〈三〉
「まあとりあえず、今日はファミマで買い食いしないで帰る。そんで信号に注意だな」
「オッケー! 準備は万端だぜ!」
「正直おばさんに車で迎えに来てもらってそれまで学校で時間潰すのが一番生存率高いと思うんだけど」
「いやあ、最近忙しそうだし、注意するポイントも分かってるから大丈夫だろ。最悪なんかあってもいつもみたいに真逆に駆け出すよ」
そう言って、下駄箱に向かう廊下をさながらステージのごとく、ご自慢の足を見せつけるように広げた詠蕾は、とてもこのあと死が迫っているようには見えないほどに楽観的だ。もちろん今まで死をかいくぐり抜けてきた自信や経験もあるだろうし、この作戦は現状功を奏し続けている。夢で見覚えのある場面がきたと思った瞬間に真逆に走り出す、というシンプルな作戦ながら、文字通り死から逃げることができるのだ。力技すぎるだろ。
「お前よくその瞬発力勝負みたいなので回避してきたよなあ……」
「この黄金の両足とギフト備えて生んでくれたかーさんにマジ頭上がんねーよ」
「生きて帰れたらまたなんかすんの」
「うん。今日は晩飯作る」
「えら」
「そう決めてるからな」
上履きを脱いで靴紐のついていないニューバランスのスニーカーを履く詠蕾。俺はなるべくちんたら上履きを脱ぐ。トントン、とつま先で地面を叩く音がした。
死の予知を見た日、生きて帰れたら、ひとつ親孝行をする。
それは詠蕾が決めたルールのひとつだ。シングルマザーのおばさんは朝が早く、その度に心配させるのも申し訳ないから、予知夢のことは絶対に言わない。代わりにいつ予知夢が起こってもいいように喧嘩は必ずその日のうちに解決するようにするし、生きて帰れたらそれは母のおかげだという意味を込めて、なにか孝行をするらしい。
詠蕾はいいやつだ。とてつもなく。
なぜそのルールを設けたかを言うことはないが、俺は知っている。まだまだ研究途中のこのギフトについて、あらぬ噂が出回ったからだ。
強いギフトを持つ者ほど、長く生きられない。
俺みたいなどうでもいいギフトじゃなく、少なからず自分の未来や他人の未来を変えるのに影響しそうな強いギフト。それを持つ者はその強さに比例して、死ぬ機会が増えるとアメリカかどこぞの国の研究者が発表したらしく、その話はまたたくまにSNSやテレビで取り上げられた。
その時に一番傷ついたのがおばさんだということを、詠蕾は知っている。
ただでさえ実の息子が死の予知夢を視ること、即ち「死ぬかもしれない」と不安になる機会が普通の母親よりも多いのに、もしもそれがギフトのせいなら、そんな風に生んだ自分の責任だと考える。おばさんはそういう人だ。だから、詠蕾はいつも、「母さんのおかげで助かったから」と言う。そのお礼として親孝行をする。
そんな二人をお隣さんとしてずっと知っているからこそ、俺は詠蕾と一緒に過ごすようになった。詠蕾と一緒にいるとそれだけ死ぬ機会も増えるという人もいたけれど、詠蕾が一人で事故に遭うぐらいなら、俺がいることで助けを呼んだりできるかもしれないと思うからだ。
そして俺には、それしかできない。
こんな時、自分のギフトがもう少し、ひとの役に立つようなものならばと思う。
あっち向いてホイじゃ世界はもちろん、親友だって救えない。
「大丈夫だって」
「詠蕾?」
「おれも死なないし、おまえも死なない。そもそも予知にはおまえいなかったし、おまえがいる時点で予知とはすこし変わってるだろ?」
「……見えなかっただけかもしれない」
「ネガティブだなあ綴利は。苗字みたいに勝ちにいこーぜ!」
「思慮深いと言ってくれ」
嘘だ。今までどれだけ死を潜り抜けてきたと言えど、怖くなくなるはずがない。それを誰かにぶつけることもせず、こんな状況でも前を向いて生きることを考える。そんな詠蕾の方が、俺なんかよりうんとずっと思慮深いと知っている。
「はやく帰ろうぜ。いっぺん帰って着替えてさ、夕飯の買い物付き合えよ」
「……お前、肉しか買わなさそうだもんな」
「今夜はステーキにするわよアナタ」
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