天敵

 その技は、完全な脱力から始まる。無駄な力を排し、刀を振るう力にのみ注力するためだ。


「……いくぞ」


 指先まで脱力し、ほぼ指と柄の摩擦でのみ刀をぶら下げる。そして、そこから一転。全身の力を解放し、バネのようにスライムに向かって飛びかかる。


『鞍馬心眼流一刀ノ型・八剣やつるぎ


 遠心力で刀が抜けないよう、指先にのみ力を込めた。そこから繰り出される目にも止まらぬ連続切り。それこそが一刀ノ型・八剣だ。


「だりゃあ!!」


 連撃の最中さなか。再生するスライムの下部に十四太刀目が入る。刹那、刀越しにガツンという手応えを感じた。


った!)


 粘着質の体から弾き出されるように、ビー玉程の塊が転げ落ちる。それと同時にスライムは溶けて消え去った。


「!!」


 休む間もなく、今度は二匹のスライムが跳び上がった。俺を押し潰すつもりなのだろう。だが、裏を返せば空中にいる奴らも俺の剣を避ける術はない。


「せりゃあ!」


 軽く息を吸うと、俺は再び八剣でスライムを迎え撃った。

 何度奴らに斬撃を入れたのだろう。二匹のスライムの核を破壊する頃には、俺は肩で息をし、滝のような汗を流していた。


「ふーーー……」


 一旦息を吐ききり、心肺機能の回復を図る。しかし、効率の悪さは否めない。


(スライムは六匹。早く次に……)


 残りの三匹に隙を見せる訳にはいかない。そう考え、俺は素早く振り返った。だが。


「おーい!ゲンさーん!こっちは片付きましたよ!」


 嬉しそうに笑うククリが、杖をブンブンと振り回しながら俺を呼んでいた。


「……はぁ?」

「これでクエスト達成ですね!」

「いや、おま……そんなあっさり。……どうやった?」

「そりゃあ、こう。魔法でバチーンと」

「バチーン……」

「はい。スライムは物理攻撃には無敵ですけど魔法攻撃には弱いんです。そこにボクの才能が加われば……。それはもう、赤子の手をひねるが如く、ですよ」

(こいつ、汗一つかいてねえ。)


 若干調子に乗ってるククリの手のひらで、何かが光った。


「スライムの核か?それ。俺のと違ってきれいなモンだな」

「魔法を使えば核を壊さなくても倒せますからね。でも、討伐の証は壊れてても問題ないって言ってましたし、大丈夫ですよ」

「ああ、そうだな。じゃあ俺も核を回収……の前にちょっと待っててくれ」


 一旦断りをいれると、俺は割れたスライムの核を一ヶ所に集め、手を合わせた。


「何してるんですか?」

「コイツらを供養している。こっちの都合で一方的に命を奪ったんだ。せめて、な」

「供養、ですか」

「まあ俺の自己満足みたいなモンだ。悪かったな、待たせて」

「いえ。……ボクもやります」


 ククリは俺の隣で膝を折ると、見よう見まねで手を合わせる。


「討伐したモンスターに手を合わせるなんて、ボクの回りには無い考え方でした」

「そうか。別に無理して付き合わなくていいんだぞ?」

「いえ、その……ボクも素敵な考え方だと思いましたし」

「そうか」


 少しの沈黙。だが、それを引き裂くようにククリが大声を上げた。


「ああーー!!」

「!?なんだ!どうした!?」

「あ、あの核……」


 俺が倒した三匹のスライムの核。その一つをククリは指差している。

 よくよく見ると、それは他二つに比べやたらキラキラと輝いていた。


「あの、ゲンさん。もしかして、変わった色のスライムがいませんでした?」

「……」


 あの時はひたすら斬ることに夢中で気が付かなかった。が、言われてみればそんな気がしてくる。


「そういやぁみんな黄緑の半透明だったが、一匹だけ角度によっちゃあ七色に光る奴がいたな」

「やっぱり……」


 ククリはあからさまに肩を落とした。


「おい、なんだよ」

「……ゲンさんが倒したのは、超希少なモンスター『ジュエルスライム』です」

「……それで?」

「ジュエルスライムの核は高額で取引されていて、大きく状態の良い物なら家一軒が建つほどと言われています」

「!!マジかよ」


 ククリの言葉に、一瞬息を飲む。だが、ふと我に帰ると再び自分の切った核を見た。


(真っ二つ……)


 俺の心情を察したようにククリが続ける。


「ですが、少しでも傷があるとその価値は極端に下がります」

「…………」


 俺は無言でバラバラになった核を拾い集めると、空を見上げた。だって涙が溢れそうだったから。


「なあ、そのジュエルスライムとかいうの。魔法だったら無傷で核を回収できてたのか?」

「それは、はい」


 ばつが悪そうにククリが頷く。


「じゃあ俺が魔法を使えてたら、こんな悲しいことは起こらなかったんだよな」

「…………」


 黙り混むククリ。だが俺はそれを肯定として捉え、今一度空を見上げる。そして。


「魔法の、バカヤローー!!」


 悲しい中年の慟哭が、周囲の森に木霊するのだった。

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