〈二〉

 昔は超能力と呼ばれていた能力が、ギフトと命名されたのは親の世代の頃からだ。と、教科書やメディアは語っている。

 そもそも類稀なる天才がギフテッドと称されてもいたが、頭の良し悪しにかかわらず、ある年以降に生まれた子どものすべてがその能力を持つようになったのだから、それもまたギフトだろう、という世論の声をきっかけに、全世界でその名称が統一されたらしい。実際、俺自身も超能力とギフトなら、こっちの方が適切で好ましいとも思う。


 なぜなら、ギフトはあくまで贈り物ギフトであるからだ。


 漫画の中に出てくるみたいに宙に身体を浮かせて飛び回ったり、ビルを倒すほどの超怪力だったり、そんな御大層なギフトは今のところまだ発見されていない。もちろん超怪力ぐらいはいるかもしれないが、大いなる力には大いなる制限がある。宙に浮かべてもせいぜい十センチとか、とてつもない怪力も五秒間しか持続できないとか。その存在だけで核兵器ばりの世界を変える力を持つ、そんなギフテッドはやはりフィクションの中にしか存在しなかった。

 かくいう俺、勝木かちき綴利つづりのギフトも「強制的にあっち向いてホイをさせられる」とかいうどこで役に立つのか分からないもので、小さい頃ならさておき高校生にもなった今、使う機会はほとんどない。強制的にあっち向いてホイってどこで使うんだ本当。たとえば戦争がはじまるとして、総理大臣が某国と「これから仕掛けるゲームで勝利した方が勝ち」とかいう条件を突き付け相手がそれを了承したらなんとか活躍の日の目があるかもしれないが(なにせあっち向いてホイは俺の好きな方に向かせることが出来るので生まれてこのかた負けなしだ)、そんなクソみたいな機会は二重の意味で訪れない方がいい。


 ただ一方で、俺のような使い勝手の悪いギフトもあれば、国同士のパワーバランスを揺るがすほどではないにしても、一般的に言ってのギフトもある。



 それがこの幼馴染、万木ゆるぎ詠蕾みらいのギフトだ。



 詠蕾は、端的に言うと「未来予知」のギフトだ。夢で未来を視ることができる。ただしその能力は限定的で、自分が死ぬきっかけの出来事を三秒間だけ視ることができるというもの。だから自分の意志で視れるものでもなければ、その能力で宝くじや競馬を当てて大金持ち、なんてこともできない。


 ただギフトなしでもできることがある。

 夢で視た死の光景を元にして、死ぬ未来を変えることだ。



「たぶん放課後だと思うんだよな。おれ、ちゃんとネクタイしてたし」

「ああ、いつもネクタイリュックの中にぶち込んでくるもんな。だから朝は余裕こいてたわけか」

「うん。ファミチキが落ちたの見えたから買い食いしてたぽいし、朝飯食う余裕あったからわざわざ登校前に買わないだろ? そもそも遅刻寸前だったから買う暇もないし、こりゃ放課後だなーって」


 もう朝を過ぎとっくのとうに平和な昼休みを学校で迎えているから、結果論として朝に死亡の危機が迫っていなかったことは分かる。分かるが。


「せめてそれを俺に説明しようとは思わなかったのかなあ詠蕾クン」

「いや遅刻しそうでそれどころじゃなかったし」

「………………」

「ああっ! おれのカレーパン!」

「うるへえふふひは」


 詠蕾の手中にあるカレーパンを盗み食うことで手打ちとして、顎の動きで続きを促す。伸びた茶髪を机の上に投げ出すようにうつ伏せになってから、うめき声以上恨み節未満の声を長く漏らしたあとに、詠蕾は腕から目だけを持ち上げる。


「横断歩道渡ってたらトラックが突っ込んできてジ・エンド」

「少なすぎんだろ情報が。ほかになんかないの」

「うーん……赤と……緑…………?」

「どん兵衛の話じゃないよな?」

「ちげーって。一瞬だったから怪しいけど、信号機じゃねーかなって二度寝しながら考えてた」

「そら横断歩道なんだから信号機ぐらい目につくだろうが」

「そうなんだけど、おれの予知って死のきっかけに関係するものが次々目に入るんだよ。だから要素が多いと絞れなくてしんどいんだけど、一方で目に入ったってことは信号機が関係すると思うんだよな」


 信号が死に関係する。日常生活ではなかなか想像のつかない事態だ。そもそも信号はやたらめったら事故が起きないように整理する役割を果たしているのだし――。

 そこまで考えたタイミングで、俺の思考が分かったのか詠蕾が頷いた。


「誤作動か!」

「おれもその予想。誤作動でトラックが突っ込んでくるんじゃないかって」

「じゃあファミチキは?」

「うっかり落としたおれが青信号だって油断して取りに戻ったタイミングで、とか? 言ってて思うけどおれあほすぎない?」

「まあたしかにお前ならありえるが……」

「神妙に頷くなそこは」

「でも他の可能性もあったりしねえの?」

「ん~~……いつもはもーちょっとちゃんと視えるんだけど。ま、でも三秒間なんてこんなもんだし」

「二度寝したから忘れたんじゃねえの」


 自分の生死にまつわることなのに、曖昧だとかどこか他人事のような様子にどうしても苛立ってしまい、口調が思わずぞんざいになってしまった。奪ったカレーパンで流し込む。

 ふと視線を戻すと、こちらを見つめている詠蕾と目が合った。さすがに気付かれたか。長年の幼馴染で腐れ縁であるお前のことを、少なからず死んでほしくないと思う程度には大切に思っているということを。改めて言う事は気恥ずかしいが、友人に死んでほしくないこの気持ちを理解してもらえたなら、とあと数秒もしていたら鼻の下を擦りながら名演説をぶちかましそうな寸前、真面目な顔で詠蕾は言った。


「もしかして走らせたの根に持ってる?」

「…………いや」

「?」

「タッチの差でお前がセーフで俺がアウトになったのは根に持ってる」

「それは先生に言ってくれる!?」

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