初めての就活②

「あ、あの。なんスか?ここ」


 何とか絞り出した俺の質問に、受付の美人は営業スマイルで答える。


「魔力の欄は後程のちほど測定を行いますので空白で結構です。スキルの欄にはご自身のスキルをご記入ください」


 ……なるほど、わからん。


「おい、ククリ」

「なんですか?」


 金色の髪を耳に掛け、書類に向かう彼女に俺は小声で尋ねる。


「スキルってなんだ?資格とかのことか?俺ぁ漢検3級と普通自動車免許ぐらいしか持ってねぇが……大丈夫かな?」

「資格?……ゲンさん、何言ってるんですか?」


 ククリは心底不思議そうな顔をした。


「スキルと言うのは、ボク達が年頃に授かる特殊能力のことじゃないですか。各町の役所とかでスキルの詳細は鑑定してもらえますよ?」

「あん?特殊能力?鑑定?」

「因みにボクのスキルは『鷹の目ホークアイ』。遠くの景色が見える優れものですよ?」


 人差し指と親指でわっかを作り、彼女はソレを覗きこんでみせる。


(つまり、望遠鏡みたいなモノか)


 喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、再びククリに問いかけた。


「年頃って……具体的にはどのくらいなんだ?」

「個人差はありますが、大体十歳前後ですかね?スキルに目覚めるのは。常識ですよ?」


 知らんわ、そんな常識。と言いたくなる感情をグッと堪え、俺は聞き返す。


「俺、スキルそんなん無いけど」

「えっ!?そんな人いるんですか?……でも、本当に無いなら素直に書くしかないんじゃないですかね」


 彼女の助言に従い、『スキル:無し』と用紙に書き込む。その時の、受付の女性の顔たるや筆舌に尽くしがたい。


「は、はい。それでは魔力の測定を行いたいと思います。では、そちらの器具を握ってください」


 そう言って俺達の前には、握力計のような器具が差し出された。


「じゃあ、ボクから行きますね」


 ククリはそういうと、早速その器具を握った。


『820』


 写し出された数字を見て、受付の女性が声を弾ませた。


「素晴らしいですね。それではその数値を魔力の欄にご記入ください」


 一連の流れを見ていた俺は、ククリに耳打ちをする。


「おい、良くわからんが820ってすごいのか?」

「フフン。そりゃあ、まあ。平均的な魔法使いの魔力は500くらいですから。ボクも地元では神童と呼ばれたものですよ」


 無い胸を反らしながら、得意気にククリは語る。


(……なんか腹立つな)


 魔力。名前からして、魔法に関連する数値なのだろう。魔法なんかとは無縁な人生だったが、その『スキル』とやらが無い以上ここで結果を出すしかあるまい。

 俺は腹を決めると、魔力を測定するという器具を手にする。


「どうだ!!」


 すかさず画面を確認する。


『0』


「「「…………」」」


 その場の一同が沈黙する。だが、その静寂を終わらせるように受付の女性が小さく咳払いをした。


「……こほん。残念ですがクラマ様。これでは冒険者登録を行うことは出来ません」

「えっ!?」

「確かに我がギルドは人手不足です。しかし、だからといって誰でもいいという訳ではありません」

「というと?」

「最低限自分の身は自分で守れる者。つまり、戦闘に有利なスキルをもっているか、基準値以上の魔力を備えていることが、登録の条件です。私共わたくしどもとしましても、負傷者の数は極力抑えたいので」


 もっともな言い分だ。だが、こちらも『ハイそうですか』と引き下がる訳にはいかない。


「あ、あの~。要は戦う力があればいいんスよね?だったら、その。俺は大丈夫……かと」


 ボソボソと受付の女性に向かって反論をする。が、やはり女性相手だと緊張してしまう。


「そうですよ!ゲンさんはゴブリンを……」


 口籠ってしまう俺に代わり、ククリが説明を試みる。だが、その声に割って入る様に若い男の声が背後から響いてきた。


「おーっす!テラスちゃん!何やってんの?」

「あら?おはようございます、カイルさん」


(テラス、とは受付の彼女の名前だろうか?じゃあ、カイルさんってのは……)


 俺は声のした方を振り向いた。そこには腰から剣を提げ、衣服を着崩した派手な髪色の男がニコニコと笑っていた。


「何?あんたら新人さん?……って、何これ?」


 チャラチャラとしたその男は俺とククリの間に手を伸ばすと、記入途中の俺の登録用紙をつまみ上げた。


「……ぷっ!マジかよ!スキル無しに魔力ゼロ!初めて見た!」


 カイルと呼ばれた男は一頻り笑うと、俺の肩に手を置く。そして、首を左右に振った。


「こりゃ駄目だ。やめときなよ、オッサン」

「ちょっとなんですか、アナタ!ゲンさんはこう見えてゴブリン三体を一瞬でやっつけたんですよ!?こう!一瞬で!ズバーンと!」


 ククリの野郎、ちょっと話を盛りやがった。だが、確かにそうだ。俺はスキルや魔法が無くともモンスターと渡り合った実績がある。

 その話を聞いたカイルがニヤリと笑った。


「へえー。それ、ほんと?オッサン?」

「ええ、まあ。こう、ズバーンと」


 この男も冒険者だとすれば、一応先輩にあたる訳だ。ならばあまり舐めた態度は取らない方がいいだろう。


「本当なんだ。じゃあさ、オッサン。今から俺と模擬戦をしようぜ」

「え?」

「その腰の剣。オッサンも剣士なんだろ?もしもアンタの実力が本物なら、俺が冒険者に推薦してやってもいい」

「本当ですか?」

「勿論だ。俺はこの町のギルドじゃあちょっとした顔なんだぜ?……じゃあテラスちゃん。訓練所を借りるわ」

「はぁ……わかりました。では二人とも、くれぐれも怪我の無いように」


 そういうとテラスさんは、ギルドの裏手にある訓練所まで俺達を案内してくれたのだった。

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