第8話 宣言

ハウライトラピスに話しかけていた少年はその輝く瞳をこちらに向けながら口を開く。


「俺の名前はルキウスだ。ルキウス・ヴェザード。それから今ここにはいないが、もう一人、俺とほとんど同じ見た目の奴がいる。そいつはリュシアン。お前を殺した少年兵より幼い見た目だから平気だろ? 亜美は過保護なんだよ。俺の言うことだけ信じていればいいのに」


一息でルキウスはそう言うと、もう興味を失ったのか視線を景色の移り変わる不思議な板のようなものに移す。呆気に取られてハウライトラピスの方を思わず見るが、どうやらいつもそのような態度らしく少し困った顔で肩を竦めて笑った。


「新入りか? 新入りだな? ヤッター! 俺にもついに後輩が出来る!」


ワンテンポ……というかかなり遅れて部屋の奥から物につまずきながら茶髪の青年が走ってくる。その勢いが怖くて少し後ろに下がってしまった。すると、なにか察してくれたのかアベルが青年と私の間に立つ。


「少し落ち着け」


「し、し、知らねー! お前、俺のカーチャンでもトーチャンでもねぇし!」


「関係ない。怖がっている」


十にも満たなさそうな見た目のルキウスとは真逆に二十歳は超えていそうな彼は言動がかなり拙い。距離をグイグイ詰めてくる人は苦手で体がこわばる。


「俺! 風間レイ! レイって呼んで! 歳は二十から三十の間!」


「間……?」


「いくつだっけ? 忘れたけど、多分あんまし変わんないよ、変わらない、変わってるわけなーい!」


ケラケラと楽しげに横に揺れながら話すレイは斜視のせいか視線が合わず少し怖い。それになんだか話をしているはずなのに、上手く意思疎通が出来ていないような……。


「邪魔だ、どきたまえ」


「ンゲェッ」


フラフラ揺れていたレイをハウライトラピスは思い切り横に突き飛ばすと、暴力を奮ったとは思えないほど優しげな笑みを浮かべて私をじっと見る。


「この世界と前の世界はかなり文化レベルが違ったようだな。良いぞ良いぞ、戸惑うのも仕方なかろう。こういったのは私の得意分野とは違うが人の子に施しを行うのは好きなんだ。私に身を任せなさい」


そう言うとハウライトラピスはその陶器のような手を伸ばしてきて私の額にピタリと指先を当てる。ぼんやりとあたたかい。


「不便を解消してやろう。なに、恐れることは無い。少し失敗すれば脳が弾け飛ぶだろうが瑣末事だろう?」


物騒な言葉が聞こえてきて思わず固まる。脳が弾け飛ぶ?しかし、私が恐怖に顔を引きつらせるよりも、アベルが止めに入ろうとするよりも先に頭の中に温もりと暴力的な量の情報がなだれ込んできた。


上も下もわからない。自分が立っているのか倒れたのかも。テレビ、通信機器、自動ドア、キーロック。知らないはずのことがずっと昔から知っているように頭の中で浮かんでは塗り込まれていく。


絹の布で包まれているような、それでいて無重力空間に放り出されたような。知らない感覚に囚われている。目の前はチカチカと瞬いて景色が見えない。その代わりに巨大な白い手が私を貫通してどこかへ伸びていくのが見えた。


ぞぶり、と頭の中を掻き回されるような知らない感覚。強い吐き気に襲われて耐えきれず嘔吐する。


「フハハ、吐くだけですむのか。上出来だな」


ふと目眩の中、視線を声の方に向けるとにっこりと優しげに微笑むハウライトラピスと目が合う。視界はグラグラと揺れているが巨大な手やチカチカとする光はもう見えていない。


ただ目の前で笑うこの人は人の形と声を使う全く違う……思考も噛み合わないような存在だと、ただなんとなくぼんやりと思った。


ふらつく足、浮遊感が続いて気分が悪い。知らないはずのことが頭の中に溢れている。テレビ……薄いあのスクリーンの、光る画面の音がうるさい。ニュースが流れている。いや、あれは、なんなのだろう。あんなもの知らない、知らないはず。


その時だ、パッとニュース画面が消えて黒髪で軍服を着た男が映ったのは。


「ジャックか!」


ルキウスが興奮したように声を張って身を乗り出す。ジャック……テレビジャック……?この男の人は誰なんだろう。少しづつ感覚がマシになってきて、ようやくアベルが背をさすってくれていることに気がついた。


礼を言おうとアベルへ視線を移したが、彼もジッと緊張した面持ちでテレビに映る男を見つめている。私もわからないままなんとなく周りに合わせて画面に視線を戻した。


「これは宣戦布告である。我々UHMにこれ程の辛酸を舐めさせておきながら胡座をかき続ける人間達へ。先ずはこの地……日本を制圧する」


宣戦布告、制圧。そんな言葉を言っているとは思えないくらい緩やかに笑みを浮かべて男が言う。左頬にはしる銃跡がまるで稲妻のようだった。

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