3章

第9話 ジャック

 太陽軍の拠点は旧東京の地下鉄跡に点在している。旧東京は数年前にとある事故が起きて避難シェルター以外は吹き飛んだらしい。事故の前に避難警報がしっかりと出されていたおかげで人間の死亡者は出なかった。人間の、だ。UHMはその勘定に入れられていない。


 収容所のUHM達もそうだが、太陽軍のメンバーにもその日のことをよく覚えている者は多い。避難シェルターに向かったものの、人間が優先だと言われて追い出された者も少なくなかったそうだ。


 生死がかかっているとなると途端に人間は醜くなる。昔の戦争では避難した壕で赤子が泣くと、軍人が怒り母親からその子を取り上げ殺したという事例もあった。


 人間同士でさえもそうなるのだ。人と違う存在なら尚更虐げられるのも理解できる。しかし、理解と許容は別だ。俺は不平等を無くさなければならない。


 正直なぜそのような気持ちに駆られているのかは分からない。ただ頭の中でお前はそうあるべきだと何者かがずっと囁いているのだ。


 地下鉄跡の拠点にはある程度外の情報を仕入れるためにテレビやラジオなどが置いてある。携帯機器は市販のものだと位置情報を掴まれるのでお手製のものだがそれでも充分だ。


 左手をテレビにかざすとパリッと音を立て、青色の光が稲妻のように走る。


「本当にいいのか?」


 ジュアがどことなく申し訳なさそうに声をかけてくる。しかしその目は怒りと闘志に燃えていた。


「別に……。わしも人でなしだ、われ達たぁ別の意味で。それにわしゃ誰かのために国に喧嘩を売っとるんじゃない。全部自分のためだ」


 コアを取り込めば取り込むほど出来ることが増えていく。だが……目的を達成出来なければ何もかも無意味だ。頭から左手へ意識を向けて……。力の使い方は新しく出来ることが増えるたび、何故か不思議と頭に浮かぶ。まるで昔使ったとこがあるかのように。


 視界に青い稲妻が走り、直感的に繋がったと感じた。


 多くの人の視線を感じる。俺にではなく、突然画面が変わったテレビや携帯に対してだ。


 そう、俺は今全ての電波を掌握している。瞼を開き、勇ましい軍人がそうするように姿勢を正し、声を張る。


「俺は太陽軍のリーダー、雷呀蕾だ!これは宣戦布告である。我々UHMにこれ程の辛酸を舐めさせておきながら胡座をかき続ける人間達へ。先ずはこの地……日本を制圧する。愛すべき國を!汚れた思想で血の流れる凄惨な土地にしたのは誰か!自由平等を掲げておきながらナチス・ドイツの再来をもたらしているのは誰か!UHMというだけで母子を惨たらしく殺し、その遺体から取り出したコアで生活を支えるなど狂気の沙汰である!!今こそ意識を変える時だ!太陽軍の思想は本来の自由と平等だ!賛同する者は立ち上がれ!武器を持て!反対する意志をっ」


 そこまで声をはりあげた瞬間だった。体中に強力な電流が流されるような感覚と同時に頭の中でバチンと強い閃光が走った。


 電波妨害か!?いや、そんな急に用意出来るわけがない。では、なんだ、これは。まるで俺が電波ジャックをすることを予見していたかのような……!


「大丈夫ですか!?」


 ジュアが後ろへ倒れそうになっていた体を受け止めてくれる。その感覚でようやく俺は能力で掌握していたはずの電波から無理矢理引き剥がされたことに気がついた。


 猛烈な違和感。


 すぐに調べなければと声を出そうとすると、口から声ではなく血が大量にどろりと溢れた。


「!?」


 能力の弊害か?いや、違う。


 俺を妨害した上で攻撃してきた奴がいる……。一体誰だ。今まで攻撃の予兆すら検知出来ない者と出会ったことはなかった。新兵器か、それとも。


 どちらにせよ敵ならば戦うのみだ。心配するジョアを振り切って口から流れる血もそのままにもう一度電波ジャックをしようとした。


 しかし力を使おうとした瞬間、バチンと手が青い電撃で弾かれる。俺と同じ能力……だが俺より強い力だ。


「やめましょう! これ以上は見ていられない!」


 焦げ付く左手を再度テレビにかざそうとするとジュアが抱きつくようにして止めて来た。何故こいつはこんなに必死なのだろう。どうせ死ねば治るのにとぼんやりと頭の中で考えて……やめた。


 考えたところで何も変わらない。何も……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落日 月桂樹 @Bay_laurel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ