天敵
その技は、完全な脱力から始まる。無駄な力を排し、刀を振るう力にのみ注力するためだ。
「……いくぞ」
指先まで脱力し、ほぼ指と柄の摩擦でのみ刀をぶら下げる。そして、そこから一転。全身の力を解放し、バネのようにスライムに向かって飛びかかる。
『鞍馬心眼流一刀ノ型・
遠心力で刀が抜けないよう、指先にのみ力を込めた。そこから繰り出される目にも止まらぬ連続切り。それこそが一刀ノ型・八剣だ。
「だりゃあ!!」
連撃の
(
粘着質の体から弾き出されるように、ビー玉程の塊が転げ落ちる。それと同時にスライムは溶けて消え去った。
「!!」
休む間もなく、今度は二匹のスライムが跳び上がった。俺を押し潰すつもりなのだろう。だが、裏を返せば空中にいる奴らも俺の剣を避ける術はない。
「せりゃあ!」
軽く息を吸うと、俺は再び八剣でスライムを迎え撃った。
何度奴らに斬撃を入れたのだろう。二匹のスライムの核を破壊する頃には、俺は肩で息をし、滝のような汗を流していた。
「ふーーー……」
一旦息を吐ききり、心肺機能の回復を図る。しかし、効率の悪さは否めない。
(スライムは六匹。早く次に……)
残りの三匹に隙を見せる訳にはいかない。そう考え、俺は素早く振り返った。だが。
「おーい!ゲンさーん!こっちは片付きましたよ!」
嬉しそうに笑うククリが、杖をブンブンと振り回しながら俺を呼んでいた。
「……はぁ?」
「これでクエスト達成ですね!」
「いや、おま……そんなあっさり。……どうやった?」
「そりゃあ、こう。魔法でバチーンと」
「バチーン……」
「はい。スライムは物理攻撃には無敵ですけど魔法攻撃には弱いんです。そこにボクの才能が加われば……。それはもう、赤子の手をひねるが如く、ですよ」
(こいつ、汗一つかいてねえ。)
若干調子に乗ってるククリの手のひらで、何かが光った。
「スライムの核か?それ。俺のと違ってきれいなモンだな」
「魔法を使えば核を壊さなくても倒せますからね。でも、討伐の証は壊れてても問題ないって言ってましたし、大丈夫ですよ」
「ああ、そうだな。じゃあ俺も核を回収……の前にちょっと待っててくれ」
一旦断りをいれると、俺は割れたスライムの核を一ヶ所に集め、手を合わせた。
「何してるんですか?」
「コイツらを供養している。こっちの都合で一方的に命を奪ったんだ。せめて、な」
「供養、ですか」
「まあ俺の自己満足みたいなモンだ。悪かったな、待たせて」
「いえ。……ボクもやります」
ククリは俺の隣で膝を折ると、見よう見まねで手を合わせる。
「討伐したモンスターに手を合わせるなんて、ボクの回りには無い考え方でした」
「そうか。別に無理して付き合わなくていいんだぞ?」
「いえ、その……ボクも素敵な考え方だと思いましたし」
「そうか」
少しの沈黙。だが、それを引き裂くようにククリが大声を上げた。
「ああーー!!」
「!?なんだ!どうした!?」
「あ、あの核……」
俺が倒した三匹のスライムの核。その一つをククリは指差している。
よくよく見ると、それは他二つに比べやたらキラキラと輝いていた。
「あの、ゲンさん。もしかして、変わった色のスライムがいませんでした?」
「……」
あの時はひたすら斬ることに夢中で気が付かなかった。が、言われてみればそんな気がしてくる。
「そういやぁみんな黄緑の半透明だったが、一匹だけ角度によっちゃあ七色に光る奴がいたな」
「やっぱり……」
ククリはあからさまに肩を落とした。
「おい、なんだよ」
「……ゲンさんが倒したのは、超希少なモンスター『ジュエルスライム』です」
「……それで?」
「ジュエルスライムの核は高額で取引されていて、大きく状態の良い物なら家一軒が建つほどと言われています」
「!!マジかよ」
ククリの言葉に、一瞬息を飲む。だが、ふと我に帰ると再び自分の切った核を見た。
(真っ二つ……)
俺の心情を察したようにククリが続ける。
「ですが、少しでも傷があるとその価値は極端に下がります」
「…………」
俺は無言でバラバラになった核を拾い集めると、空を見上げた。だって涙が溢れそうだったから。
「なあ、そのジュエルスライムとかいうの。魔法だったら無傷で核を回収できてたのか?」
「それは、はい」
ばつが悪そうにククリが頷く。
「じゃあ俺が魔法を使えてたら、こんな悲しいことは起こらなかったんだよな」
「…………」
黙り混むククリ。だが俺はそれを肯定として捉え、今一度空を見上げる。そして。
「魔法の、バカヤローー!!」
悲しい中年の慟哭が、周囲の森に木霊するのだった。
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