー7
黄金の輝きに目を奪われ見惚れていると、美乃に声を掛けられ現実に引き戻される。
「七海様、お願いがあるのですが、ガイナ様には陸地に近づかない様に言っていただけないでしょうか」
「小娘、それはどういう了見だ。ことと次第によっては貴様ら全員陸地に上がることは叶わぬと知れ」
ガイナの怒気を含んだ声が船にいる者全員の頭に響き渡る。
船員たちや彼の主である僕ですら恐怖で縮み上がる中、美乃だけは毅然とした態度で恐れをおくびにも出していなかった。
「何も七海様を害したいが為に言っているのではありません。貴方様のお姿を見れば国の皆が怯えてしまいます。お恥ずかしながら我が国の状況は混沌としておりまして、一度騒ぎが起これば収拾をつけるのに一苦労なのです」
美乃の言い分は至極当然なのは分かるが、この世界で現状唯一頼れる味方と離れ離れになるのは些か困る。
「ならば我が人間共から見て恐ろしくない姿となれば問題ないのだな」
そう言い放った途端、ガイナの巨体が光に包まれ、徐々に縮み始めた。
さらに縮みゆくガイナの体は竜から僕たちとよく似た二足歩行の生物、人間に近い形へと変貌していく。
そして完全に人型へと変貌を遂げた光はゆっくりと船に降り立つと、己を包む光を弾き飛ばすかのように手を振り、正体を現した。
少しくすんだ鉄の様な銀髪、激しく燃える上がる炎を想起させる紅い瞳。
背が高く、型幅の広い筋骨隆々な肉体とウルフカットの髪型が相まってワイルドな印象を受けるその姿は、人でありながらどこかガイナを連想させる風貌であった。
「この姿ならば問題なかろう、主、小娘」
「も、問題多ありですよ! とりあえずこれを着て!」
言動からしてガイナであることはやはり疑い様がない。
恐らく僕から離れずに済むようにと魔法で姿を変えてくれたのだろう。
それ自体は大変に有難い。
ただ、六個に割れたカチカチの見事な腹筋と相反するたわわで柔らかそうな胸をおっぴろげにして胸を張っていなければの話である。
慌てて脱いだパーカーをガイナにすっぽりとダンクシュートの様にジャンプして頭から被せた。
「急に何をするんじゃ主。我はこんなものを着なくとも寒さなぞ感じんぞ」
「そういう問題じゃないですから! ちゃんとそれ着ててください!」
鬱陶しそうにパーカーを脱ごうとするガイナの手を無理やり止める。
僕にとってはダボダボでも、モデルも真っ青な高身長で魅力的な体には丈が合っていないらしく、少し動けば尻が丸出しになって一等賞を取ってしまいそうだ。
なんなら小さな重機でも乗せてそうな肩の辺りはパツパツで、次に僕が着る頃には伸びてしまっているのは確定だ。
「主の命とあれば仕方ないのう」
こういう時は主従関係であることが本当に助かる。
なんだかんだ言っても言うことは一応聞いてくれるからだ。
「そのお姿ならば問題ありません。七海様とご一緒に是非ご招待させてください。但し、むやみやたらにご自身の正体を明かすのはご遠慮くださいね」
周囲があっけに取られている中、ただ一人美乃だけがこの竜が人になる摩訶不思議な光景を受け止め、冷静に振舞っていた。
いくつかの魔法をこの目で実際に見ているにも関わらず狼狽える——ガイナの裸を見たせいでもあるが——僕とは大違いだ。
やはり一国の姫ともあろう人物は庶民と比べて余程肝が据わっているのだろうか。
「さあ皆さん、お客様が増えたのですし家路を急ぎますよ。国の皆も我々の帰りを待っているでしょうしね」
手を叩きながら美乃はそう言って、未だ呆気にとられたままの船員たちを立ち直らせると、船は速度を上げて陸地へと進んでいく。
「ガイナって、その、メス、というか、女性だったんだね」
「藪から棒になんじゃ。雄の方が良かったか?」
「別にそういうわけじゃないですけど」
なんとなく話し方でガイナは立派な髭を蓄えた仙人や老練な賢者をイメージしたせいか、てっきり男だと思い込んでした。
だが、人の姿を取った彼女の姿を見て思い込みは覆されてしまった。
美乃もとびきりの美人ではあるのだが、ガイナの人としての姿はそれ以上に綺麗だ。
はっきりとした彫の深い顔立ちに少し尖った耳。
ボディビルの大会に出れば間違いなく上位に食い込むのは確実な、そこまで鍛えるには眠れぬ日もあったであろう筋肉はギリシャ彫刻のそれだ。
まるで自分が仕事で描いた現実には存在しない、ファンタジーなゲームや小説の登場人物の様だとでも言えば少しは例えになるだろうか。
「クックック、さては主、女を知らぬな。もし望むと言うならいつでも相手をしてやろう」
隣にいたはずのガイナは、素早く僕の後ろに回り込むと背後から抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっとなにするんですか!」
身長差のせいか、頭の上にぽよんと熟れた二つの果実が乗る。
確かにガイナの言う通り女性とそういうことをした経験はないし、そもそも恋人が出来たこともない。
「顔がマグマみたく真っ赤になっておるではないか。主も好き者らしいのう、ほれほれ」
笑いながらガイナは逃れようとする僕をより一層強く抱きしめて自らの体を密着させてくる。
ただでさえ慣れぬ異性との直接接触。
それもこんな痴女みたいな真似をされてしまうと恥ずかしさで顔で焼肉でも出来そうな程に赤く、熱くなるのは必然だ。
「ガイナさん、もう勘弁して、恥ずかし過ぎて死んじゃいそうです」
「おっと、流石に悪ふざけが過ぎたかの。すまんすまん」
恥ずかしさのキャパシティーが限界を超え、瞳に滲んだ涙を見たガイナはようやく手を離してくれた。
「もう、二度とこんなことしないでくださいね」
「分かった分かった。じゃが男ならばもちっと女子への耐性を付けておかねばいざという時、恥をかくぞ」
「どうせそんな予定なんか一生ないんだから放っておいてください」
ハーフであればモテるのではと周りによく言われてきたが、それは僕には当てはまらない。
中学入学と共に止まった成長とさして変化することのなかった声変わり。
そこに全く髭を始めとした産毛以外の体毛が生えない体質と女顔の上に童顔が加わることで、学生時代は愛玩動物の様に女子に扱われることはあっても恋愛対象として見てもらえたことはただの一度もない。
社会人になってからもその扱いは殆ど変化することは無かった。
散髪に行くのが億劫で伸びたままにしている髪が拍車を掛けているのではとも思うのだが、どうせ髪型を変えたところで根本的な解決にはならないのだからと結局今日までそのままにしている。
ちなみに男からの告白やラブレターを受け取ったことは幾度かあるが、全て丁重にお断りした。
そんな悲しい過去を思い返している間に、船はいよいよ港へと入るのであった。
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