〈四〉
学校から詠蕾の家まで、つまりお隣さんである俺の家までの帰路はそこまで複雑な道ではない。正門側は車通りも多く、車道と歩道とを分かつのは頼りない白線のみのため、交通事故が起きると聞かされただけならこちらの道を避けてしまいそうなものの、実際俺と詠蕾がいつも使っているのは裏門側から帰る道だ。学校を出てからしばらくの間は住宅街を通る関係でそもそも車通りが少なく、住宅街を抜けてからは見晴らしのいい駅への一本道。国道にも繋がっているためそこまでくるとさすがに車も多いが、易々と乗り入れられないように歩道が高くなっていたりガードレールがあったりときちんと整えられている。件の和菓子屋と交差点は、その一本道を駅に向かって歩いて二つ目のところにあった。
「でも実際はこっちのルートで起きるんだよな?」
そう尋ねると詠蕾は頷く。だったら正門側から帰ろうとは言ったものの、詠蕾の言い分は「事故が起きる地点も凡そ分かってるんだしそこだけ気を付ければいい」だった。頑固すぎるだろう。
ただ、詠蕾がなぜ全く別のルートを辿らないのか。その理由も理解してはいる。
詠蕾が自身の死を避けることに成功したところで、その前に起きる出来事は変えられない。例えば屋上のフェンスが壊れかけていてそのフェンスに凭れた詠蕾が転落死した予知の場合、詠蕾が触れなくてもフェンスが壊れかけている事実は変わらない。だから、落ちる。
その理屈で言うと、今回の事故は信号の故障でトラックが突っ込んでくるという事実は変えられない。詠蕾はそれによる死を回避できるかもしれないが、他の人間が遭遇する可能性はゼロとは言えない。詠蕾はそれを気にしているのだ。
住宅街は静かだ。念のため他の生徒たちが巻き添えになる可能性も考えて、予知を視たときはタイミングをずらして下校している。だから車の音どころか人の声もほとんど聞こえない。もし予知が外れてここで突っ込んでくるトラックがいたとしても、物音で異変にはすぐ気付くことができる。
「そんな厳戒態勢入ってる刑事みたいな顔で辺り見回さなくても……綴利なんか今日やたら深刻じゃねえ?」
「んなことねえけど」
お前が呑気すぎるんだお前が。という叫びは呑み込んだ。
縁起でもないからあまり考えないようにしているが、最期の言葉が悪態だとしたら一生引き摺りそうな自覚があったからだ。
「あ。あっち向いてホイでもする?」
「しねえよバカ」
前言撤回。まあ悪態でも仕方のない時はある。
ぎゃはは、と静けさのなか笑い声は不釣り合いなほどによく響いた。
「綴利ぜんぜんギフト使わないよなあ」
「こんなん使いどころそもそもねえだろ」
「いやあるかもしんないじゃん。ある日突然戦争吹っかけられて、いやいや平和条約がありますから銃器はよくない、あっち向いてホイで決着つけましょうやなんてことになったらもう綴利一躍ヒーローよ?」
だからそんなクソな状況が起きてたまるか。同じ思考回路に眩暈がした俺は力なく「あほたれ」とだけ呟いた。
俺の悪態なんて気にした素振りも見せず、詠蕾は「どうやんだっけ」と続ける。
「なにが」
「どうやって強制あっち向いてホイさせんのって話」
「……お前知ってて言ってるだろ」
「いや知っ……てはいるかもしんねえけど覚えてねーもん。綴利が長らく封印してんだから。最後にお前が使ったとこ見たのいつだと思ってる?」
そう言われると確かに遠い昔だ。積極的に使っていたのは恐らく保育園時代にまで遡るだろうが、俺が指を差した勢いで一回転した際、あっち向いてホイをさせられていた保育士の先生が俺の指さした方向を追い駆けるみたいにひっくり返り、運悪く机の角に頭をぶつけ倒れたことがあった。幸い保育園の机だから角と言ってもぶつかり防止のクッションがしてあったし、そこまで大事にはならなかったものの、結局ギフトを積極的に使わなくなったきっかけはそれだったように思う。小学生に上がったら上がったで今度は「最弱ギフト」「無駄ギフト」だと揶揄われたし。
ただその時のことを思い出すと、自然と視線は横にいる詠蕾へと向いた。
「なに?」
「いや、覚えてねえのかなと思って」
「だから覚えてねーって言ってんじゃん、予知夢だって全部覚えてるわけじゃねーのに」
「そのことじゃ、……まあいいや」
大通りに通じた信号は青だった。詠蕾もぶうたれてはいるものの、視線はしっかりと左右に走る。予知にはまだ早い位置だが、ここからは交通量も増え、一歩一歩
それでも足並みを変えないまま、言葉を続けた。
「俺のギフトの使用条件は三つ。まず俺の声が聞こえていて、かつ俺に意識が向いている状態というか、自分に仕掛けられていると相手が認識できる状態だな。だから対複数はできない。俺のギフトが何なのかを知らない相手にも効果は薄かった。だから名前呼んだり、目の前に現れたりするのがいい。んで、合言葉を言ってから俺があっち向いてホイ、で向かせたい方向を指差すと同じようにそこを向くかんじ」
「指差すのってどこでもいいんだっけ」
「ああ。指差した勢いでそのまま対象も吹っ飛んだりすることはあるけど……」
「あーーー! たしかにそんなことあったよな!?」
「いや本当に覚えてなかったのかよ」
「だっておまえ全然使わねえんだもん!」
「だから使いどころがだな」
「わははは。ちなみに合言葉って?」
「…………二度と言わねえ」
「ごめんって」
そこで歩みを止めたのは、別に詠蕾に合言葉の詳細を教えてやろうと思ったからじゃない。隣で止まる詠蕾も気付いたようだった。車道を走り抜けてゆく乗用車の音。それに目の前で青になった歩行者の信号から出る、甲高い電子音が重なる。
「ここだ……」
右隣には和菓子屋。目前には横断歩道。
予知で視た死の場所が、そこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます