ククリの目的②

「いや、違うんだって」


 赤く腫れる頬を擦りながら俺は弁明を試みた。

 覗きの制裁とばかりに繰り出された彼女の平手打ち。正直かわせる速度ではあったが、甘んじて受けた。そう。この痛みこそがうら若き乙女の裸を見た俺への罰なのだ。


「もういいです。ボクも男の格好してたワケですし」

「まあ、お互い反省だな」

「ゲンさんが言うのは違くないですか?」


 少しククリの警戒も解けたようだ。そこで俺は当然の疑問をぶつける。


「で、なんでまた男のフリを?」

「それはホラ。女の一人旅って何かと危険でしょう」

「ああ。そりゃそうか」


 頷く俺に対し、今度は彼女が尋ねてきた。


「ゲンさんこそ、なんで部屋に飛び込んできたんですか?」

「あ!そうだ!いや、さっき廊下でライオンが鎧着て歩いてたんだよ」

「ライオン?」

「ホラ。こう、牙のある肉食獣で。たてがみがモサモサしてるヤツ」

「ああ。もしかして『獣人』のこと言ってます?」

「ジュウ……ジン?」


 まるで言葉を覚えたばかりのロボットの様に俺は繰り返した。


「はい。獣の身体能力と人間の知能を併せ持つ優秀な種族で、冒険者として活躍している人もいっぱいいるんですよ」

(獣と人間で獣人ね。なるほどなるほど……)


 もはやその程度のことでは驚かなくなってきた。

 その時ふと、ある疑問が頭をよぎった。


「そういやぁその、冒険者?だっけ?ククリも冒険者になるためにここに来たとか言ってたな。今さらだが……一体なんなんだ?冒険者それ


 俺の質問に、少しだけククリの表情が柔らかくなった。そして、向かいのベッドに腰を下ろすと彼女はゆっくりと語り出す。


「冒険者というのは、簡単に言えば『何でも屋』みたいなものですかね」

「ふぅん」

「冒険者ギルドと呼ばれる団体から振り分けられる仕事クエストをこなして報酬を得るんですが、その内容もモンスター討伐から薬の材料調達、商人の護衛など様々らしいです」

「まあ、日雇いの労働者ってとこか」

「そうですね。でも危険が多い分、短期間で大金を稼ぐこともできるんですよ!」


 そういうとククリは力強く拳を握った。


「ってことはアレか?お前さんの目的は金か?」

「はい。所謂、出稼ぎってやつですかね。ボクの田舎には母と幼い妹がいるんですが、二人の為にも大金を稼いで仕送りをしたいんです」

「……親父さんは?」

「妹が産まれてすぐに亡くなりました」


 泣かせる話だ。思わず鼻の奥がツンと痛くなった。なんか三十を超えた辺りからやたら涙腺が緩くなった気がする。


「あの、どうかしましたか?ゲンさん」

「な、なんでもねぇよ!」


 頭をブンブンと振ると、俺は目頭をグッと押さえる。


(いやいや、人の心配している場合じゃねえ。俺だって食い扶持を探さなきゃならねぇしな……ん?)


 その時、ふと閃いた。


「なあ、ククリ。その冒険者ってのはすぐになれるのか?」

「え?はい。重要な仕事は実績を積まないと回してもらえないみたいですけど、登録だけなら簡単みたいですよ。ボクも明日はギルドに行って登録してくるつもりですし」

「ほほぅ。じゃあ、俺もなろうかな、その冒険者とやらに」

「えっ!?」


 正面に座るククリがこちらに向かって身を乗り出す。


「体力には自信があるんだ。それに金も早く稼がないとマズイだろ?」

「そりゃあゲンさんの腕なら大丈夫かもしれないですけど……でも、命の危険もあるんですよ?」


『だからこそだ』という言葉が喉元まで差し掛かる。が、俺はそれを飲み込んだ。は、到底常人には理解出来ない歪なものだと自覚しているからだ。


(現代に生きる多くの武術家は、その技術を発揮することなくその生涯を終える。俺の親父もそうだった。……命の危険?上等だ。その為に今日まで鍛えてきた)


 漏れ出す愉悦を抑えるように口元を覆う。そして、不思議そうにこちらを見るククリに向かって笑いかけた。


「わかってる。覚悟はあるさ!さ、そうと決まったらさっさと寝ようぜ!俺ぁもうクタクタだ」


 半ば強引に話を打ち切ると、俺は布団を被った。そして、これから始まるであろうアカシアでの死闘を夢想する。

 突如として巻き込まれた、異世界での生活。その長い長い一日が、ようやく終わりを告げたのだった。

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