一番弟子③

「ほら、見てみろ!ククリ。このボウズの立ち姿。もう剣豪だろ!ソードマスター一歩手前だろ!コレ」

「そうですか?ボクにはなんとも……」


 ククリが不可解そうに首を捻る。それはそうだろう。俺だってよくわからん。


「なぁ、ボウズ。お前……名前はなんていうんだ?」

「…………」


 今度は俯いて口を閉ざす少年。代わりに奴隷商人が答える。


「あー……すみません、旦那。そのガキ、名前がわかんねぇんですよ」

「あん?」

「いやね?そいつの故郷、数年前にモンスターに襲われて滅びてるんでさぁ。そんで偶々生き残ったのがそいつなんですよ。そん時のショックで自分の名前とか昔の事、思い出せないみたいなんです。まあ『おい』とか『お前』とかで事足りるんで、不便はしてませんがね……て、旦那?」


 軽い雑談から飛び出した重い話に再び俺の涙腺はキュッとなる。そして、この少年を買い取る決断は更に強まった。


「いや、何でもない。それよりホラ、金だ。このボウズ、買わせてもらう」


 布袋から1300Gを取り出すと、商人に差し出す。目の前の男は満面の笑みを浮かべると、それを引ったくるように受け取った。


「へへ、売れた売れた。毎度あり。……おい!こちらがお前のご主人様だ!しっかり働けよ!」

「おっと」


 商人に背中を押され、フラフラと少年がこちらに身を預ける。その身体は驚く程軽い。


「では旦那。機会があればまた」


 俺から受け取った金をポケットに捩じ込むと、商人は足早にその場を去っていった。


「……で、良かったんですか?ゲンさん」

「しょうがねえだろ、買っちまったモンは。それに鞍馬心眼流ウチの門下生になってもらうのは本当だぞ?」

「はぁ……。なら、いいんですけど」


 その時。弱々しい声と共に俺の服が軽く引かれた。


「……あの、ご主人様?」


 それは、先ほどまで口を閉ざしていた奴隷の少年が発した言葉だった。


「おれは、何をすれば……」

「そうだな……。まず、俺の事は『ご主人様』じゃない。『師匠』と呼べ」

「ししょー?」

「そうだ。それから……おい、ククリ。ちょっと待っててくれ」

「えっ?ちょっ、ゲンさん!?」


 俺はその場をククリに任せると、近くの武器屋に向かって駆け出した。


(確かさっき回った時にあったハズ)


 訓練用の木剣。ギルドの訓練所にもあったそれを購入すると、俺はすぐさま二人の元に戻る。


「それを持ってみろ」

「……はい、ししょー」

「んで、こう振る」


 俺は無手で刀を振る動作を見せた。少年もそれを見て、俺を真似る。


「そうだ。あとは、もっと脇を締めて。力を抜いて……そうそう」


 微調整をし、再び少年が木剣を振る。初めてにしては中々良い太刀筋だ。


「それでいい」

「え?」

「そういうのを、一つ一つ覚えていく。それがお前の仕事だよ」

「これが……おれの……」


 繰り返すように呟き、少年は握り締めた木剣を見つめる。


「しかし、名前が無いのは不便だな」

「そうですね。……ゲンさんが決めてあげたらどうですか?」

「俺が?」

「ええ。一時的なものでもいいじゃないですか。彼が思い出すまでの仮の名前です。キミもそれでいいよね?」

「はい、お願いします。ししょー」


 そう言って、ククリと少年がこちらを見る。


「わかったよ」


 俺は仕方がないとばかりに腕組みをすると、少年を見た。


(名前ねぇ?)


 身なりこそボロボロだが、彼は物静かで聡明な印象を受ける。そんな少年のイメージがある言葉と重なった。


「……凪」

「えっ?」


『凪』。水面が風等の影響を受けず、静まり返った様子を指す言葉である。俺は、直感的にそれが目の前の少年にピッタリのように思えた。


「ナギってのは、どうだ?」

「……は、はい。いいと、思います」


 そう言うと、ナギは小さく頷いた。そんな彼の肩をククリがユサユサと揺らす。


「じゃあ、キミはナギくんってことで!良かったね~ナギくん!」

「はい、ありがとうございます。ししょー」


 そしてナギは、この日初めての笑顔を浮かべた。

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